第5話「メモリーキューブ」



 キーンコーンカーンコーン

 ショートホームルームの終わりを告げる鐘が鳴り、クラスのみんなが一斉に帰宅し始めた。今日は夏休み最後の土日を控えた、金曜日の登校日だ。まだお昼前だけど、今日の授業はここまでだ。


 いや、正確には授業ではないけどね。せっかく早めに帰れるのだからと、クラスメイト達は帰る足を早める。残り少ない夏休みを隅々まで満喫したいらしい。


「よし、じゃあこの後2時半に山の時計広場の前に集合!」


 僕も一応帰るけど、この後は裕介君達と一緒に、プチクラ山で写生の宿題をしに行く約束をしている。家に鞄を置いたら、準備して着替えて向かわなくては。


「ね〜、男3人だけで何話してんの〜?」


 突然会話に入ってきたのは、クラスメイトの空野綾葉そらの あやはちゃんだ。短髪の赤茶髪が、窓の外からの日差しでよく光る。


「仲間はずれ、いじめ、カッコ悪い」


 彼女の背後には、同じくクラスメイトの谷口美咲たにぐち みさきちゃんがいた。ひょっこりと顔を覗かせ、短い青髪がだらんと垂れる。彼女は綾葉ちゃんの背中に隠れるのが好きだ。


「違ぇよ! お前らも誘おうと思ってたけど、忘れちまってただけだよ!」

「え? 私達のこと忘れてたの? それはそれで酷くない?」

「酷い」

「お前、空野達誘うの忘れてたのか? 確かに酷ぇな」

「広樹まで乗ってくるんじゃねぇ!」


 彼女達も、裕介君や広樹君と同じくらい仲が良い親友だ。僕達五人はほぼと言っていいほど、学校で一緒に行動している。休日も五人で食事だったりカラオケだったり、楽しく過ごしている。いわゆるイツメンというやつだろうか。


 親友というのは、実にいいものだな。


「まぁそれは置いといて、アンタ達どっか行くの?」

「ああ、写生の宿題まだ終わってなくてよ。この後プチクラ山にでも行って、何か描こうと思ってな」

「満君も行くの?」

「うん、こんな時期に写生終わってないなんて、本当は大問題だけどね(笑)」


 自分で言っておいて何だけど、一応笑い事ではない。明日と明後日の土日が過ぎれば、月曜には始業式だ。夏休みが終わってしまう。写生は下書きだけでなく色塗りまでしないといけないため、今日にでも描かないと間に合わない。


「ちょうどいいわね! 実は私も写生の宿題終わってなくてね、下書きもまだなの」

「私も……」

「お前らもか。それじゃあ決まりだな。みんなで行こうぜ!」


 奇跡的というか悲劇的というか、全員が写生の宿題が完成していないという都合のいい状況だ。ともあれ、成り行きで綾葉ちゃんと美咲ちゃんの二人も、一緒に行くことになった。


「ちなみに、おやつはいくらまで?」

「300円までだ」

「いや、だからギャグ古過ぎだろ!」


 僕はふふっと笑う。案外似た者同士の僕達は、こんな感じでいつも過ごしているのだ。




  🕛 🕐 🕒 🕔 🕕 🕖 🕘 🕙 🕚 🕛




 ジー

 私とパパは物陰から顔を出し、洗濯物を畳んでいるママの様子を伺っている。ママは私達には気づいていない。


「何やってるの? 二人共……」


 いや、バレていた。ていうか、私達なんでこんなことしてたんだっけ?


「よし! 試してみよう」


 パパはそう言うと、冷蔵庫に向かっていき、扉を開けた。そして、棚からプリンを取り出した。しかもただのプリンではない。スペシャルゴールデンプレミアムプリンだ。ちょっと言いにくいわね……。

 とにかく普通のプリンより滑らかで甘く、大きくて高い高級なプリンだ。我が家のような大金持ちだから買えるのだ。ふふふ♪


 でもそれ、ママのでしょ? だってフタに『神野愛じんの あい』ってママの名前が書かれた紙が貼ってあるし。パパはそれをどうするのかしら? まさか……


「いただきま〜す♪」


 パパはフタを開けて、中のプリンをスプーンで豪快にすくい、大きな口でほおばった。何やってんのよパパ!


「アナタ、そのプリン……」


 あぁ、やっぱり。案の定、ママは背後に灼熱の炎を燃やして、一歩ずつゆっくりとパパに近づいていった。ママ、あのプリン食べるの楽しみにしてたものね……。


「ふぅ〜、美味しかった♪」


 さっさと食べ終えてしまったパパ。これからママに血祭りにあげられるとも知らず、のほほんとしている。一体どういうつもりなのか。


「よし、じゃあ真紀、しっかり見ててね」

「え?」


 そう言うと、パパはポケットからさっきのメモリーキューブを取り出した。横のダイヤルのようなものをチリチリと回している。何してるのパパ! ママがすぐそこまで来てるわよ!?


「歯を食いしばりなさい……いや、食いしばるな」


 あぁパパ、今までありがとう……忘れるまで忘れないわ……。私は合掌する。目を閉じ、天を仰ぐ。




「できた!」


 シュッ

 パパはメモリーキューブをママの頭上目掛けて投げた。すると、ママの頭上でメモリーキューブは停止した。すごい、空中に浮いてるわ! 近未来的!


 立て続けに、メモリーキューブは黄色く光りながら変形してみせた。ルービックキューブのようにカタカタと形を変えたそれは、真下にいるママに向けて黄色い光を放った。かなり眩しい。


「な、何これ!? あっ……」


 すると、ママは急に動きを止め、口をポカンと開けたまま突っ立ってしまった。まるで意識を抜き取られたようだった。ママの瞳まで黄色く光っている。しばらく光った後に、メモリーキューブはパパの手元へと飛んでいった。


 ……何これ?


「パパ、今何したの?」

「ママからプリンを食べられたという記憶を奪ったのさ」


 なるほど、今の光景を見て納得した。これがメモリーキューブの力……。へ~、やっぱりすごいわね。今度その機械使って、ママからお小遣い騙し取ろうかな。


「まぁ、これはこうやって使うんだ。わかった?」

「わかった〜」


 私はパパに向けて敬礼した。横のダイヤルを回して、相手の頭上に投げればいいのね。OK〜OK〜♪


「あれ? 私、何して……」


 ママは我に返り、回りをキョロキョロと見渡す。さっきまでのことを完全に忘れてる様子だ。やっぱり機械の力は本物のようね。


「洗濯物畳んでたんでしょ?」

「あぁ、そうだった。でもちょっと疲れたわね、休憩しようかしら。確か冷蔵庫にプリンがあったはず……」


 あっ……






 ガチャッ

 ガレージの裏口を開けると、中に青と白を基調とした中型の自動車があった。


「これが時空間転移装置、タイムマシンだよ♪」


 プリンを食べたのがバレて血祭りにあげられたパパ。頭から血を流して緑髪が茶色くなっている。でも、正直に自分が食べたと告白しただけまだ許される方か。それにしても、明らかに重傷なのに、なんでそんなにピンピンしてるの?(笑)


「これでいろんな時代に行けるのよね?」

「ああ。ワームホールっていう時空のトンネルみたいなものを検出して、そこを通っていくんだ」

「なんか、普通の自動車と見た目はそんなに変わらないわね」

「中は色々違うけどね」


 きっと異なる時代に行っても怪しまれないように、普通の自動車と然程変わらない見た目に設計してあるのだろう。実物を拝んで、私のテンションは爆上がりし始める。あぁもう、すっごく楽しみ♪ タイムマシンに乗るの初めてだもん♪


「それで? タイムマシンで何しに行くわけ?」


 ママが間に入ってきた。組んだ腕の先の手には、パパの返り血が付いている。ママに黙ってこっそり出かけると、今度は肉も残らないほど酷い目に遭いそう。ここは正直に話すとしますか。


「過去の時代の植物を採りに行くのよ〜♪」

「『採る』じゃなくて『撮る』ね? 持って帰っちゃうのはダメだって。写真でも資料にはなるだろう?」

「え〜」

「行くのは今週の土曜でいいね? 僕も色々準備したいことあるし」

「はーい」


 私は頼もしい運転手に向けて敬礼した。タイムマシンがないと、今回の自由研究は成り立たない。全面的に協力してくれるのだから、感謝しないとね。


「私も行こうかしら」

「え? ママも行くの?」

「あんた達だけじゃちょっと心配だし」


 何が心配なのよ……。まぁ、普段怖いママだから、逆に頼もしいかも。猛獣に襲われた時の用心棒として働いてもらおう。


「まぁいいけど……じゃあ二人共、準備しといてね」

「は~い」


 ママと一緒に生乾きの返事をした。でも、内心みんなはすごく楽しみにしていた。だって、現代とは違う別の時代へ行くという、多くの人類が味わったことのない貴重な体験ができるのだから。


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