第1章「近づく二人」

第3話「宿題」



「ねぇ? どうするどうする? 鎌倉時代にする? 江戸時代にする?」

「間を取って室町時代」

「あぁ! いいわね〜、ソレ。金閣寺が燃やされるところ見たいな〜♪」

「金閣寺が燃やされたのは昭和時代よ」

「え? そんな最近だったの?」

「最近ってほどでもないでしょ」


 クラスメイトの女子達が夏休みの旅行について話し合っている。中にはカップルで様々な時代をめぐる時間旅行デートを考えてる輩もいる。いつまでもお幸せに(爆発しろ)。私もどこか行こうかしら。




 時空間転移装置……通称『タイムマシン』が庶民の間でも利用できるようになってから、時間旅行が巷で人気になった。色々と規約はあるけど、それを使えば簡単に現代と異なる時代へ行くことができる。


「みんな、遊ぶのもいいけど、ちゃんと勉強もするのよ! 夏休みは大事な時期だからね!」


 田辺先生の注意換気も生徒達の騒ぎ声にかき消された。まぁ、そりゃそうよね。みんなの心は夏に囚われていて、この教室にはもうないのだから。夏休みが始まろうってのに、まず最初に宿題のことを考える優等生なんているはずがない。


「真紀、そろそろ帰ろう。早く宿題進めたい」


 直美が学校鞄を抱えながら私に言う。くっ、この優等生はもう……。






 空から降り注ぐ暑い日差しが、ただでさえ肌の弱い女子高生の生足を照りつける。夏の傷跡を少しずつ刻む。そんな中歩くのは、本当に憂鬱だ。いや待てよ。それだけならまだしも、憂鬱な気分になる理由は他にもある。


「あぁもう! なんで高校生にもなってまで自由研究の宿題があるわけ!?」


 私は直美の横で愚痴りながら下校路を歩く。私達高校二年生は、夏休みの課題として自由研究が課せられた。え~っと……何だったかしら。テーマは何でもいいから、何かを研究しろとか何とか……。もっと難しいこと言ってたような気もするけど、とにかく何か研究すればいいのよね。


「自由研究なんて小学生のやることでしょう?」

「まぁ、それは言えてるわね……」


 私が小学生だった頃は、近所に咲いてた花やら草を手当たり次第に掻き集めて、潰して液を取り出して、水道水と混ぜて色水を作るとかいうよく分からないことをやっていた。その頃から自由研究にいい印象を持っていなかったのかもしれないわね、私。


「そもそも夏休みに宿題があるってこと自体おかしいじゃない!」

「アンタ、夏休みになると毎回言うわよね。そのお決まりの台詞」

「これじゃあ『休み』じゃなくて、『自宅学習期間』じゃない!」

「いや、別に休む時は休んでいいじゃない。勉強もしなきゃだけど」


 私の愚痴は夏にわめき散らす蝉のように収まらない。優等生の直美は一応耳を傾けてくれているけど、私の怠惰な戯言は彼女の心をするりと突き抜ける。


「まぁゴタゴタ言ってもしょうがないわね。どうせ来年3年生になって受験生にでもなれば自由研究もやらなくて済むわ! つまり、これが最後の自由研究。最後くらい全力で取り組むわよ!」

「あら、珍しく真面目」


 一通り愚痴りはするけど、やらないと先生やママに怒られることは目に見えている。流石の私でも宿題を放棄することはない。とりあえず、まずは自由研究のテーマを決めなくてはいけない。


「直美! 市立図書室にいくわよ!」

「あぁ、自由研究のテーマ探す感じ?」

「そのおっシャルルとおり! どうせ図書館なら『夏休みの自由研究にぴったりなテーマ』的なことが書かれてる本があるはずよ!」


 私はなけなしの思考能力をフル回転させ、自由研究という関門の鍵を掴み取った。私の頭は夏の日差しにやられてたと思ってたけど、まだ辛うじて動くみたい。


「でもアンタ、そのテーマにした経緯とか理由とか、絶対聞かれるでしょ? 本にそれがぴったりなテーマです! って書いてあったからって言うわけ? そういう理由付けのところもうまく考えて……」

「うるさい! アンタ……そういう理屈づめの脳みそ、どうにかしなさいよね! ほらとっとと行くわよ!」

「はぁ? 理屈づめって……。ちょっ、ちょっと! 引っ張らないでよ!」


 私は直美の腕を千切れそうなくらいに力強く引っ張り、市立図書館へ駆け込んだ。全く直美ったら、今度ごちゃごちゃ言ったらその脳みそ、色水に浸してやるんだから。いっそのことそれを自由研究のテーマにするのも、悪くないかもしれないわね。


 ……冗談よ。






 市立図書館に入った私達。館内の冷気で涼みながら、今は生物のコーナーをうろついている。いや、別にもう一回色水の研究をするわけじゃないのよ? あんなのもうやってやるもんですか。でも、今私の前に並んでいる棚は、植物関係の本ばかりだ。


「私、こういうのにしようかな」


 一緒に本を探していた直美は、私に『数週間で実らせる野菜』というタイトルの本を差し出してきた。

 ちょっと待って、数週間ぽっちで野菜ができるわけないでしょ……って思ったそこのあなた。残念、実はできるのよ。現実的な発想を捨てなさい。


 正確には分からないけど、どっかの植物学者さんが植物の成長過程に干渉を加え、強制的に急速成長させられる薬品を開発したらしい。それを使えば、通常数ヶ月かけて果実になる野菜や果物も、たった数週間で実るようにすることが可能だとか。

 そして、その薬品自体もとある植物から採れるエキスみたいなものを使って、簡単に作れるらしい。ほんとによく分かんないわね。


「それにした理由も用意してあるんでしょうね?」

「お父さんが植物学者だから、それでこういう感じの話をたまに聞かされるうちに興味を持った。そういうことにするわ」


 あれ? この子、優等生なのよね? 理由テキトー過ぎない? でも、お父さんを上手く理由付けに利用するのね。それはいい考えかも。私のパパもエリートだし、上手いこと利用できないかな?


「真紀はもう決めた?」

「いや、まだまだ〜。なかなかいいテーマが見つからないわね」

「早めに決めておいた方がいいわよ」


 くっ、やっぱり『夏休みの自由研究にぴったりなテーマ』的なことが書かれてる本を探してみるべきか……。 




 バタッ

 別のコーナーの棚に行こうとした瞬間、ふと隣で物が落ちたような音が聞こえた。何かしら?


「……あらら」


 隣を見ると、図鑑のようなものが棚から落ちていた。植物のコーナーの棚なので、まぁ植物図鑑よね。私はそれを拾って棚に戻そうとした。戻す前にその植物図鑑のタイトルを確認する。


 いくつかの見たこともない花や実の写真に囲まれて、黒くて力強いフォントで『時代で見る植物』と記されていた。どうやら様々な時代の植物を、進化の歴史と交えて写真付きでまとめた図鑑らしい。植物史ってわけね。


「へ〜、なかなか面白そうな図鑑じゃない♪」


 数ページめくってみると、目次があった。え? 目次だけで数ページ分あるの? 少々読む気が失せたけど、勇気を持って更にページをめくった。


 クックソニア? 何かしら、このキノコみたいなの。ふむふむ、どうやら古生代シルル紀中期からデボン紀前期にかけて生息していた初期の陸上植物の一種らしい。なんか、植物には見えないわね……。


「真紀、何やってるの? 早く探さないと」

「おっといけない! 意外と面白くて」


 ページをめくればめくるほど、不思議と興味が湧いてくる。すごいわね図鑑って。最初は読む気失せたのに。こういう分厚い本を読むのは苦手だけど、私の大好きな過去の時代に関する物はすらすらと読める。あ、古典文学だけは別ね。


「アンタそれ……もしかして植物の歴史について調べるの?」

「え? あぁ、その……」


 その時、私は思い出した。そういえばこの間、パパがタイムマシンの免許の更新をしてたっけ。パパのタイムマシンを使えば、この植物がまだ生息していた時代に行ける。


「……」


 私の自由研究のテーマが決まった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る