第6話「時をかける少女 with 両親」



 あっという間に土曜日になった。小説の世界では、タイムマシンを使わなくても簡単に時間を飛べるから便利だ。でも、どうせ時間を飛ぶなら、やっぱりタイムマシンに乗りたいわよね〜♪ 早速行くわよ!


「真紀、スカートじゃなくて、もうちょっと動きやすい服装にしたら?」

「大丈夫よ〜、これ結構動きやすいから♪」

「はぁ……まぁいいや。行くか」

「レッツゴー!!!」


 私はママの余計な心配を振り切り、タイムマシンのドアを豪快に開けて、後部座席に座った。流石タイムマシン、座り心地まで抜群だ。

 後部座席辺りは、やはり普通の自動車とそんなに変わらなかった。しかし、運転席の周りには、複雑そうな機械が肩を並べている。見たこともないメーターやスイッチがたくさんあって心が踊った。


 後ろの荷物置き場には、大きな黒いバッグが2,3個積み重なっていた。ママは私の隣に座り、パパは運転席に座った。私はドアを閉め、シートベルトを締めた。


「シートベルト締めたかい?」

「締めた〜」

「よし、じゃあ最初の行き先は?」

「ちょっと待ってて」


 私は自分のリュックのチャックを開けた。中には市立図書館で借りた植物図鑑、パパの書斎にあった消滅遺産図録、パパの一眼レフカメラ、自由研究の計画表、ノート、タイムカプセル(!?)、財布、ハンカチ、ティッシュ、その他色々入っている。


「アンタ、その消滅遺産図録パパのでしょ?」

「あ、これ? えへへ……パパの書斎から持ってきちゃった♪ 遺産の数々が生きている姿を、この目で確かめたいのよ!」

「ふーん」


 そのためにも、この本は必須かなと思った。タイムトラベルの醍醐味と言えば、現代にはもう存在しないものの姿をこの目で拝めることだから。それより、私はリュックから植物図鑑を取り出す。ページをめくってあのキノコを探す。


「あった! クックソニアは……シルル紀中期!」

「シルル紀となると……約4億4370万年前か。中期とはこれまた微妙だな。少し後の約4億1800万年前ぐらいにしておくか」


 パパはハンドルの隣にある大きなタブレットのようなものにキーボードを表示させ、数字を入力し始めた。あれはタイムマシン版のカーナビみたいなものなのかしら?


「何? 真紀、そんな大昔に行くの?」

「だって図鑑にそう書いてあるんだもん」

「図鑑が正しいかどうかはわからないけど、とりあえずそれを頼りに行ってみるしかないなぁ」


 なんせ異なる時代へと移動するのだから、わからないことだらけである。当然私達はその時代に生きている人間ではない。現代に残された僅かな資料を頼りに向かうしかないのだ。

 

「よーし! 入力完了!」


 パパはカーナビの赤いスイッチを押した。すると、タイムマシンはブロロロロと音を立てて揺れだした。私の心臓も遅刻して揺れ出す。


「お〜! ついに行くのね!」


 タイムマシンはガレージから庭へと進んだ。次にカーナビからキンッと金属音に似たような音がした。時空のトンネルを検出したのだ。


「ワームホールの周期確認! 二人共掴まっててね」


 ようやく旅立ちの時だ。私とママは身構えた。これからどんなことが待ち受けているのかは、0.1秒先の未来でさえ予測がつかない。


「わ! ちょっ! ど、どうなってるのこれ?」


 ママが驚くのも無理はない。タイムマシンはブゥーと音を立てて、宙に浮き始めたのだ。この感覚、たまらない。過去の人間にわかりやすく言うと、遊園地のアトラクションに乗ってるような感じね。


「わぁ〜♪ すご〜い!」

「出発するぞ! 行き先は古生代シルル紀中期!」


 パパは思いっきりアクセルを踏んだ。


 ビューン!!!

 タイムマシンは勢いよく発進した。




「あらあら♪ 神野さんのお宅。一体どこに行ったのかしら、ふふふ」


 その一連を見ていた隣の家のおばさんが、微笑ましく空を見上げていたらしい。未来人にとって、この光景はもはや日常的。タイムマシンの存在を知っている人だけだけどね。


 ともあれ、私達を乗せたタイムマシンは、とてつもないスピードで空中から姿を消した。







「わあぁぁ……」


 ワームホールは黄色かった。本当にトンネルみたいだ。そのトンネルの中を、私達をタイムマシンは静かに走っていく。意外と落ち着いた走行なのね。もっと荒々しいものを想像していた。


「不思議な光景ね〜」


 ママもタイムマシンに乗るのは初めてなので、外の景色に見入っている。確かに、結構綺麗だ。うっすらとした黄色いもやが、川の流れのように過ぎ去っていく。


 すると、トンネルの向こうから、大きな黒い塊が流れてきた。よく見ると電気のようなものを帯びている。タイムマシンは衝突を避け、横を通過する。


「え? 何あれ?」

「タイムボールトだよ。ワームホールの中をいくつか流れてね、ワームホールのバランスを保つためにあるんだ」


 よくわからないけど、わかった。それにしても本当に不思議な空間だわ。私達が過ごしている場所とは完全に違う、別世界、別次元だ。これが時空というものなのかぁ。


「ね~ね~パパ、あとどれくらいで着くの?」

「4億年もさかのぼるからな〜。1時間20分といったところかな」

「え! そんなにかかるの!? 退屈しちゃうじゃん……」


 ワームホールは見たところ、どれだけ進んでも同じ景色ばかり。たまにタイムボールトが流れてくるだけだ。黄色いトンネルと黒い塊を眺めるだけでは、退屈しのぎにはなりそうにない。


「そう言うと思ったよ。後ろ、見てみな」


 ん? 後ろ? 後ろに積んである黒いバッグのことか。私は身を乗り出して、一番上に積んであるバッグのチャックを開けた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 中にはお菓子やらジュースやらパンやら、いろんな食べ物や飲み物が詰まっていた。すごく美味しそう。パパが出発前に準備したいって言ってたのって、これのことだったのかな?


「ちょっと早いけど、お腹に何か入れときな」

「いっただっきまぁ〜す💕」


 私とママは、すぐさまご馳走の山にありついた。パパ、ありがとう! 世界で二番目に大好き! ちなみに世界で一番好きなのは、いつか出会うであろう運命の王子様!






 もぐもぐもぐ。私はパンをほおばりながら、消滅遺産図録を読んでいる。これも暇つぶしのために持ってきたようなものだ。


 もぐもぐもぐ。ん〜💕 美味しいわね〜♪ このチョココロネ♪ 未来でもいくつか甘いものが残っててよかったわ。


 でも……


「はぁ……」


 私は消滅遺産図録の食べ物のページを見て、深くため息をついた。


「このクレープっていうの、一度食べてみたいなぁ……」


 私の時代にはクレープは無い。レシピはここに書いてあるのに、何故か誰も作らない。私の時代のスイーツ店のメニューなどにもクレープの名前は無い。必要な材料が私の時代では枯渇しているというわけでもない。

 それなのに何故か消滅したという扱いになっており、消滅遺産図録に載っている。作り方と共に。実におかしな話である。


 他にも、遊園地。私の時代には遊園地は無い。さっき遊園地のアトラクションみたいな感覚がどうのこうの言っていたが、そもそも私は遊園地というものに行ったことがない。消滅した理由は、遊園地のページを見れば書いてあるが、何故か読む気になれない。


「……」


 私は消滅したモノの数々に想いを馳せる。もしそれらがまだ存在する時代に行くことがあったら、実際に目で見てみたい。触れて、感じて、楽しみたい。


 私は、「知らない」を知りたい。






 白い光が辺りを覆い、私達は目を細める。光は一瞬にしてタイムマシン全体を覆い尽くす。不思議な音が私の耳の鼓膜を揺らす。


「着いたぞ。約4億1800万年前、古生代シルル紀だ」

「ここが……」


 私とママは、窓から外の景色を眺める。どこまでも、永遠と続く広大な大地が広がっていた。


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