第12話「ドキドキ」



「ありがとう、満君。とりあえず今日はもう遅いから、家に帰った方がいいわね。体は大丈夫?」

「はい。問題ないです」


 時刻は午後8時32分を差していた。気絶していた時間と、未来人の事情を聞く時間で、あっという間に夜が深まってしまった。そろそろ帰らないと、お母さんが心配のあまり泣き出してしまう。

 僕は残りのホットミルクを一気に飲み終えた。完全に冷めてはいたが、僕の決心は冷めてはいない。代わりに僕が真紀達の心を暖めてやるんだという覚悟を持って立ち上がる。


「あ、分かってるかもしれないけど、家族や友達には私達のことは内緒ね」

「もちろんです」

「明日もまた、来てもらえると嬉しいわ」

「はい」


 愛さんに十分釘を刺された僕。丁度明日から土曜日で、学校も休みだから問題ない。すぐに学校は始まるけど、未来人の秘密は厳守するつもりだ。僕は頭を下げ、プチクラ山を下りる。




「あの……満君!」


 真紀がやっと口を開いた。僕は後ろを振り返る。真紀は潤んだ瞳を輝かせながら、何かを言いたげな様子だ。


「あ、ありがとう! 本当に……」


 頬を赤く染めながら、素敵な笑顔を向けてくれた。僕だって真紀の立場なら、ものすごくありがたい。過去の時代という未知の世界に漂流し、しかも自分達は正体を隠して生きなくてはいけない。

 そんな窮地の中、生きる手助けをしてくれる人物がいたら、それはそれは心強いだろう。真紀の不安と安堵の気持ちは、よくわかる。


 だから僕は、君達を助けたい。


「うん。また来るね」


 僕もできる限りの笑顔で返した。そして来た道を戻っていく。秘密を抱えた僕の足は、鉛に変わってしまったようにいつもより重たく感じた。




 僕は山を下りる前に写生をしていた場所に戻り、スケッチブックと筆箱、絵の具セットを拾う。さっきはほったらかしにしたまま、真紀のところへ駆け出していったのだ。荷物を全て抱え、ようやく山を下り始める。


 ふと空を見上げると、星はまだ綺麗に輝いていた。まるで僅かに残された希望を象徴するかのように。






「ママ、ごめんなさい。私が自由研究なんかのために、タイムマシンを使おうなんて考えなければ……」


 私は冷めたホットミルクをすすりながら、ママに頭を下げる。さっきから私が元気がないのは、帰れなくなったことが怖いからではない。ずっと責任を感じていたからだ。私のせいでこんなことになってしまったんだって……。


「済んだことを悔やんでも仕方ないわ。今は家族みんなで力を合わせて、この危機を乗り越えましょう」

「ママ……ありがとう!」


 ママが笑顔で語りかけてくれたおかげで、涙がこぼれずに済んだ。きっと自分一人だけだったら、不安という化け物に狩られて生きられない。でも、家族と一緒という事実があるだけで、自ずと勇気が湧いてくる。


「満君も一緒にね!」

「ふふっ、そうね」


 やっとしっかり笑えるようになった。きっと、満君のおかげだ。彼が協力してくれると言った時、私は本当に嬉しかった。過去の人間に関わるのは内心すごく不安だったけど、話をしてみれば案外分かってくれるものだ。


「う~ん……とりあえず修理できるところまでは、僕がなんとかしてみるよ」

「パパもありがとう」

「アナタ、あまり無理しないでね」

「大丈夫。ほら、二人共もう休みな」


 パパが早く寝るように促す。私とママは満君にかけていたタオルを体に巻いて、倒木を枕にして寝た。寝心地は最悪だけど、今は仕方ない。我慢しよう。


「……」


 寝る前に、私は満君のことが気になった。タイムマシンが爆発する直前、私を庇ってくれた満君。彼のその時の必死な顔。気絶する前に私に見せたあの笑顔を思い出した。


 正直、カッコよかったな……。


 ふと、心が温かくなるのを感じた。満君のことを考えると安心する。彼のことを頭に思い浮かべるだけで、なぜかこの先何とか生き延びることができそうな気さえする。


「……///」


 いつの間にか、自分で自分の頬が赤くなっていることが分かる。不思議な心意気だ。どうしたんだろう、私……。


 とにかく、今は寝よう。明日から大変な生活が始まる。私は目を閉じて、眠りにつく。疲れていたので、あっという間に夢に引きずり込まれた。






 僕は住宅街を歩きながら、星空を見上げていた。山で見たよりも、少し見にくなってきた。でも、まだまだ希望が消えたわけではないと思う。


「……」


 それにしても、今日はとても不思議な日だ。未来人に会い、協力してくれと頼まれる。あの人達の存在を知っているのは世界で僕だけ。そう思うと少々心が踊る。

 だが、あの人達にとっては死活問題だ。だから真面目に考えなくては。僕がしてあげられることは何か。真紀に何をしてあげられるだろう。




 あれこれ考えているうちに、家に着いた。ドアを開けると、お母さんが心配そうな表情で駆け寄ってきた。


「ただいま……」

「あ、満! おかえりなさい。遅かったけど、どうしたの?」


 この人が僕のお母さん、青葉咲有里。勢いよく駆け寄ってきたため、後ろで結んだ茶髪がふわりと揺れる。かなり心配をかけてしまったなぁ。すごく申し訳ない気分になった。


「ごめんね。みんなと写生の宿題をしにプチクラ山の方へ行ったんだけど、予想以上に下書きに時間がかかっちゃって……今までずっと描いてたんだ」


 嘘をつかなければならないことが、更に申し訳ない。だけど、本当はタイムマシンの爆発に巻き込まれて、長い間気を失っていたなんてことは、口が裂けても言えるはずがない。ごめんね、お母さん。


「そうなの? とにかく早くご飯を……って、大変! 服が泥だらけじゃない! 先にお風呂に入って!」


 慌てふためくお母さん。いつもの通り呆れるほどの心配性だ。いつまでも子供じゃないんだから。その気遣いはすごく嬉しいけど。とにかく、僕はお母さんに肩を押され、風呂場に直行した。




「満、お湯加減はどう?」

「うん……大丈夫だよ」


 脱衣室からのお母さんの声に返事する。風呂に浸かりながら、僕は真紀のことを考える。今はまだ夏とはいえ、夜は冷えるかもしれない。山の上なら尚更だ。寒くはないかな?


「満、美味しい?」

「うん……美味しいよ」


 お母さんが頬杖をつきながら、僕の食事を眺める。晩ご飯のおでんを頬張りながら、僕は真紀のことを考える。そういえば、食事はどうするんだろう。ちゃんと持ってきてるのかな? きちんとしたものは食べれているのかな?


「満、今日はお母さんと一緒に寝よっか」

「うん……え?」


 パジャマ姿のお母さんが枕を抱えて僕にすり寄る。布団に入る時に、僕は真紀のことを考える。見たところ、あの場には敷くものがなかった。上からかけるものも、あのタオルぐらいしかなかった。どうやって寝るんだろう。風邪引いたりしないかな?




 気がつけば、ずっと真紀のことを考えている。考え出すと止まらない。自己紹介の時に、真紀は手を握ってくれた。素敵な笑顔も向けてくれた。あの時の感触。あの時の笑顔。思い返しただけで、やっぱり心が温かくなる。


「……///」


 顔がなにやら暑い。もしかしたら、頬が赤くなっているのかもしれない。こっちが風邪引いちゃったのかな? どうしたんだろう……僕。




 いや、考えるのはよそう。今日はもう寝ないと。僕は布団に潜って意識を手放した。明日は、朝から真紀のところへ顔を出してみようかな。


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