第18話「豪華な食事」



 青葉家の一階の内覧を一通り済ませ、真紀は満と共にリビングへ向かう。キッチンで咲有里がせっせと晩ご飯の準備を進めている。


「それにしてもさ、満君のお姉さんって美人さんだね!」

「お姉さん? 僕に姉はいないよ? 一人っ子だし……」

「え? だってさっきの女の人……」

「あの人は僕のお母さんだよ」

『えええええええええ~!?』


 真紀は驚きの声を上げた。彼女だけならともかく、愛とアレイまで驚いた様子を見せたのは意外だった。まさかの全員が気づいていなかった。


「あ、えっと……満の母で、咲有里さゆりといいます。よろしくお願いします」


 両手を膝の前で重ね、深くお辞儀をする咲有里。おしとやかで上品、かつ美人。絵に描いたような理想の母親の姿がそこにあった。


「この見た目で母親? 私もお姉さんかと思ったわ……」

「さっきお母さんと二人暮らしって言ったじゃないですか……」


 愛も真紀に負けず劣らず、かなり驚愕している様子だった。だが、この光景は満にとっては日常茶飯事だった。咲有里の若々しい美貌は、ここ一帯では有名だ。満は近所の住人に羨ましがられる母の姿を飽きるほど見てきた。


「ちなみに歳はいくつなんですか?」


 真紀が直球に尋ねた。もはや家に上がらせていただいているという立場を忘れ、興味本位で失礼な質問をぶちかました。


「こら真紀! 失礼よ!」

「えっと……41です」


  案の定、愛が注意する。しかし、咲有里は少し戸惑いながらも、もじもじしながら答えた。想像通り、外見と全く釣り合わない年齢だ。満の言った“ぽわぽわした性格”を、真紀はなんとなく察した。


「あぁ! ママと同じだ! すごい偶z……ぶふぉあっ!!!」


 愛の拳が真紀の顎にクリーンヒットした。鮮やかな弧を描きながら、真紀の体は吹き飛ぶ。唐突に年齢を明かされ、頭に血が登った。


「いい加減にしなさい……」


 髪の毛まで逆立つほどの愛の逆鱗を、アレイと満は冷や汗をかきながら眺める。青葉家のようなのんびりとした親子とは違い、本気の気持ちと気持ちでぶつかり合うワイルドな親子だ。


「僕達神野家は、いつもこんな感じなんだ」

「怖いですよ……」


 確かに怖い。だが、退屈だけはしないと思った満だった。



   * * * * * * *




「お待たせしました。どうぞお召し上がりください」


 私達の目の前には、何ともまぁ立派なごちそうの数々が並んでいた。並べられた料理だけで、灯りの代わりになりそうな輝きを放っている。何ここ? 竜宮城? それとも野球部の家の食卓?


「す、すごい……」


 濃厚なデミグラスソースがかかったふんわりハンバーグ。衣の一粒一粒がきらびやかとしたホクホクのコロッケ。香ばしい油の香り溢れるジューシーな鶏肉の唐揚げ。水々しい色とりどりの野菜に、ドレッシングを散りばめたフレッシュサラダ。その他諸々……。


 一瞬レストランに来たんじゃないかと疑うくらいの、完全贅沢コースだ。


「お客さんが来るってことだから、張りきり過ぎちゃいました……」


 すご過ぎます。あなたは女神様ですか? パパとママも目の前の食卓の光景に、開いた口が塞がらないみたい。今にもよだれが溢れそうではしたない。子どもとして恥ずかしい。いや、私も溢れそうだけど(笑)。


「ほほほ本当にいいいいいんですか? ここここんなものをたたた食べてしまままって……?」


 咲有里さんと料理を交互に見て、パパとママはあたふたしながら尋ねる。壊れたロボットみたいた。


「いいんですよ~、どうぞ♪」

『いただきまぁぁぁぁぁす!!!』


 一家揃って手を合わせ、大きな声で叫んだ。私は箸を手に取り、まずはコロッケに手をつける。衣一粒一粒までもが美味しそうに見え、溢さないように慎重に口へ運んだ。


 サクッ

 はぁぁぁぁぁ~! 幸せだぁぁぁぁ~! 美味しい。美味し過ぎる。それは、決して久しぶりにしっかりした食事ができたからではない。この味の良さは、完全に満君のお母さんの腕だ。


「お、美味しい……」


 その料理の出来は、ママが自分の実力と天と地の差を感じるほどのようだ。しかしママには悪いけど、私もそう思う。冗談抜きで美味しい。きっと箸を止めると、涙が溢れ出てしまう。そうならないように、私達は料理にがっついた。


「美味しいです! 咲有里さん!」

「ありがとうございます♪ どんどん食べてくださいね♪」


 咲有里さんの言葉に甘え、次々と箸を進めた。ハンバーグも、唐揚げも、サラダも美味しい。久しぶりのしっかりした料理の数々は、私達の体をどんどん充電させていく。心と体がぽかぽかと温かくなる。まるで魔法みたいだ。


 私達は贅沢な夕食を、心とお腹の底から楽しんだ。




「そういえばみなさん、新居はいつ完成するんですか?」

「え?」


 咲有里さん以外の四人の箸が止まった。唐突に謎の質問が繰り出され、私達の頭上にクエスチョンマークが浮かび上がる。


「新居ってどういうこと?」


 パパが耳元でママに聞く。ママは咲有里さんに聞こえない程度の声量で答える。


「そういえば、メモリーキューブ使った時、私達のことを隣街から引っ越してきた一家で、新居が建つまでこの家に泊めてもらうって設定にしたんだった」


 それは面倒な設定ね。後で辻褄合わせとか大変そう。タイムトラベルに慣れてそうなパパなら、もっと上手い理由を刷り込めたのかな。


「なんでそんな設定にしたんだい? ややこしくなるじゃないか」

「そうでもしないとこの家に泊めてもらう理由がなくなるでしょう?」

「別にそんなことしなくても泊めてもらえるでしょ。満君曰く、ぽわぽわした性格だって言ってたし」


 二人の密話が展開していき、咲有里さんが置いていかれる。まずい、流石の咲有里さんでも疑い始めたかな?


「あの……」

「あっ、えっと、新居でしたよね? まだ始まったばかりなので、多分あと二ヶ月ほどかかるかと……」

「そうなんですか~。じゃあ、それまでここでゆっくりしていってくださいね♪」

「あ、ありがとうございます……」


 苦笑いするママ。これで、満君の家に居候する口実が完全に確定した。咲有里さんも納得してるみたい。よかった……。


「いいなぁ~、満君。こんなに美味しい料理を毎日食べられるなんて」

「そ、そう……」

「それにしても、皆さん本当に美味しそうに食べますね~」

「普段から家族そろって食事することがあまり無いんです。だから久しぶりに家族そろっての食事がなんだか楽しくて」


 パパが自慢の営業スマイルを持って答える。時間監理局の局員は驚くほど忙しく、めったに家族との時間を作れない。子どもの夏休みや冬休みに合わせて、中期の休暇が用意される程度だ。神野家はその一般的な例ね。


「へぇ~、時代によって家族事情って変わってるんですね」


 満君が口を開く。私としたことが、それが問題発言だということに気がつくのが遅れてしまった。


「満君!」

「え? あっ……」

「時代……?」


 咲有里さんが「時代」というワードに引っかかる。まずい、再び疑い始めたか。咲有里さんはマインドコントロールは受けたけど、私達が未来人であることは知らない。不用意な発言を聞いて、私達の正体が知られかねない。


「時代ってどういう……」

「あっ、えっと、私達時代遅れな家族なんですよ~」

「そうそう! 僕達、世間とはかけ離れた生き方してて、家庭の一般事情とかよくわからないから!」

「はい! 時代の流れに着いていけないというか、遅れた時代から抜け出せないでるんですよ~」


 一家三人がかりでごまかす。私だってなるべく嘘なんてつきたくないけど、仕方ない。


 いや、待てよ。私の発言に限ってはある意味嘘ではない。遅れた時代から抜け出せないでいるのは本当だ。家族事情というのも、どちらかと言えば進んでいる方だ。だって未来人だもん。


「へぇ~、みなさん苦労されてるんですね」

「そうそう!」


 何とか疑いの念は晴れたみたい。疑いというほどではないかもしれないけど、危ない状況だったのは間違いない。私は満君の方へ顔を向ける。


「……」


 彼は申し訳なさそうな顔でうつ向きながら、ズルズルと味噌汁を啜っていた。


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