第4話「ストーカー?」



「植物の歴史?」

「そう! タイムマシンで色々な時代を巡ってね!」


 私は素晴らしい自由研究の内容を思いついた。植物の進化について調べよう。それもタイムマシンを使って。


 手順はこうだ!


 タイムマシンで過去の時代を巡る

    ↓

 その時代にしかない植物を探して、そのサンプル(?)を採取する

    ↓

 それぞれの特徴を調べて、年表みたいな形でまとめる


 ……あれ? 意外と安直な考えだったりする? いやいやそんなことはない。すごくない、これ? だってタイムマシン使ってる時点で、結構工夫凝らしてるでしょ? ねぇ?


(※読者のみなさん、ここで反論してください)




 ……でしょ〜♪ 私ったら天才!


「パパが丁度この間タイムマシンの免許の更新に行ってたから、それに乗って植物の歴史を辿る大規模な調査をしようってわけ♪」

「なるほどね」


 私自身がタイムマシンの運転免許を持っているわけではない。確か免許自体は二十歳からしか取得できない。私は17歳のピチピチな女子高生だから無理だ。よって、パパに乗せてもらうしかない。

 この間私の夏休みに合わせて、中期の休暇が取れるとか何とか聞いたから、パパも仕事をお休みできる。自由研究のためと言えば、きっとパパも感心して協力してくれるはず。帰ったら早速頼みに行かなくちゃ!


「いやぁ、我ながらいいアイデアだわ♪」


 私達は市立図書館を出て、それぞれの帰路についている。とはいえ、二人とも近所に住んでいるわけだから、ほぼ最後まで一緒だ。今は市立図書館近辺にあるビル街を歩いている。私はさっき借りた植物図鑑を眺める。太陽の光を反射して、きらびやかと輝いている。


「真紀はいいわね。親がタイムマシンの免許持ってて、金持ちで裕福で。考えてみれば、アンタかなりのお嬢様ね」

「どぅおぅもぉ〜www\( ˊ̱˂˃ˋ̱ )/」

「その顔やめて、ウザいから」


 確かに、タイムマシンは免許を取るだけでも限りなく難しい。運転技術だけでなく、地球上の生物史や人類史、時空学の知識も必要になってくる。それに加えて、購入した際の契約金や保険金、関わってくるお金が遥かに高い。

 とてもではないけど、一般企業に勤めているサラリーマンなどが手に入れられる代物ではない。時間を飛び越える乗り物を所有するわけだから、当然と言ったら当然だけどね。


 私のパパは時間監理局と言って、タイムトラベルにおける警察的な役割を担う機関で働いている。そのため、結構稼いでる。

 そのおかげで、私もママもかなり裕福な生活を送ることができる。家はとっても大きく、庭には二羽ニワトリがいて(嘘)、車を収納するガレージまである。


 あ、自慢話しちゃった♪ ごめんね♪


「まぁ、自由研究終わったら、直美もどっか楽しい時代連れてってあげるわよ」

「楽しい時代っていつよ?」

「ん~、氷河期?」

「どこが楽しいのよ」


 なんて冗談を言いながら、私達はかなり進んでいた。いつの間にか周りの人々の行き来も少なくなっていて、しんとした場所に来ていた。




 その時だった。


「真紀!!!」


 ……え? 私? 背後から声をかけられた。結構大きく、しわがれた声だった。私と直美は声の聞こえた方へ振り返った。


 見たところ70代? 80代? そこらの歳かしら……一人の老人が立っている。白髪で、汗だらけで、黒縁メガネをかけている。

 何やら呼吸が荒々しい。まるでさっきまで走っていたかのように、ハァハァと息を立てている。杖を握っていて、重なり合った両手が小刻みに震えている。


「真紀……真紀……真紀だ……」


 怪しい雰囲気のその老人は、私の名前を小さな声で何度も何度も連呼していた。何か用かしら。ん? 待って。なんでこの人、私の名前知ってるの? ていうか、私に年配の人の知り合いなんていたっけ?


「やっと……やっと見つけたぁ……」


 いやいやいや、何言ってんのこの人!? さっきからこの人の言っていることがまるで分からない。誰よこの人。


「誰、この人? 真紀の知り合い?」


 直美が私に尋ねる。彼女の知り合いでもないみたい。


「いや、知らないよ。こんなおじさん」


 私はすぐに首を振る。パパみたいな中年男性はともかく、こんな年配のおじいさんの知り合いなんて、私にいた覚えがない。でも、もしかして私が知らないだけで、私の親戚とか?


「えっと……おじさん誰だっけ?」


 私はその老人に聞いてみた。すると、老人の様子が更におかしくなっていった。


「そんな……真紀……なんで……」


 老人の体の震えは一層激しくなっていった。その勢いでメガネもカタカタと音を立てて揺れる。汗もさっきまでとは違うほどドバドバと溢れ出ていた。顔色も真っ青になっていった。瞳には涙の雫が光っているように見えた。


「真紀……真紀……真紀……」


 すると、その老人は私の方へ右手を伸ばしてきた。ゆっくりと、慎重に。私は少し恐怖に近い感情を覚えた。


「ちょっ、これヤバくない? 真紀、逃げよ」


 スタッ!

 直美の方も焦りを感じているようであり、私の腕を引っ張って駆け出した。私は彼女に腕を引かれ、おどおどしながらも逃げ出した。


「待って! あっ……」


 ドスッ!

 追いかけようとしたのか。その老人は足を動かそうとした途端、バランスを崩してその場に転んで倒れた。私は少し申し訳ないような気がしたが、心配よりも恐怖の方が勝ってしまい、直美と走って逃げ出してしまった。あっという間に老人の姿は見えなくなっていた。


 知らない人だけど……ごめんなさい。






「真紀、何なのあの人……」

「知らないわよ! あんなおじさん見たことないし」


 私達は路地裏に避難した。ここなら誰にも見つからないだろう。こっそり顔を出して外の様子を伺うが、さっきの老人がさらに追いかけてくることはなかった。


「もしかしてストーカーとか?」

「え、ストーカー? 怖!」

「なわけないか、真紀のことストーカーしようと思う人なんて……だって真紀だもの」

「ちょっ!? 失礼ね!!!」


 直美が私をからかってくる。失礼すぎるわよ。いくら私が女子力のない非モテ女だからって……。それに、人をからかうのは私の専売特許だ。いや、今はそんなことどうでもいいか。


「でも、ほんとに何なの? あのおじさん、真紀の名前知ってたわよ」


 直美が表通りを覗きながら呟く。あの老人は明らかに私のことを知っているように見える。でも、私はあんな老人のことなんか知らない。顔も見たことない。


 でも……


「もしかしたら、私のおじいちゃんかも」

「おじいちゃん?」

「うん。私が5歳の時に死んじゃったんだけどね。でも、もしかしたら成長した私の姿を見てみたいとか思って、タイムマシンで会いにきたのかも。見覚えないのは、私がおじいちゃんの顔をあまり覚えていないからで……ん?」

「どうしたの?」


 いや、それだと辻褄が合わない。私のおじいちゃんが亡くなったのは、私が5歳の時。つまり12年前。タイムマシンが開発されたのは、確か6年前のはず。それからタイムマシンが一般的に販売されるようになったのは、僅か2年前だ。


 おじいちゃんがタイムマシンに乗って、未来まで会いに来るなんてことはありえない……はず。


「どうしたのよ真紀」

「いや、やっぱりあの人は私のストーカーね。うん、間違いない。私のことが気になって後をつけてきたんだわ! ふふふ♪ あぁ、なんてことなの! あんなおじいさんまで魅了してしまうなんて! きっと私の美しさは世代を超えt……」

「真紀!」


 直美は私の肩に手を乗せてジト目で呟いた。




「寝言は寝て言いなさい」


 うっさい。








 それから私は何とか無事に帰宅した。早速パパにタイムマシンを運転してくれるよう頼まなくては。


「へぇ〜、なかなかいいアイデアだね」


 この人が私のパパ、神野アレイじんの あれい。ウェーブのかかった緑色の髪を輝かせながら、私の自由研究の計画書(さっき市立図書館で書いた簡単なヤツ)に目を通している。

 あ、ちなみにパパは日本人とイギリス人のハーフなの。だから私はクォーターってわけ。


「でも、過去の時代の植物を持って帰っちゃうのはダメだよ」

「え? なんで?」

「歴史を狂わせる恐れがあるからね。法律でも決まってるんだ」


 一応タイムマシンを運転してくれるみたいだけど、植物を持って帰ることはダメ出しされた。何よ~、ケチね。でも、法律で決まってるなら仕方ないか。自由研究に協力してくれるだけでも感謝しなきゃ。


「それとコレ」


 そう言って、パパは私にある物を差し出した。黒色と黄色のラインが入っていて、手のひらサイズの小さな立方体の機械だ。なんかルービックキューブみたい。


「ほよ?」

「過去の時代に行くならコレ、必需品だからね。真紀も使い方覚えておいた方がいいよ」

「なぁに、コレ?」

「メモリーキューブ。人や動物の記憶を消したり、書き換えたりできる道具だよ」


 メモリーキューブ……記憶を消す……書き換え……何それすごい! そういうの、マインドコントロールって言うんだっけ?


「へ〜、なんで必需品なの?」

「過去の人間には、僕達タイムトラベラーが未来から来た人間だと知られてはいけないんだ。もし知られたり、色々ピンチになったりした時にこれを使うのさ」


 へ〜、なるほどね。この時代はタイムマシンだけでなく、画期的なアイテムがたくさん開発されているらしい。便利な時代になったものだ。


「じゃあまず僕がお手本を見せようか。着いておいで」

「は〜い\( ˊ̱˂˃ˋ̱ )/」

「ちょっ、何その顔面白いwww」


 私とパパはリビングへ向かう。そういえば、さっきの老人のことを、この時の私はすっかり忘れていた。人間は機械を使わずとも、忘れられる記憶は簡単に忘れられるものね。でもあんな大事、家族に話さなくてもいいのかな?


 ん~、まぁいいか、面倒だし。余計な心配もかけたくない。




 それにしても、誰なのかしら? あのおじいさん……。


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