第19話「神野家との夜」



「すみません。後片付けまで手伝わせてしまって……」

「いえいえ! 泊めていただいてるので、これくらいのことはしないと。それに、この量は一人じゃ大変ですし」

「ありがとうございます♪」


 やけにノリノリで皿を洗う愛。愛とアレイは、キッチンシンクに積み重なった食器類の山の片付けを手伝っている。愛と咲有里が洗剤で食器を洗い、アレイが布巾で拭く。


“自動皿洗いマシンとかは、まだこの時代には無いのかな……”


 心の中でアレイは思った。過去の時代で不便さを感じてしまったら、どうしてもそのようなことを思ってしまう。だって未来人だもの。


 その三人の様子を眺めながら、満と真紀はリビングのソファーに腰かける。真紀は先程の満の不用意な発言を叱る。


「もう……発言には気をつけてよ!」

「ごめんごめん。ちょっと気が抜けてたよ。でも、真紀も人のこと言えないでしょ?」

「私はわざとだも~ん。その気になればボロなんて出さないも~ん」

「どうしてわざとボロを出す必要があるんだよ……」

「とにかく! もし次に不用意な発言しでかしたら、速攻であなたの記憶奪っちゃうからね!」


 軽々しく恐喝する真紀。満の背筋が震え上がる。まるで殺人予告だ。冗談じみた言い方をするが、満にとっては本気で恐ろしいことに感じる。


「あ、真紀ちゃん、もうお風呂沸いてるからね。入ってもいいわよ~」


 咲有里がキッチンから顔を乗り出して告げる。真紀のポニーテールがピクッと跳ねる。


「お風呂!? やったぁ~! 三日振りのお風呂だぁ~!」


 この時代に漂流してから、真紀達はずっとプチクラ山で生活していたのだ。風呂に入ることなどできなかった。それは真紀の乙女心にかなりの支障をきたすものである。






 ザバァ~ン

 久しぶりの浴槽があまりにも気持ちよく、潜ってみたくなった真紀。勢いよく浴槽から顔を出す。髪の毛が湯に濡れてツヤツヤになる。早くも乙女としての威厳が失くなってる。


「気持ちいい……やっぱり泊めて欲しいってお願いして正解だったわ♪」


 これから満が山へ物資を届けに行く必要もない。寒さや暑さを気にすることもない。やはり満の自宅に居候させてもらう提案は、妥当なものだったと言える。柔い肌を撫でながら、真紀はぬくぬくと湯船に浸かる。


 ガラッ バタンッ

 すると、脱衣室のドアが静かに開き、何者かが入ってきた。真紀は一瞬身構えた。覗き目的で誰か来たのだろうか。心の中で「キャ~! ◯◯◯さんのエッチ~!」と叫ぶ準備をした。


「真紀、これ着替えね。お母さんのパジャマだけど、一応ここに置いておくから」

「ありがとう! 満君」



 満だった。真紀の寝間着を届けに来たのだ。決して覗き目的で来たわけではない。ほっと胸を撫で下ろし、真紀は再び落ち着いて湯に肩を沈める。


「ねぇ、満君も一緒に入る?」

「えっ?///」

「ふふっ、冗談よ♪」

「もう! からかわないでよ!」


 調子に乗り、浴室の扉越しで満をからかう真紀。年頃の少年である満の反応が面白く、真紀はニヤニヤと笑みを浮かべる。呆れた満は脱衣室のドアに手をかける。ふと、横にある洗濯物のカゴを見る。さっきまで真紀が着ていた服が畳んであった。

 

 その上には、真紀の付けているブラジャーが置いてあった。


「なっ……///」

「ん? 満君、どうしたの?」

「あ、いや、何でもない!」


 ガラッ バタンッ

 勢いよく脱衣室を出ていく満。満の行動の意味がよく分からず、真紀は再び入浴の続きを楽しむ。満は脱衣室のドアの前でうずくまる。


「もう、真紀は……///」


 高鳴る心音を必死に抑える満。思春期の男子の心は複雑なものである。満とて例外ではない。






 満はソファーでくつろぎながら、入浴の順番を待つ。すると、真紀が居間のドアを開け、頭から湯気を出しながらやって来た。


「ふぅ~、さっぱりさっぱり♪」

「……///」


 真紀は長い髪を下ろしていた。いつものポニーテールではない。普段はおちゃらけていて幼い印象があるが、髪を下ろすと一気に大人の色気に近い美しさを醸し出す。少しドキッとしながらも、満はソファーから立ち上がった。


「じゃあ僕、次入るね」

「うん! 私の入ったお風呂の残り湯、楽しんでね♪」

「残っ……/// もう、やめてよ!///」


 ニヤニヤしながら満を見送る真紀。その光景を、咲有里は微笑ましそうに眺めていた。


「青春ね~♪」






“なんでこんなことになってるんだ……?”


 浴槽に浸かる満の目の前には、アレイがいる。つまり、満はアレイと共に浴槽に浸かっている。男二人での入浴。端から見れば、少し奇妙な光景だろう。


「あと二人順番を待ってる人がいるんだ。どうせなら複数人一緒に入った方が、待つ時間が減って効率がいいだろう?」

「まぁ、二人ぐらいならまだ狭くはないですけど……」


 そういえば、満はアレイとは二人きりでしっかり会話をしたことがない。何を話せばよいのかわからない。


「そういえば、君は真紀のことはどう思ってるんだい?」

「え?」


 向こうから話題を振ってくれるのはありがたいが、意外な話題が飛んできて困惑する満。どう思っているのかという質問は、恋愛的な目線で真紀を見ているのかどうかを確かめているのだろうか。


「どうって、明るくて面白くて……」

「ふむふむ。それで?」

「でも、それなりの気遣いは持ち合わせていて、すごく優しい子だと思います……」

「なるほど。ちゃんと見てるんじゃないか」


 素直に真紀の印象を語る満。彼女の有り余る元気に振り回されてきたが、何だかんだで魅力的な人間であるという印象は抱いている。自分の娘の話題で娘の友達と楽しむ父親を眺め、満は複雑な心境で湯に肩を沈めた。


「ぶっちゃけ、真紀はモテる方だと思うんだ。それに、君なら真紀とお似合いそうだし♪」

「えっ……///」

「いっそのこと付き合っちゃったら?」

「もう! アレイさんまで冗談はよしてください!」


 アレイの唐突な発言に、満は更に困惑した。こんな会話がしたいがために一緒に風呂に入ったのだろうか。真紀は自分にとってただの同い歳の仲の良い女の子のはずだと、満は自分の心に言い聞かせる。




「あっ……」

「ん?」


 アレイは何かを思い出したような素振りを見せた。満にはそれが何なのかは分からなかった。


「アレイさん?」

「ごめん! 今のは冗談だから! とにかく、これからも真紀と仲良くしてやってくれ」

「え? は、はい」


 突然発言を訂正したアレイ。冗談だというのは分かっているのだが、急にどうしたことだろうか。満は困惑した心境から抜け出せないでいた。




 そう。アレイは思い出したのだ。未来人が決して越えてはならない一線のことを。






「じゃあ、ちょっとトイレ借りるからね」

「はい」


 ガラッ バタンッ

 先に着替えを終えたアレイが脱衣室を出ていく。満もバスタオルで体を拭き、急いでパジャマに着替える。さっさと愛と咲有里に風呂を譲らねば。




「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」


 突如、居間の方から叫び声が聞こえた。これは真紀の声だ。満は脱衣室を飛び出し、居間へ駆け出す。居間のドアを豪快に開け、真紀の様子を確認する。


「真紀! どうしたの!?」

「出た……出た……やっぱりトイレとかそういうところは危険なのよぉ……」

「そうね~」


 真紀は咲有里と一緒にソファーに座りながら、テレビで心霊番組を見ていた。咲有里の巨乳に顔をうずくめて絶叫していた。その隣には愛が座っており、表情一つ変えず真顔でテレビ画面を見つめていた。


 画面を見ると、トイレの個室から顔を覗かせる白い服を着た黒髪の女が映っていた。


「なんだ、テレビ見てただけか……」


 満は安堵した。その後ろでアレイが居間を覗き、電気の点いていない真っ暗な廊下にあるトイレの方を振り向いた。


「トイレ……怖い……」


 子どもの様に怖がるアレイだった。


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