第7話「シルル紀のキノコ」



 ブロロロロロロロ

 私達を乗せたタイムマシンは、乾燥した大地をゆっくりと走っている。元々見た目が普通の自動車っぽいから、ただ地面を走っているだけでは、もう普通の自動車そのものでしかない。


「ねぇ、見たところ植物が見当たらないんだけど」


 ママが心配そうに呟く。確かに、さっきから緑がまったく見当たらない。草原や森林の姿がこれっぽっちもない。私達は植物の写真を撮りに来たのだから、肝心のお相手がいないと、ただの時間旅行になってしまう。


 本当にこんなところに植物なんてあるのかしら? もしかして時代間違えたのかな? それとも図鑑の情報が間違ってたとか?


「そりゃあそうさ。陸上の緑化が本格的に始まったのがシルル期からだからね~。でも大丈夫、すぐ見つかるから」


 何だかやけに自信満々に語るパパ。何か秘策でもあるのかな。まぁ、ここは現役の時間管理局の局員様を信じるとしますか。




 数分ほど走行すると、目の前に大きな谷が見えてきた。どんどん近づいている。落ちてしまったらどうしようと想像し、私の心臓が心配してドクドクと高鳴る。


「アナタ、このスピードのまま行くと落っこちるわよ?」

「大丈夫、大丈夫」

「いやパパ、危ないって!」

「大丈夫、大丈夫」

「大丈夫じゃないわよ! 落ちたら無事じゃ済まないって!」

「大丈夫、大丈夫」

『だから大丈夫じゃないんだってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』


 ママと揃えて大声をあげる。いやいやいや、マジでこのまま行くと確実に落ちるって! 落ちたら車ドカーン、人生バコーン、この世サヨナラーよ! こんなところに自分のお墓なんか建てたくない! いや、建ててくれる人間すらいないし!


 あぁほら、もうすぐそこまで迫ってるって!!!




 ビュン!

 タイムマシンは元気よく崖の上から飛び出した。


『嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!』






 ……んあ? あ、あれ? 落ちてない。落ちてないわよ。ていうか……


「飛んで……る?」


 タイムマシンはヒュルヒュルと空を飛んでいた。再びタイムマシンらしさを見せつけた。なんだ、よかった。私の心臓は落ち着きを取り戻した。


「ね? だから大丈夫だって言ったでしょ♪」

「怖がらせんじゃないわよ!!!」


 ママの怒鳴り声が窓を震わせ、谷底までこだましていった。ついでに川の水面まで揺らしたかもしれない。


 そう、谷底には川が流れていた。


「パパ、下に川が流れてるわよ~」

「あれは川じゃなくて海だよ」

「え? そうなの?」


 そして、タイムマシンは川岸……じゃなかった。海辺にゆっくりと着陸した。私はさっそくドアに手をかけた。早くあの海の水を舐めたい。大昔でも海水はしょっぱいのかな?  今すぐ確かめたい。


「ねぇ、今さらなんだけど、大気とかはどうなの? 酸素とかちゃんとある? 外で息はできるの?」


 ママが立て続けに質問攻めをした。確かにそれは重要な問題だ。何の下調べもなく外に飛び出して、簡単にポックリといきたくない。


「それも大丈夫。ちゃんと酸素はあるよ。現代よりは酸素濃度は低いけど、息ができないってほどではないから。ちょうどこの時代は植物の光合成のおかげで、生物が生息するのに十分な酸素が地上に行き渡った頃だし」


 それもそうか。なら安心ね。まぁ、植物はまだこの目で見てはいないけど。


 ガラリ!

 私は豪快にドアを開け、シルル期の大地に足を踏み入れた。人生初の、異なる時代への一歩だ。


 ザッ!

 すごい。今、私は遥か大昔の時代の大地に立っている。人類が何年も夢見てきた、異なる時代への旅。タイムマシンの発明。私はその奇跡を体感することができた人間だ。心が踊る。

 まるでアポロ11号に乗り、初めて月面着陸に成功した宇宙飛行士、ニール・アームストロングになった気分だ。


「すごい! パパすごいね! 私達、大昔に来てるんだよ!」

「あぁ、そうだな」

「気温も意外と快適ね。現代とそんなに変わらない」

「この時代の気候は結構安定してるんだ。この頃からオゾン層も形成されたからね。地球上に降り注ぐ有害物質とかが少なくなって、それで生物達も次々と陸上へ進出していくことができたというわけさ」


 いやぁ~、ホントにすごい。さっきから私、「すごい」しか言ってないわね(笑)。いやぁ~、大昔のあまりのすごさに、語彙力がどこかにトラベルしてしまったわ。あぁ ……すごい。


 すると、波打ち際に何かが見えた。


「何かしら? アレ」


 私は海辺を走った。海水に指を突っ込んで舐める。んんっ、しょっぱい! この頃から海水はしょっぱかったのね。いや、そんなことより……


「パパ、岸に何か打ち上げられてるよ~」

「ん? どれどれ?」


 私は見つけたアレのところまで駆けつけて、パパを手招きした。岸に打ち上げられていたそれは、まるでカブトガニのような……魚のような……不思議な生き物だ。


「あぁ、ケファラスピスだね」

「ケアレスミス?」

「ケファラスピス! シルル期の後期からデボン期の後期の間に生息していた甲冑魚かっちゅうぎょの一種だよ。てことは、ここ中期じゃなくて後期か。少し時代を早め過ぎたな(笑)」


 頭を掻いて苦笑するパパ。タイムマシンの行き先の年代設定は難しいらしい。でも、タイムマシンを操縦して、異なる時代に安全にたどり着いただけでも十分すごい。


「かっちゅうぎょ?」

「簡単に言うと、頭部が鎧みたいな硬い甲羅に覆われている魚のことだよ。オルドビス期から誕生し始めて、デボン期の終わりに絶滅してしまった古代の魚類の仲間なんだ」


 どうやらこの時代の陸上に生物はほとんどおらず、水中にいるらしい。陸上にいるのはわずかな植物だけのようだ。確か、図鑑にもそう書いてあった気がする。


「へぇ~。でもこれ、死んでるわね」

「まぁね。でも水辺を見つけられてよかったよ」

「え? どういうこと?」


 パパは辺りを見渡す。すると、何かを見つけたらしく、急に走り始めた。


「ちょっとアナタ! どこ行くの?」

「あった! お~い、真紀! お探しのものがあったぞ~!」


 お探しのもの? それってまさか! 私はパパの元へと駆け出した。そこにはうじゃうじゃと黄色いキノコが生えていた。非常に小さいため、屈んで目を凝らさないと見つけられなかった。


「あった~! あのキノコ!」

「クックソニアだよ……。探してたのこれだろ?」

「うん! 図鑑の写真とそっくり! でも、思ったより小さいわね。手のひらより小さいわ」

「図鑑に約7センチメートルって書いてあったろ?」


 よーく見渡すと、海岸の一面にクックソニアは生えていた。クックソニアは先端に丸っこいキノコのかさのような黄色い胞子が付いていた。茎(?)の部分は黄緑色をしていて、そこは現代の植物とほぼ同じだ。


 でも、やっぱり全体的な見た目はあまり植物っぽくない。だが植物だ。


「あ、写真写真!」


 私はリュックに入れてあったパパの一眼レフを取り出す。そうだ、肝心の目的を果たさなきゃ。私は膝を下ろしてしゃがむ。電源のスイッチを押した時、ママも走ってきて追い付いてきた。


「もう二人とも、いきなり走るんじゃないわよ……」


 パシャ! パシャ! パシャ!

 私は何度もシャッターを切る。


「ふ~ん、これが真紀の探してたやつ? なんか植物に見えないわね」

「これでも立派な植物さ。光合成だってちゃんとする。現代の植物のご先祖様だよ」

「でもこんなに小さいの、よく見つけられたわね」

「植物も水中から陸上に上がってきたからね。海岸に沿って探していけば探しやすいんだ。今回は案外早く見つかってよかったよ」


 流石パパ。時間監理局で働いているだけあって、歴史の話題にはめっぽう強い。


 パシャ! パシャ! パシャ!

 ん~、もう十分かしらね。私は一眼レフをしまう。そして、ゆっくりと手を伸ばs……


「真紀、持って帰るのはダーメ!」


 伸ばした私の手を、パパは見逃さなかった。意外と鋭いな……。


「え~、いいじゃない。こんなにたくさん生えてるんだから一本くらい……」

「ダメって言ったらダーメ! 一本でも持って帰ったらすぐに犯罪者になるよ」

「ちぇ~」


 私は手を引っ込める。まぁ、今回は潔く諦めよう。犯罪を犯して高校を退学などとなれば、元も子もない。植物のご先祖様が見られて、写真を撮れただけでもありがたい体験よね。


「じゃあ写真も撮ったし、次、行くか?」

「うん!」


 私は立ち上がって、タイムマシンに向かって走り出した。まだまだこの時代は始まりに過ぎない。これからもっといろんな時代を巡っていくのだ。みんながアッと驚くような、すごい自由研究をしてみせるんだから。


 私達の冒険はまだまだこれからよ!




 ……なんてね♪


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