第17話「訪問」



「え~っと、確かこのバッグの中に……あ、あったあった!」


 アレイは黒いバッグの中を漁り、細長いマイクスタンドのような棒状の機械と、ソーラーパネルのような平べったい板を取り出した。細長い棒の先端に板を取り付け、付け根からコードを伸ばしてパソコンに繋ぐ。


「いやぁ、爆発前にこのバッグを外に持ち出しておいてよかった。こいつまで壊れたら困るからね~」

「ねぇパパ、その機械なぁに?」


 真紀が首をかしげながら尋ねる。アレイはパソコンを立ち上げ、キーボードをタイプしながら説明を始める。


「これかい? フッフッフ……接近妨害電波発信装置せっきんぼうがいでんぱはっしんそうち~!」


 テッテレ~♪

 その時アレイのそばにいた者には、某国民的人気アニメの例の効果音が聴こえたような気がしたという。アレイの妙なテンションに、真紀は早くも話に付いていけなくなる。


「せ……ぼうげん……で……は……何?」

「接近妨害電波発信装置。人間や動物の脳と脊髄、運動神経、感覚神経などに干渉して……」

「パパ、ちょっと待って。私達にも分かりやすいように説明して」

「あぁ、ごめんごめん。要するに、人や動物が近寄らなくなる電波を出す装置だよ」

「人が近寄らなくなる……?」


 タイムマシンの残骸を、いつまでも山の中にほったらかしにしておくわけにはいかない。登山客などに見つかってしまっては大事になる。未来人の存在も明るみに出てしまうだろう。

 だが、満の家までタイムマシンを運ぶこともできない。残骸になっているとはいえ、とても四人で運べる重量ではないのだ。


 そのため、タイムマシンの残骸のある地帯に、人間や動物が侵入できないようにしておくことが必要である。


「これを使えば人が寄ってこない! つまりタイムマシンが見つかることもない!」

「ていうか、この時代に来てからこの機械使わずに、よく満君以外の人間に見つからなかったものね。爆発音とか凄かったでしょうに」

「運がよかったのかもね」


 タイムマシンの爆発音を聞き、人が近寄ってくる可能性は十分あり得た。満がそうだ。だが、満以外の人間にタイムマシンと未来人の存在が知られなかったのは、本当に運がよかったとしか言いようがない。


「ねぇパパ、人が近寄れなくなるってことは、私達も近寄れないってこと?」


 真紀が問題の芯を突いてきた。確かに、自分達まで近づけなくなってしまっては本末転倒だ。しかし、アレイの自信は揺らがなかった。


「そう。だが心配ご無用! セーフティ~イヤホン~!」


 テッテレ~♪

 再び某国民的人気アニメの例の効果音が(以下略。


「このセーフティーイヤホンを耳にはめれば、電波の影響を受けることはない!」


 カチッ

 イヤホンを耳に入れたアレイは、勢いよくパソコンのキーボードのエンターキーを押した。すると、棒状の機械の先端に取り付けた板が回転し始めた。


 ビビビビビビ

 板から防犯ブザーを微弱にしたような電子音が響き渡る。


「これを自動的にフル可動するよう設定して……これでよし!」


 アレイは自信満々に後ろを振り返る。




「あれ?」


 そこには誰もいなかった。さっきまでいた満も、真紀も、愛も、みんな山を下り始めたのだ。彼らはイヤホンをしていない。どうやら電波の効果は充分にあるようだ。


「え? みんなもういなくなったの!? 早すぎるよぉぉぉ!!!」


 一人取り残されたアレイは、ふと隣に目をやる。そこには満が設営したテントが置かれていた。


「これ……僕一人で片付けるの?」








 テント、シュラフ、食料品等……。タイムマシン以外のこの時代に持ってきた全ての荷物を抱え、夜の住宅街を歩く神野家と満。ちなみにアレイと愛は、山から下りたのは今日が初めてだ。


 これから満の自宅へ向かう。真紀の提案『満君の家にしばらく泊めてもらう』は、見事受諾された。


「本当に家に入れてもらっていいのかい? しかも泊めてもらうなんて」

「多分……。さっきも言いましたけど、親が結構ぽわぽわした性格なので、おそらく大丈夫かと」

「ぽわぽわしてるって言ってもさぁ、流石に見ず知らずの人達をいきなり家に泊めるなんてことはしないんじゃ……」

「……」


 満の顔に不安の二文字が浮かび上がる。いつもの母の呑気な表情を思い浮かべる。果たして、唐突に訪問してきた未来人を自宅に泊めるほどの器なのだろうか。


「満君の家って、家族は何人いるの?」

「今は母と二人で住んでます。家はそんなに狭くないので、三人くらいは増えても多分大丈夫だと思います。使ってない部屋もいくつかありますし」

「……」


 真紀は満の母が少々気になった。どれくらいぽわぽわしているのか。自分の母とどちらが美人なのか。どちらの胸が大きいのか。実にくだらないことばかりではあるが……。




 一時間ほどかけて、無事満の自宅へたどり着いた。時刻は午後6時42分。人の行き来がまったく無かったため、移動中に見つかることはなかった。


 だが問題はこれからだ。はたして満の母は見ず知らずの怪しい一家を家に泊めてくれるのか。ドアノブを握る満の手は、手汗でベタベタしていた。


「じゃあ、僕お母さんに事情を説明してくるので、外で待っててください。あ、大丈夫です。未来人だとかは言いませんので。上手い言い訳を考えます」

「いや、その必要はないわ」

「え?」


 愛は自分のバッグの中を漁って呟く。そう、未来人達には“アレ”がある。少々強引なやり方ではあるものの、泊めてもらえるかどうかの交渉の必要は最初から無かったのだ。




 ガチャッ

 満が玄関のドアを開ける。


「た、ただいま~」

「あ、満。おかえりなさい♪」


 満の母、咲有里は笑顔で息子の帰りを出迎えた。


「おっじゃまっしまぁ~す♪」

「え? ちょっと真紀!」

「え、何この女の人……すっごく美人さんじゃん! うわっ、おっぱいもデカイ!」


 彼の後に、真紀が何の躊躇もなく入ってきた。靴を脱きながら、率直に咲有里の所見の感想を述べる。


「うふふ、ありがとう。で、あなたはだぁれ? 満のお友達?」


 咲有里は相変わらずのほほんとした様子だ。だが、真紀は咲有里の質問には答えず、代わりに愛が真紀の前に出た。


「いえいえ、怪しい者ではありませんので」


 シュッ

 愛は立方体の機械を、咲有里の頭上目掛けて投げた。それは、あの人間の記憶を書き換える未来人の必須アイテム、メモリーキューブだ。メモリーキューブは変形しながら咲有里の頭上で留まった。


「ん? これは……うっ!」


 メモリーキューブから黄色の光が放たれ、咲有里に降り注ぐ。咲有里はしばらく放心状態となる。彼女の瞳は黄色く光る。


「え? な、何?」


 満はメモリーキューブの存在についてはまだ知らされていなかったため、目の前の光景に唖然とした。光が収まったメモリーキューブは、愛の手元へと戻っていった。


「あら、残り0%になっちゃった」


 軽く苦笑いする愛。咲有里は「はっ!」と目を覚まし、横に設置してある棚からスリッパを取り出す。


「ごめんなさい。神野さん達でしたよね? お待ちしてました♪ ささっ、どうぞ上がってください!」


 咲有里はさも当たり前のように、神野家一行を出迎える。咲有里の記憶の書き換えは、意図も簡単に行われた。


「どうも~、お世話になりま~す♪」

「すいませんね~、お邪魔します」

「お邪魔します」


 真紀は堂々と胸を張りながら、スリッパを履いて上がる。それに続き、アレイと愛もスリッパを履いて上がる。だが、満だけが状況を理解できず、玄関で突っ立ったままでいた。


「え……え? どうなってるの?」

「ん? どうしたの?」


 混乱中の満を、真紀が気にかける。なぜか突然未来人の宿泊を受け入れる咲有里と、咲有里のもてなしに応じる神野家。満の目の前に広がる光景は、彼の常識を置き去りにするには十分だった。


「今……何したの?」

「マインドコントロールよ」

「マ、ママ……コントロール?」

「マインドコントロール! 要するに洗脳よ。あの女の人に『私達を泊めてあげなくちゃいけない』っていう記憶を埋め込んだのよ」

「そんなことができるの?」

「もちろん! 私達の時代の技術ナメないでよね♪」


 鼻歌を歌いながら廊下の奥へと歩いていく真紀。凄まじい技術を見せつけられ、満はまだ玄関から動けず、靴を脱げないままでいた。


「ねぇ、トイレってどこ?」

「え? あ、えっと、一番奥から二番目のドアだよ」


 真紀に尋ねられ、満は我に返ってようやくスリッパに履き替えた。廊下の奥のトイレのドアを指差す。真紀はそこに向かって駆け出す。しかし、なぜか真紀はドアを開けようとせず、ドアの前で静かに突っ立っている。


「真紀、どうしたの?」

「ねぇ、このドア壊れてる? 開かないんだけど」

「え?」


 満は壊れているか確かめるべく、ドアノブを握ってひねり、引いた。ドアは何の不自由もなく開いた。ドアがきしんでいるというわけでもなさそうだ。


「壊れてないけど?」

「え? これもしかして手動!? 自動じゃないの!?」

「もしかしなくても手動だよ! ドアノブがあるんだから。自動ドアが設置できるほどうちはお金なんて持ってないよ……」


 なんと、真紀は自動ドアだと思い込んでいたらしい。ひっそりとした住宅街に建つ一軒家に、当たり前のように自動ドアがあるというその考え方。やっぱり未来人だなぁと、満は納得する。

 そもそも、一般家庭に自動ドアがあると考えるとは、真紀の家はまさか相当の大金持ちなのか。もしくは、未来ではそれが当たり前なのか。


「な~んだ、意外と貧乏なんだね。満君のお家って」

「貧乏で悪かったね……」


 未来の価値基準で過去の物事を判断してもらいたくはないのだが、仕方ない。普段卓越的に優れた技術の産物の中で暮らしているわけだ。過去の技術が劣って見えてしまうことは当然である。満は妥協した。


「……」


 自分の家で未来人が右往左往している。満は何とも言葉にし難い複雑な心情で、あちこち廊下を見渡す真紀の姿を眺める。


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