第16話「ゲーム」



 ゲームセンターの中はとてもキラキラしていて、楽しそうに遊ぶ若者で溢れていた。


「わぁ~!」

 

 おもちゃの銃を握ってシューティングゲームを楽しむ者、大きな運転席に座ってハンドルを回しレースゲームを楽しむ者、だだっ広い液晶画面の前で釣竿を振り回しフィッシングゲームを楽しむ者、みんな生き生きとしている。


「人、いっぱいいるね」

「ん~、あ! あれやってみたい!」


 私はずらりと並ぶクレーンゲームの台の中から、クマちゃんのぬいぐるみが積まれた台を指差す。クマちゃんの麗しい瞳に、私の心は鷲掴みとなったのだ。買いたい飼いたい狩りたい!


「へ~、可愛いね。これ」

「そうよね~♪ よし!」


 私は持ってきたリュックの中から財布を取り出した。財布持ってきてよかったわ。でも、実はクレーンゲームやるの初めてなのよね……。結構難しいって聞くし。自分の全財産で足りるかしら?


「挑戦するわよ!」

「あ、待って!」


 ガシッ

 満君は急に私の腕を掴んだ。びっくりした。いきなり何?


「何よいきなr……あっ……///」

「あっ、ご、ごめん……急に……///」


 満君の顔が近い。腕を伸ばした時に満君が顔まで近づけるせいで、ぶつかりそうなくらい距離が近くなった。こんなに近づいたのは初めてかも。とにかく早く離れなきゃ。なんかドキドキするから。


 ドキドキ……?


「あ、いや大丈夫。で、何?」

「えっと、その小銭……」

「え? いや、これ私のおこづかいよ! あげないからね!」

「違うよ! ちょっと見せて」


 見せてって……ただの百円玉よ? まぁいいけど。私は満君に百円玉を手渡す。


「ん~、やっぱり。この元号聞いたことない。令和の次ってこれになるのかな……」

「どうしたの?」

「あ、いや何でもない。とにかく、これ未来のお金だよね?」

「そうよ? あっ……」

「未来のお金なんて使えないよ。見たところ今の百円玉とデザイン違うみたいだしさ」


 そうだ。なんで気付かなかったんだろ、私。ここは84年前の過去の時代なのだから、未来の私達の時代のお金は使えない。それじゃあ仕方ないわね。でも、このクマちゃん欲しい……。


「僕がお金出してあげる」

「え? いいの!?」


 満君が出してくれるですって? すごい! 太っ腹! さすが青葉満天照……あ、それは女神だった。えっと……神様より偉い存在って思いつかないわ……。とにかく青葉満様、ありがとうございます!


 チャリンッ チャリンッ

 このクレーンゲームの台は一回200円。クマちゃんには頭に細かいヒモがついているから、そこにクレーンのアームを引っかけて持ち上げて落とすタイプね。


「いくぞ~」


 私は1番と書かれたスイッチを押す。クレーンは右へ移動し、2番と書かれたスイッチを押すと、クレーンは奥へ移動した。2番のスイッチから手を離すと、クレーンは止まってアームを広げて降下し始めた。


「いけ……いけ……いけ……」


 クレーンがアームを閉じた。私の囁きが通じたのか、何とかとかアームはクマちゃんの頭のヒモをくぐった。クレーンは上昇すると、見事に頭のヒモを引っ張ってクマちゃんを持ち上げた。


「おぉ!」

「そのままいけ~! ……って、あぁ!!」


 ヒモがクレーンのアームから滑り落ちてしまい、クマちゃんは穴の手前で落ちてしまった。そんなぁ、あと少しだったのに。


「あぁ、残念」

「くぅ~! もう一回!」


 それから4回ほど挑戦したけど、どうしても取れなかった。そもそもクレーンのアームが、ヒモに引っかかることもなかった。


「これって結構難しいのね」


 諦めた方がいいかもしれない。そもそも遊ぶお金は満君が出してくれているわけであって、毎日私達の食料にもおこづかいを削ってる。これ以上の挑戦はさすがに無謀だ。




「……」


 チャリンッ チャリンッ


「え?」


 すると、満君がお金を投入した。どうやら今度は彼が挑戦するようだ。真剣な眼差しでクマちゃんを見つめる。でも、なんで急にやり始めたんだろう? もしかして、満君もこのクマちゃん欲しいの?


 ポチッ

 慎重にスイッチを押す。クレーンが絶好の位置へ移動する。アームが開き、クレーンが降下する。アームは見事ヒモを引っかけながら閉じ、上昇する。


「あっ……」


 再びヒモが滑り落ちてしまった。そうか、アームの先端部分にギリギリに引っかかったから、クマちゃんの重みで滑り落ちやすいんだ。もっとしっかり引っかけないと。


 チャリンッ チャリンッ

 さらに満君がお金を投入した。まだやるつもりなの!? そんなに欲しいのね。


「うっ……」


 またもやクレーンのアームからヒモが滑り落ちてしまった。クマちゃんは変わらない笑みを浮かべながら、元いた場所へ転がっていく。何度試しても、惜しいところで失敗する。


 チャリンッ チャリンッ

 また!? もう諦めたらいいじゃない。このクレーンゲーム、本当に難しいわよ。相当遊んだことある人じゃないと……。


 アームが閉じ、うまくヒモに引っかかる。ここまでは順調だ。クレーンが上昇し、クマちゃんが持ち上げられる。少々ぐらつきながらも、クレーンが穴の方向へと移動する。


「いけ……いけ……いけ……」


 お? 案外いけるかも。私も心の中で応援した。いけ……いけ……いけ……。




 ガタンッ

 何か物が落ちる音がした。まさか、またダメだった?




「満君?」


 すると、満君は商品取り出し口を開けて手を伸ばし、落ちたものを引っ張り出した。彼の手には……


「はっ! やったぁぁぁぁぁ!!!」


 なんと、クマちゃんのぬいぐるみが握られていた。やっとゲットできた。満君が見事にやってみせたのだ。


「やったね満君! すごいね!」

「本当に取れてよかったぁ。それじゃあ、はい」

「え?」


 満君はクマちゃんを私に差し出した。え? 何?


「真紀にあげるよ」

「え? 満君が欲しかったんじゃ……」

「違うよ。真紀にプレゼントするために取ったんだ。さっきから真紀、これ欲しがってるんでしょ?」


 満君は口に手を当て、小馬鹿にするこのような笑みを浮かべる。でも、悪い気は全くしない。あのプレイ中の真剣な眼差し。あれは私にどうしてもこれを取ってあげたいという思いだったんだ。


 毎日私達の食料のために、自分のおこづかいまで削って余裕もないっていうのに……。


「満君……ありがとう!」


 私はクマちゃんを受け取り、顔をうずくめながら両腕でおもいっきり抱き締めた。満君の温かい優しさと共に。


「次、あれやりたい! プリクラ!」

「えっ? まだやるの!?」


 その後、満君とゲームセンターで色々なゲームを思う存分遊んだ。








「いや~、今日は楽しかった~♪」

「うん。僕のおこづかいが半分以上無くなったけどね……」

「あ、ごめんね……」

「まぁ、いいよ。真紀が楽しんでくれたなら」


 私達は夕焼けで赤く染まった道を並んで歩く。結局一日中遊び呆け、パパとママにお昼ご飯を届けるのを忘れてしまった。ごめんね。


 私は両腕でクマちゃんを抱き締め、満君は片手で全部の買い物袋を持ち、もう片方の手にはさっき撮ったプリクラの写真が握られていた。彼はさっきから写真を見つめてばかりで、何やら微笑ましそうだ。


「それにしても、満君プリクラの機械の扱い手慣れてるみたいね。ああいうのって女の子がやるものって聞いたのに」

「友達とよくプリクラ撮りに行くからね」

「そうなんだ」

「お母さんともよく撮るよ」

「え?」


 自分の親とプリクラ撮るの? ま、まぁ仲のいい親子なんでしょうね……。ちょっと気になるわ、満君の親御さん。


「友達以外の女の子と撮るのは初めてだよ」

「も~! 私はもう友達でいいじゃないの!」

「あははっ、ごめんごめん」


 私は満君の肩をぽかすか叩く。まだ会って間もないけど、これだけ親しくなったのであれば、『友達』と呼ぶ関係として十分成立するはずだ。


「真紀はプリクラ撮ったことあるの? ていうか、未来にプリクラってある?」

「まぁ、一応未来にもプリクラはあるわよ。ゲームセンターもね。でも私、プリクラ撮ったことないのよ。ゲームセンターにも行ったことないの」

「そうなの?」


 さっきゲームセンター大好きとか言っていたけど、実は私はゲームセンターで遊んだことがない。少なくとも、私が住んでいた地域の近くには、ゲームセンターはないのだ。


 私の時代ではテレビゲームが主力で、アーケードゲームなどはあまり遊ぶ人が少ない。プリクラも、ゲームセンターの中では設置されているところが極めて少ない。だから必然的に遊ぶことができなかった。


「存在だけは知ってたの。だから一度でいいから遊んでみたいなぁって思ってたのよ」

「そうなんだ」

「一緒に遊んでくれてありがとね! 満君」

「あぁ、どういたしまして」


 満君のおかげでゲームセンターで遊ぶこともできた。不慮の事故でこの時代に流れ着いたものの、来てよかったと思ってる。この時代は私の知らないことで溢れている。面白い。




 ん? 何か忘れてるような……


「あっ!」

「え、何? どうしたの!?」

「しまった。言おう言おうと思ってたのに、すっかり忘れてたぁ……」


 これだけ知り合えた私と満君だけど、まだ物足りないと感じている自分の存在に気がついた。お互いに分からないことが、まだいっぱいある。

 もっとわかり合いたい。もっと一緒にいたい。知らないことは、彼の口から聞きたい。他の誰でもない満君に教えてもらいたい。


 これは、そのための提案。そして、この時代で生き延びるための、最大の願望。


「ねぇ、満君。お願いがあるんだけどさ」

「ん? 何?」






「満君の家にしばらく泊まらせてもらえないかな?」




「……え?」


 明日もまた、少し不思議な日常が始まる。


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