第2話「好き」
「好き」という言葉はとても不思議だ。
一言で「好き」と言っても、それには様々な種類の「好き」がある。この食べ物が好き、この風景が好き、この本がすき、この色が好き、この雰囲気が好き、この形が……。
何が好きかによって、その「好き」の意味も変わってくる。
そして特に奥深く、よくわからない「好き」がある。この人が「好き」というものだ。なおかつその意識の対象が異性に、恋愛対象に向けられるもの。恋愛という事象における「好き」だ。
恋愛を経験していない僕には、とても理解できない。誰かを好きになるという気持ちは、果たしてどのようなものなのだろうか。その他の「好き」とは、どのような違いがあるのか。
知りたい。誰かを好きになりたい。
「な〜に物思いにふけてんだぁ〜?」
一人の男子が背後から思いっきり首元に腕を回してきた。気配に全く気がつかなかった。なんてことだ。この「好き」という言葉は、ここまで僕を夢中にさせるなんて……。
「おい、聞いてんのか?」
「あぁ、ごめんごめん」
そろそろ現実に意識を戻そう。僕の名前は
どうして僕を主人公として選んだのだろう。僕は見ての通り……いや、小説を読んでいる読者様達にはわからないか。僕は何の変哲もないただの一般人だ。これといった特技もないし、頭がいいわけでもない。運動もからっきしダメだ。
とにかく、僕は主人公らしい要素など何一つ持ち合わせてはいない。え? 何の特徴もない人が主人公になるのは珍しいことじゃない? へ〜、そうなんだ……。
……って何納得してるんだ! 平凡な奴が主人公になったところで、何か壮大な事件か何かが起きなければ、小説なんて面白くないじゃないか。
「なぁ、そろそろいいか?」
「あ、ほんとごめんね! 何度も何度も。あと、今度僕が物思いにふけてても、何もつっこまないでね」
「いや無理だよ」
さっきから話をしている彼は、
「それで、何か用?」
「あぁ、終業式の時に出された写生の宿題なんだけどよぉ、一緒にやらねぇか? お前もまだなんだろ?」
「あぁ いいよ」
夏休み前の終業式に、僕らは先生から写生の宿題を出された。人物でも風景でも何でもいいから、好きなものをスケッチしてこいという。また「好き」か。ていうか、なんで美術科でもないのに写生の宿題なんか……。
「それで、裕介君は何か描くもの決まってるの?」
「うんにゃ、まだ何も。そっちは?」
「僕もまだだよ。もうそこらへんの花とかでいいんじゃないかな?」
「夕日に照らされる街並み、とかは?」
会話に混ざってきたのは、僕のもう一人の友人、
「なんで夕日に照らされてなきゃダメなんだ?」
「別にダメってわけじゃねぇが、夕日に照らされて赤く染まってる街を見るとなんか……しみじみとしたものを感じるんだ。太陽が人々の頑張りをやわい光を放ち、祝福してる……みたいな」
一瞬「アンタ何者!?」みたいなことを思ってしまう。そんなダンディな声で深い台詞を言われたらねぇ(笑)。まぁ、どうやら彼は意外とロマンチストらしい。
「よく分からねぇが、まぁいいや! この後プチクラ山にでも行って、そこで描くか♪」
「そうだね、街の景色となるとかなり難しいと思うけど」
「街の景色とかじゃなくても、草木とかそんなのでもいいだろ。んじゃこの後いつもの時計広場に2時半に集合!」
「おぉ〜」
「おやつは300円までな」
「ギャグ古!!!!!」
まぁ、僕らはこのように、毎日他愛も無い話をしながら過ごしている。そして一日が終わっていく。毎日がその繰り返し。
僕はその一日の間に、何度か物思いにふける。どうでもいいことを考え、そして最後に「果たしてそれは一体なぜなのだろう?」で大体終わる。
つまり、無駄な時間だ。答えが出るはずもない疑問を思い浮かべては、「よくわからない」で結論づける。よくあることなのだ。
さっきまで考えた「好き」ということについてもそうだ。人を好きになるということは、どのような気分なのだろうか。そんなの恋愛してみないとわからない。
じゃあ恋愛すればいい? 口で言うだけなら簡単だ。でも、僕に恋愛なんて無理だろう。そもそも誰かを好きになるなんて、安易にできることではないのだ。
ならば、逆に誰かが僕を好きになってくれたとしたら? いや、無理無理。大してカッコ良くもないのに。やっぱり僕には恋愛は無理だな。
……なんて思ってたのになぁ。ザ・普通の僕が、まさか恋をしてしまうなんて、その時は夢にも思っていなかった。「好き」という気持ちの答えを、「彼女」が教えてくれた。
いや、最終的には自分で結論を導き出したのかもしれない。だが、彼女が僕の目の前に現れてくれなければ、そのこともなかったかもしれない。ううん、きっとなかったと思う。そう、僕は彼女に恋をした。
そして、僕が好きになった彼女は……
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