第5話「メモリーキューブ」
キーンコーンカーンコーン
ショートホームルームの終わりを告げる鐘が鳴り、クラスのみんなが一斉に帰宅し始めた。今日は夏休み最後の土日を控えた、金曜日の登校日だ。まだお昼前だけど、今日の授業はここまでだ。
いや、正確には授業ではないけどね。せっかく早めに帰れるのだからと、クラスメイト達は帰る足を早める。残り少ない夏休みを隅々まで満喫したいらしい。
「よし、じゃあこの後2時半に山の時計広場の前に集合!」
僕も一応帰るけど、この後は裕介君達と一緒に、プチクラ山で写生の宿題をしに行く約束をしている。家に鞄を置いたら、準備して着替えて向かわなくては。
「ね〜、男3人だけで何話してんの〜?」
突然会話に入ってきたのは、クラスメイトの
「仲間はずれ、いじめ、カッコ悪い」
彼女の背後には、同じくクラスメイトの
「違ぇよ! お前らも誘おうと思ってたけど、忘れちまってただけだよ!」
「え? 私達のこと忘れてたの? それはそれで酷くない?」
「酷い」
「お前、空野達誘うの忘れてたのか? 確かに酷ぇな」
「広樹まで乗ってくるんじゃねぇ!」
彼女達も、裕介君や広樹君と同じくらい仲が良い親友だ。僕達五人はほぼと言っていいほど、学校で一緒に行動している。休日も五人で食事だったりカラオケだったり、楽しく過ごしている。いわゆるイツメンというやつだろうか。
親友というのは、実にいいものだな。
「まぁそれは置いといて、アンタ達どっか行くの?」
「ああ、写生の宿題まだ終わってなくてよ。この後プチクラ山にでも行って、何か描こうと思ってな」
「満君も行くの?」
「うん、こんな時期に写生終わってないなんて、本当は大問題だけどね(笑)」
自分で言っておいて何だけど、一応笑い事ではない。明日と明後日の土日が過ぎれば、月曜には始業式だ。夏休みが終わってしまう。写生は下書きだけでなく色塗りまでしないといけないため、今日にでも描かないと間に合わない。
「ちょうどいいわね! 実は私も写生の宿題終わってなくてね、下書きもまだなの」
「私も……」
「お前らもか。それじゃあ決まりだな。みんなで行こうぜ!」
奇跡的というか悲劇的というか、全員が写生の宿題が完成していないという都合のいい状況だ。ともあれ、成り行きで綾葉ちゃんと美咲ちゃんの二人も、一緒に行くことになった。
「ちなみに、おやつはいくらまで?」
「300円までだ」
「いや、だからギャグ古過ぎだろ!」
僕はふふっと笑う。案外似た者同士の僕達は、こんな感じでいつも過ごしているのだ。
🕛 🕐 🕒 🕔 🕕 🕖 🕘 🕙 🕚 🕛
ジー
私とパパは物陰から顔を出し、洗濯物を畳んでいるママの様子を伺っている。ママは私達には気づいていない。
「何やってるの? 二人共……」
いや、バレていた。ていうか、私達なんでこんなことしてたんだっけ?
「よし! 試してみよう」
パパはそう言うと、冷蔵庫に向かっていき、扉を開けた。そして、棚からプリンを取り出した。しかもただのプリンではない。スペシャルゴールデンプレミアムプリンだ。ちょっと言いにくいわね……。
とにかく普通のプリンより滑らかで甘く、大きくて高い高級なプリンだ。我が家のような大金持ちだから買えるのだ。ふふふ♪
でもそれ、ママのでしょ? だってフタに『
「いただきま〜す♪」
パパはフタを開けて、中のプリンをスプーンで豪快にすくい、大きな口でほおばった。何やってんのよパパ!
「アナタ、そのプリン……」
あぁ、やっぱり。案の定、ママは背後に灼熱の炎を燃やして、一歩ずつゆっくりとパパに近づいていった。ママ、あのプリン食べるの楽しみにしてたものね……。
「ふぅ〜、美味しかった♪」
さっさと食べ終えてしまったパパ。これからママに血祭りにあげられるとも知らず、のほほんとしている。一体どういうつもりなのか。
「よし、じゃあ真紀、しっかり見ててね」
「え?」
そう言うと、パパはポケットからさっきのメモリーキューブを取り出した。横のダイヤルのようなものをチリチリと回している。何してるのパパ! ママがすぐそこまで来てるわよ!?
「歯を食いしばりなさい……いや、食いしばるな」
あぁパパ、今までありがとう……忘れるまで忘れないわ……。私は合掌する。目を閉じ、天を仰ぐ。
「できた!」
シュッ
パパはメモリーキューブをママの頭上目掛けて投げた。すると、ママの頭上でメモリーキューブは停止した。すごい、空中に浮いてるわ! 近未来的!
立て続けに、メモリーキューブは黄色く光りながら変形してみせた。ルービックキューブのようにカタカタと形を変えたそれは、真下にいるママに向けて黄色い光を放った。かなり眩しい。
「な、何これ!? あっ……」
すると、ママは急に動きを止め、口をポカンと開けたまま突っ立ってしまった。まるで意識を抜き取られたようだった。ママの瞳まで黄色く光っている。しばらく光った後に、メモリーキューブはパパの手元へと飛んでいった。
……何これ?
「パパ、今何したの?」
「ママからプリンを食べられたという記憶を奪ったのさ」
なるほど、今の光景を見て納得した。これがメモリーキューブの力……。へ~、やっぱりすごいわね。今度その機械使って、ママからお小遣い騙し取ろうかな。
「まぁ、これはこうやって使うんだ。わかった?」
「わかった〜」
私はパパに向けて敬礼した。横のダイヤルを回して、相手の頭上に投げればいいのね。OK〜OK〜♪
「あれ? 私、何して……」
ママは我に返り、回りをキョロキョロと見渡す。さっきまでのことを完全に忘れてる様子だ。やっぱり機械の力は本物のようね。
「洗濯物畳んでたんでしょ?」
「あぁ、そうだった。でもちょっと疲れたわね、休憩しようかしら。確か冷蔵庫にプリンがあったはず……」
あっ……
ガチャッ
ガレージの裏口を開けると、中に青と白を基調とした中型の自動車があった。
「これが時空間転移装置、タイムマシンだよ♪」
プリンを食べたのがバレて血祭りにあげられたパパ。頭から血を流して緑髪が茶色くなっている。でも、正直に自分が食べたと告白しただけまだ許される方か。それにしても、明らかに重傷なのに、なんでそんなにピンピンしてるの?(笑)
「これでいろんな時代に行けるのよね?」
「ああ。ワームホールっていう時空のトンネルみたいなものを検出して、そこを通っていくんだ」
「なんか、普通の自動車と見た目はそんなに変わらないわね」
「中は色々違うけどね」
きっと異なる時代に行っても怪しまれないように、普通の自動車と然程変わらない見た目に設計してあるのだろう。実物を拝んで、私のテンションは爆上がりし始める。あぁもう、すっごく楽しみ♪ タイムマシンに乗るの初めてだもん♪
「それで? タイムマシンで何しに行くわけ?」
ママが間に入ってきた。組んだ腕の先の手には、パパの返り血が付いている。ママに黙ってこっそり出かけると、今度は肉も残らないほど酷い目に遭いそう。ここは正直に話すとしますか。
「過去の時代の植物を採りに行くのよ〜♪」
「『採る』じゃなくて『撮る』ね? 持って帰っちゃうのはダメだって。写真でも資料にはなるだろう?」
「え〜」
「行くのは今週の土曜でいいね? 僕も色々準備したいことあるし」
「はーい」
私は頼もしい運転手に向けて敬礼した。タイムマシンがないと、今回の自由研究は成り立たない。全面的に協力してくれるのだから、感謝しないとね。
「私も行こうかしら」
「え? ママも行くの?」
「あんた達だけじゃちょっと心配だし」
何が心配なのよ……。まぁ、普段怖いママだから、逆に頼もしいかも。猛獣に襲われた時の用心棒として働いてもらおう。
「まぁいいけど……じゃあ二人共、準備しといてね」
「は~い」
ママと一緒に生乾きの返事をした。でも、内心みんなはすごく楽しみにしていた。だって、現代とは違う別の時代へ行くという、多くの人類が味わったことのない貴重な体験ができるのだから。
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