第24話「疑惑」



「なぁ、金曜日のプチクラ山で爆発音が聞こえたって知ってるか?」

「え?」


 時刻は午前11時41分。満と裕介、広樹、綾葉、美咲の五人は、学校の食堂で早めの昼食を楽しんでいた。

 今日は始業式で、授業は通常より早めに終了した。満は弁当を持ってきておらず、食堂も寄る予定はなく家に帰るつもりだった。しかし、裕介達に話があると連れていかれ、今に至る。


「ほら、あの日俺達プチクラ山に行ったろ? 写生の宿題しに行って。んで、俺達が帰った後、なんか知らねぇけど何かが爆発する音が聞こえたんだとよ。プチクラ山の入り口付近に住んでる人達の中で噂になってるらしいぜ」

「ふーん。私は聞こえなかったけどね。美咲は?」

「私も聞いてない」

「俺も聞いてねぇなぁ。山から出て30分後にはもう家にいて漫画読んでたし」


 三人は爆発音に関しては何も知らないらしい。元々突拍子もない噂話であるため、一学生の自分達が真相を探ることもできない。


「まぁ、俺も聞いたわけじゃねぇんだけどな。しかも煙まで上がったとか何とか」


 裕介も三人と一緒のタイミングで帰ったため、その爆発や煙など確認しているはずがない。しかし、あの時四人とは一緒には帰らず、一人だけあの場に残り、今も目をそらして会話に入ろうとしない男がいた。


「そうだ、おい、満! お前あの時一人でプチクラ山に残っただろ? なんか知らねぇか?」

「え?」


 満には爆発音に関して核心的な心当たりがあった。それで話に入ろうとしなかったのだ。自分に話題が振られることを恐れていた。

 そう、その爆発音こそ、神野家のタイムマシンが爆発した音に違いない。あの時、満はその場に居合わせていたのだ。爆風から真紀を庇うという離れ業まで披露した。煙というのも、爆発したタイムマシンから沸き出たものだろう。


 だが、未来人やタイムマシンのことについては口に出すのは厳禁。うまくごまかさなければいけない。


「えっと……僕も写生の下書きだけ終えたらすぐに帰ったけど、爆発音なんて聞こえなかったよ? だから僕にはよく分からないなぁ~」

「ん? ほんとか~? 怪しいなぁ~」


 満に顔をスレスレに近づけ、睨み付ける裕介。満の顔には冷や汗が垂れる。元々隠し事が苦手な満だが、真紀達の正体を知られてしまったら、世界の運命を大きく揺るがすことになる。ここは、何が何でも未来人の秘密を死守しなくてはいけない。


「ほ、ほんとだよ……。もし本当に爆発音が鳴ってたとしても、多分僕が帰った後だよ」

「ん~~~~~?」


 近づけた顔を離さない裕介。だが、本気で疑っているわけではない。いつものおふざけだ。


 ……恐らく。


「こ~ら! 裕介、純粋無垢な満君を疑ってるわけ?」

「いじめ、カッコ悪い」

「違ぇよ! まぁ、ただの噂だろうけどよ……」


 女子チームのフォローもあり、何とかうまく話を流すことができた。もう完全に怪しまれてはいない。

 だが、タイムマシンの爆発音は確かに強烈だった。こうやって他の過去の人間にまで聞こえていた。満以外の人間に見つからなかったのは、本当に奇跡としか言いようがない。


“これは、まだコソコソとしてなくちゃいけないな……真紀達は”


 裕介達は想像もしないだろう。まさか、満が爆発音の秘密を握っている未来人を、自宅にかくまっているとは。自分も他の人に知られないように、真紀達の存在をしっかりと隠さなくてはいけない。満は心の中で思った。


「ん? 満、どうした?」

「いや、なんでもないよ」




   * * * * * * *




 裕介君達と別れ、僕は一人で下校路を歩いて帰る。30分程で家に着く。


 ガチャッ


「ただいま~」

「咲有里さん! あ、満君お帰りなさい。それより咲有里さん! 次は何をすれば!?」


 玄関を開けて最初に飛び込んで来たのは、やけに家事にノリノリな愛さんだ。どうやら、さっきまで風呂場の掃除をしていたらしい。両手にスポンジと洗剤を持っている。


「掃除はちょっとお休みして、お昼ご飯にしましょうか」

「わーい!」


 あ、そういえば学校の食堂で食べてきたこと言ってないや……。まぁいいか。お腹いっぱいだけど、我慢して食べよう。


「あら? そういえばアレイさんは……」

「あ~、パパはどっかで食べてきてもらうからいいよ。私達だけで食べましょ! それより咲有里さん、何作るの~?」

「そうね~」


 真紀がとっても楽しそうにしている。コソコソして生きていくとはいったものの、そんなに苦しいものではないのかもしれない。既に真紀達未来人は、この日常に当たり前のように溶け込んでいる。身構える必要はないか。


 お父さんが亡くなっても、この家は不思議と変わらず賑やかだ。






 


「いいですよね~。咲有里さんは私より料理が得意で。すごい才能ですよ」

「そんな~」


 お昼ご飯のミートボールスープを頬張りながら、女性陣はダベる。女の人って、ほんとお喋り好きだよね……。


「ほんとだよ。ママの料理すっごくまずいんd……ぶふぉあっ!」


 愛さんの拳が、またもや真紀の腹にめり込む。食べた物が口から出てこないか心配だ。


「料理はうまい下手じゃないですよ~」


 その光景を見なかったかのようにスルーし、話の続きをするお母さんもお母さんだ。


「さ、さ……すが……い……いこと……言いま……すね……」


 真紀、お腹を押さえながら無理して喋らなくてもいいんだよ。


「それに、咲有里さんは他にも立派なモノをお持ちじゃないですか……。主に胸のあたりに」


 愛さん、胸のあたりって……答え言っちゃってるよ。女の人って、やっぱりそこ気にするのかな?


「えっ……/// えっと、大きくてもいいことないですよ? 肩凝りますし……」


 頬を赤らめるお母さん。近所の住人と話してると、毎回そのことを指摘されるんだよね。それなのに、まだ慣れていないらしい。


「おまけに美人とくるわ。あぁもう、同じ歳でこの差は一体何なのよ……」

「はぁ……」


 お母さんは反応に困っている。そりゃそうだろう。


 でも……


「愛さんも美人だと思いますけど……」

「え?」

「あっ……」


 まずい。思ったことがつい口に出てしまった。急に口を開いたと思えばこんなことを言ってしまうなんて、絶対変に思われるよ……。


「あ、ありがとう……満君」

「いえ……」


 心の中で必死に謝罪する。変なこと言ってしまってすみません、愛さん。


「……」


 何やら視線を感じる。




 だいぶお腹の調子が戻ってきた。それよりも、どうしたのかしら、満君。確かにママはブサイクってわけじゃないけど、急に美人だなんて……。もしかして、ママのこと好きなの!? ダメよ。ママにはパパがいるんだから!


 ……って、まさかね。そんなことないよね。


 ん? なんで私さっきから焦ってるのかな?


「そうだ真紀ちゃん。真紀ちゃんはどこの学校に通ってるの?」

「え?」


 唐突に咲有里さんが質問をしてきた。しかも学校ですって? 私、この時代の学校なんて通ってないわよ!?


「えっと、その……」


 ママと満君も何と言えばいいのか困っている。そういえば、私達が未来人だって知ってるのは満君だけで、咲有里さんは知らないんだった。あぁ……めんどくさいなぁ。


「あ、引っ越してきたってことは、別の学校に行くことになるのかな? どこに通うの?」


 確かに、いつまでも家にいたら不自然よね。私は未来人だけど、見た目は完全にこの時代の普通の高校生と変わりないのだから、普通なら学校に通わなくてはいけない。どうしよう、なんてごまかせば……。




「え、えっと、満君と同じところです!」

「はっ!?」

「え?」


 ママと満君が驚愕する。そりゃそうでしょうね。


「今は手続きの最中なので今日は行かなかったんですけど、手続きが終わったら満君と同じ高校に通う予定です!」

「ちょっと真紀……」


 ママが止めに入るべきかどうか迷っている。自分でも何を言っているのかわからない。でも、どうにかしてごまかさなくては。


「あらそうなの? よかったわね~、満♪」

「え? あ、そ、そうだね~」


 私は目線で「ごめんね♪」というメッセージを送信する。ほんとにごめんね。




 真紀は目線で「ごめんね♪」というメッセージを僕に送信してきた。いや、メッセージの送り先を間違えてるよ。僕じゃなくて、君のお母さんだよ。隣で髪を逆立てて君を睨み付けている君のお母さんだよ。







「真紀、あんたねぇ……」

「すみません……」


 愛さんとアレイさんが寝室として利用している物置部屋で、僕は愛さんと真紀の三人で密談している。


「もっと他にごまかし方があったでしょ? なんであんな嘘つくのよ……」

「でも、これ以上怪しまれないためには、やっぱり学校に行かないと……」

「はぁ……満君」

「はい?」

「サポート、お願いできる?」






 時間は巡って翌日。朝ご飯を終えた僕と真紀は、通学の準備に取りかかる。とはいえ、真紀は教科書も制服も持っていないため、何も用意することはないのだけど。僕は制服に着替え、教科書を学校鞄に入れて部屋を出る。


「それじゃあ、お母さん。行ってきます」

「あら、真紀ちゃんも行くの?」

「は、はい。意外と手続きが早く終わって……。もう今日から行くんです!」

「そうなの。満、真紀ちゃんに色々教えてあげてね」

「あ、うん」


 つい昨日まで手続きの最中と言って曖昧にしていたのが、今日いきなり終わったと告げ、あからさまに怪しい。しかし、全く怪しまないお母さん。騙されやすくて本当に心配になる。


「満君、真紀のこと、よろしくね」

「はい」


 よろしくというのは、学校の面で色々サポートをしてくれということもあるが、真紀が暴走しないように見張っててくれという意味でもある。


「あれ? そういえば真紀ちゃん制服……」

「それじゃあ行ってきまぁぁぁぁす!!!」


 真紀が大きな声でお母さんを遮る。珍しくお母さんが怪しい点に気がつくが、とにかく出発だ。


 ガチャッ


「真紀、大丈夫かしら……」

「まぁ、満君もいるし。それに、やっぱり学校に行かないと怪しまれるからねぇ」


 アレイさんは、朝ご飯の片付けに戻る咲有里さんを眺めながら呟く。今後も上手くごまかしきれるだろうか。やっぱり心配になってきた……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る