第8話「プチクラ山」



 腕時計を確認しながら、プチクラ山の時計広場で小さな時計台を眺めている裕介君。少々顔が険しい。それもそうか。


「集合時間とっくに過ぎてんのに、なんであいつら来てねぇんだぁ?」


 集合時間の午後2時30分を過ぎているが、僕達は裕介君と一緒にいない。というのも……


「そろそろ出ていったほうがいいんじゃないの?」

「まだまだ~♪ もう少し近づいてからよ」


 僕達はプチクラ山の時計広場の深い草むらの中に隠れている。地面に腰を下ろして、隙間から裕介君の様子を伺う。隣には綾葉ちゃんがいて、しゃがんで不敵な笑みを浮かべている。


 綾葉ちゃんが最初に言い出したのだ。集合時間より早く来て、後から来た裕介君を驚かそうと。反対側の草むらには、広樹君と美咲ちゃんが隠れている。裕介君はまだこちらには気づいていない様子だが……。


「そろそろ腰が痛くなってきたよ……」


 さっきから30分ほど同じ体型を維持している。流石に疲れてきた。


「なかなか気づかないわね……」




 バタッ!

 後ろから音がした。振り向くと、草に立て掛けてあった僕のスケッチブックが倒れていた。写生の宿題のために持ってきたやつだ。


「おっ、お前らそこにいんのか?」


 バレた。裕介君にも音が聞こえたらしい。ガツガツと靴音を響かせ、ポキポキと手を鳴らしながら、僕達の隠れている草むらに近づいてくる。


 ……って何? 裕介君、まさか殴るつもりなの!?


「それで隠れたつもりかぁ~? 俺様から逃れようなんざ3ヶ月早ぇんだよぉ~♪」


 たった3ヶ月なんだ(笑)。あと、殴るのはやめて……。


「あわわわわわわわわ……」


 綾葉ちゃんも焦り始めた。


「みーつけたぁぁぁぁぁ!!!!!」


 シュ!

 裕介君が長い腕を伸ばして掴みかかってきた。僕は恐怖のあまり目をつぶる。




 フニュッ

 何やら柔らかいものを掴んだような音が微かに聞こえた。僕はその音が聞こえた隣を見たが、見た瞬間手のひらで目を覆い隠した。


「ん? なんだこれ?」


 裕介君は自分の掴んだものを確認する。


 それは……






 綾葉ちゃんの胸だった。


 綾葉ちゃんは自分の左胸をわしづかみにされ、顔が赤く染まっていた。そりゃそうだ。


「あ、あ……///」


 恥ずかしさのあまり呆然とし、次の言葉が出てこなくなった綾葉ちゃん。感触を吟味した裕介君は、落ち着いた口調で一言呟いた。


「……柔らかい」


 ズドン!!!!!

 綾葉ちゃんのげんこつが、見事裕介君の頭にお見舞いされ、鈍い音が山にこだましていった。






「ほんっと最低! クズ! 変態!」


 ほぼ涙目になりながら、綾葉ちゃんは倒れこんだ裕介君に吐き捨てる。


「いや、まさか綾葉がいるとは思ってなくて……」


 瀕死状態になりながらも、裕介君は答える。叩いた頭から湯気が沸いてるあたり、相当痛そうだ。赤く腫れ上がって大きなたんこぶのようなものまでできてる。広樹君はしゃがんで哀れみの表情を浮かべながら、裕介君を眺めている。


「ここで裕介君に問題です。超難問! 綾葉のおっぱいの大きさは何カップでしょう?」


 いきなり美咲ちゃんがとんでもないクイズを出してきた。これで正解したら、正真正銘の変態だ。


 ピンポン!

 裕介君が腫れ上がったたんこぶを手で押した。なぜかクイズ番組のスイッチのような音が鳴った。


「あの手のひらへの収まり具合と柔らかさから推測して……Dカップ!」

「正解!」

「よっしゃぁぁぁぁぁ!!!」


 ドカン!!!!!

 再び頭へのげんこつが炸裂し、さっきよりも響きのよい打音が、再度山をこだましていった。


「馬っ鹿じゃないの!!!」

「なんで俺だけ……」

「美咲もなんで私のカップ数知ってんのよ!」

「裏ルートで情報を入手した」

「何よ裏ルートって!?」

「ハハッ! 桐山、お前その頭、ミッキーマ○スみたいだな(笑)」


 あまりの可笑しさに、いつになく広樹君が笑っている。裕介君の頭には、左右に二つのたんこぶができている。確かに、正面から見たらミッキーマ○スみたいに見えるね。


「そうか? ならミッキーマ○スならぬミッ○スだな♪ だけに♪」


 少し風が吹いてきたのか、寒くなってきた。






 僕達はプチクラ山の山道を歩く。人工的に作られた道で、ハイキングコースにもなっているからそんなに辛くない。


「待ってくれよ……辛ぇんだが……」


 今の裕介君を除いてだけど。たくさんげんこつをお見舞いされて、クタクタになっているから無理もないか。僕達の後ろをとぼとぼと付いてくる。


「我慢しなさい。男でしょ」


 綾葉ちゃんはずっと裕介君に厳しい。さっきのこと、相当根に持っているようだ。当然と言っちゃ当然だけどね……。


「あ、みんな見て。いい景色」


 美咲ちゃんが足を止め、開けた草原が茂っている、緩やかな坂の前でその景色を見つけた。僕達も並んで眺める。


「おぉ~! スゲ~!」

「なかなかのもんだな」

「ほんと、いい景色ね~♪ ねぇ満君!」

「そうだね」


 一目で街全体を見渡せる。その上には、わたあめのような白い雲をいくつか浮かべた青い空が広がっている。とても綺麗な景色だ。


「俺達結構高いところまで登ってきたんだな~」

「そろそろ花とか木とか探そうよ」

「うん、探す」


 みんなはそれぞれバラバラに移動し始めた。だが僕は足を止めたままでいる。僕はある衝動にかられたのだ。


「僕、この景色描いてみようかな……」

「えぇぇぇぇぇぇ!?」


 みんな驚いた。予想通りの反応だ。


「マジでこれ描くつもりだったのかよ!? 難しいだろ?」

「そうだけど、すっごく綺麗だったら、なんか絵に残しておきたくなっちゃって……」

「そ、そうか。まぁ、お前のことだし、大丈夫だろ」

「さすが満君! チャレンジャーね!」

「未来の天才芸術家、青葉満君の記念すべき一作目」

「どんな感じになるか楽しみだな」


 なんでみんな、そんなに過度な期待をしてるんだろ……まだ筆も動かしてないよ。


「じゃあ俺ら、奥の方行ってくるから。頑張れよ~」

「うん、じゃあ後でね~」


 裕介君達と一旦別れ、僕は作業に入る。まずは下書きっと……。


 ササササッ

 鉛筆を動かし、景色の細部を写し取る。

しばらく時間がかかりそうだ。




   * * * * * * *




 あっという間に数時間が経過した。今にも太陽が山の背に沈もうとしている。


「できたぁ~! 俺の渾身の傑作だぁ~!」


 裕介がスケッチブックを空に高く上げ、自信満々に胸を張る。


「俺もできた」

「あら? みんなできたのね!」

「私も」


 どうやら四人共、絵が出来上がったようだ。それぞれの手に握られたスケッチブックが、夕日の光に照らされてオレンジがかっている。


「美咲、上手いわね! それ」


 綾葉と美咲は、それぞれ同じ花の絵を描いていたが、自分よりうまく特徴を捉えられている美咲の絵に感心してしまった。


「ありがと……/// 綾葉のも上手いよ」

「そ、そう? ありがとう……///」


 照れる綾葉。人に誉められるのは、あまり慣れていないのだ。二人の頬が赤く染まる。夕日に照らされて、オレンジ色に変わる。それを微笑ましく眺める裕介と広樹。


「広樹はどんな感じ?」

「俺のは、これ」

「ん~、まぁまぁね」

「酷ぇな、オイ」


 普通のタブノキが描かれていた。上手くもなく、下手でもなく、なんともいえない出来映えだった。一番コメントに困るやつだ。


「それで、裕介は?」

「フッフッフ♪ 見て驚くなよ~? ジャーン!!!」


 裕介は自信満々に見せつけてきた。しかし、彼の絵は壊滅的に下手だった。とてつもなく。もはや植物なのか動物なのか判断すらできかった。

 幼稚園児レベル……いや、赤ん坊のレベルと勝負しても勝てそうにない。例えるならそのような程度だった。実に酷い。


「あら、もうこんな時間! 5時半よ! そろそろ帰らなきゃ」

「おい! せめてなんかコメントくれよ!」

「ハイハイ、へたくそへたくそ」

「酷ぇ!」


 四人はそれぞれのスケッチブックと絵の具セットをしまい、満が絵を描いている場所まで戻る。




 満は夕日に照らされても、まだ鉛筆を走らせていた。


「ん? 満、お前まだ下書きしてんのか?」

「あっ、裕介君。ん? え……もう夕方!?」


 満は数時間、ずっと街の景色を模写していた。手は鉛筆の芯で黒く汚れていた。足元にはティッシュが敷かれていて、消しゴムのガスが山積みになっていた。相当集中していたことが伺える。だが、まだ下書きは途中だ。


「どれどれ~? え……うま! なにこれ!?」

「上手……」

「すげぇな、これ……」


 建物の外観や影の伸び具合、物と物の距離感など、すべて忠実に写しとられていた。一斉に誉め責められる満。これまた、頬が赤く染まり、夕日に照らされてオレンジに輝く。


「あ、ありがとう……///」

「でもこれ、色塗り大変じゃないか?」

「でももう描き始めちゃったし、色塗りも頑張ってみるよ」

「お~♪ さすが満君!」

「とりあえず下書きだけ終わらせたいから、みんな先に帰ってていいよ」

「そうか、じゃあ俺ら先に帰ってるわ。また月曜日な~、頑張れよ~」

「うん、バイバイ」


 満を残し、四人は先に山を下りる。満は腰を下ろし、下書きの作業を再開する。




 ビリリッ

 空中で、紫がかった謎の稲妻が走る。だが、それに気付く者は誰もいなかった。


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