第14話「安心する日常」



「また明日も来るので。ごゆっくり」

「うん。ありがとね、満君」


 改めて満君に助けてもらってよかった。この時代に漂流してしまったことは不運のように思えたけど、案外幸運とも呼べるかもしれない。それも、彼のおかげだ。


 満君という心優しい人間が暮らすこの街……さぞかし平和なのだろう。私も住んでみたいなぁ。無理かな?


「それじゃあ」

「あ、待って!」


 私はテントに戻って、自分のリュックをあさる。思い立ったらすぐさま行動に移す方がいい。


「あった!」


 満君のところへ戻って、ある物を手渡す。


「はいこれ」

「これ、何?」

「発信器よ。これで満君の居場所をチェックさせてもらうわ」

「いいけど、どうして?」

「え? あ、それは、その……あ、あなたが警察とかに行って、私達のことをチクらないように行動を見張るためよ!」


 満君が怪しんでくるとは思わなかった。とっさにごまかしたけど、ちょっと言い訳が苦しいかな?


「わかった。でも、僕はそんなことするつもりはないからね」


 うん、言われなくても分かってる。満君はそんなことしないって。秘密も守ってくれる優しい人だって。だから彼に渡したのだ。


「じゃあ、また明日ね」

「またね~♪」


 満君は来た道を戻る。タブレット上には満君の進んでいる道が表示されている。この追跡システムは、どんな時代でも利用可能だ。


「真紀、発信器なんて持たせてどうするのよ?」

「……ちょっと提案があるんだけど」







 私はタブレットで発信器から受け取った信号を頼りに、満君を追いかける。どうせ今日は何もする事もなく、退屈なのだから。


「街の方に出たら気をつけてよね。怪しい行動は慎むのよ。くれぐれも未来人だってバレないように」

「わかってるわよ。じゃあ行ってきます」


 森の奥へ走っていく私を、ママは心配そうに見つめていたらしい。




 私が満君に発信器を渡したのは、満君の家を特定するためだ。さっきママに話した提案。身勝手で無理な願いではあるけど、満君の家に泊めてもらうよう頼みたい。


 満君が家からわざわざ大荷物でこの山を登り、荷物を届けに来てくれるのは助かる。しかし、それを何度も繰り返すのは大変だ。彼を信頼していないわけではないけど、食料だって限りがあり、いつまでもつかわからない。これ以上苦労をかける訳にもいかない。


 家に泊めてもらうのも迷惑であり、大変ではある。だけど、山の中でこそこそして生きるより、街の中で堂々と暮らし、この時代の人間の中でこの時代に適応していくのがよいのではないか。その方が怪しまれることもないだろう。




 満君は山道をすいすいと下る。彼、この山の登り下りに慣れてるのかしら? 私は下るのに一苦労だ。しばらく歩くと、街の景色がよく見えるところまで来た。そこで満君は止まった。


 いい景色だ。街全体が見渡せる。この街のどこかに、彼の家があるのだろうか。


「よし」


 すると、満君は自分のリュックを芝生の上に置いた。あれ? 家に帰らないの?


 満君はリュックの中から絵の具が入った入れ物と、スケッチブックと、三脚を取り出した。あのリュック、食べ物の他にあんなの入ってたのね。結構たくさんの物を詰め込むことができるらしい。

 いや、そんなことより、満君はこれから何をするつもりなのかしら?


「……」


 三脚にスケッチブックを置き、パレットに絵の具を出し、色を混ぜて筆をスケッチブックにつける。どうやら何か絵を描くみたい。何を描くのか聞いてみようと、私は満君に近づく。


「あ……」


 しかし、私の足は急に止まった。満君の真剣な眼差しを見たからだ。邪魔してはいけない雰囲気を察知し、近くの木の影に腰を下ろして、様子を見る。


 しばらく筆を動かす満君。


「あっ」


 満君が笑った。きっとうまく色が塗れたのだろう。つられて私も笑う。


「あぁ……」


 満君が困った表情をする。眉毛も少し垂れ下がる。思い通りに色が出せなかったのだろう。つられて私も困り顔になる。


 色塗りをする満君を眺めていると、私はなんだか安心する。昨日までの責任に押し潰されそうだった暗い感情が、いつの間にかどこかへ消えてしまった。彼の喜怒哀楽……というほどではないけど、顔の表情の変化を見るのが楽しい。

 まるで可愛い我が子が無邪気に遊んでいる様を、ほほえましく眺める母親になった気分だ。




 気がつけば、3時間も経過していた。満君の様子を見ているだけなのに、全く飽きなかった。不思議だ。楽しい時間があっという間に過ぎてしまうあの感覚だろうか。


「できた!」


 満君が、今まで見せた中で最高の笑顔になった。もういいだろう。私は拍手をしながら近づく。


「すごい集中力ね~」

「あっ、真紀! いつからそこにいたの?」

「リュックからスケッチブックとか出し始めたとこから」

「ならほぼ全部見てたんだね……」

「ねぇ、絵完成したんでしょ? 見せてよ!」

「いいけど……はい」


 満君はスケッチブックを私に手渡してくれた。どれどれ? ……え? すご。上手! 上手過ぎるわよこれ! 何これ!? もはやカメラで写真撮ったのと同じくらいのクオリティじゃない? すごいわ。あまりのすごさに語彙力がなくなったわ。あぁ、すごい。


「すごく上手いわね! これ」

「そう? ありがとう……///」


 満君は頬を赤く染めて照れる。何だか可愛い。


「満君は写生が趣味なの?」

「趣味ってわけじゃないけど、これは学校の宿題で出されたからやってるんだ」


 この時代にも学校ってあるのね。いや、当たり前か。


「学校? あなた今歳いくつ?」

「17歳。高校二年生だよ」

「そうなの? 私も17歳よ! 高校二年生!」

「未来にも学校ってあるんだね」

「もちろん。いつも寝てばかりいるけど」

「ダメじゃん(笑)」


 私達は芝生の上で笑い合った。思えば、この時初めて二人きりで話したことになる。自己紹介の時はママがそばにいて、じっくり話すこともできなかったし。満君との会話もなんだか安心できて楽しい。


「そうだ! この絵、ママ達にも見せてもいい?」

「あ、うん。いいよ」




 その後、私はママとパパに絵を見せ、すごいだの何だの騒ぎ合ってから、一緒に昼食を食べた。満君が朝に持ってきた分が意外と多く、昼食には困らなかった。


 それから山を下り、満君に街を案内してもらった。初めてこの時代をしっかり見て回った。私のいた時代にはない様々なお店がたくさんあって心が踊った。






 僕と真紀はとあるデパートに来た。ここで今夜の神野家の分の夕食を買うのだ。


「へぇ~、昔の時代って感じのデパートね」

「何それ……」

「私の時代のデパートはもっとキラキラしててね、窓もた~くさんあって……」

「真紀、そういうことあんまり言ってると、未来人だってバレちゃうかもよ」

「おっと危ない。気をつけなくちゃ」


 大丈夫かな……。




「あ~! 何この犬、可愛い♪ 私の時代のにはない種類ね~」


「こんな服見たことない! この時代ではこういうのが流行ってるの~?」


「この時代のエレベーターって中から外が見えなくてなんか窮屈ね~」


 いや真紀! 隠す気ある!? さっきから危険な発言しまくってるんですけど!? ていうか、絶対わざと言ってるでしょ? まぁ、周りの人は「何言ってるんだろう……」って感じで怪しんではいないみたいだから助かったけど。




「ごめんごめん」

「もう……発言には気をつけてね」


 荷物でいっぱいになった買い物袋を手に、僕達はプチクラ山までの道を歩く。


「ねぇ、満君。今日はありがとう。街を案内してくれて。初めて来たけど、すっごくいい街ね」

「そう? ありがとう」


 いつの間にか夕方になっていた。色々騒ぎあって楽しかった。楽しい時間はやっぱりあっという間に過ぎ去っていくものだ。


 今日一日真紀と一緒に過ごしてみて、彼女のことが少しわかったような気がした。よく食べ、よく喋り、よく笑う子だ。最初は未来人であることを意識してかなり身構えていたけど、馴れ合ってしまえば現代の人間とそんなに変わらない、普通の女の子なのかもしれないな。




 山の入り口で、真紀に荷物を渡す。


「じゃあ、また明日」

「うん、今日はありがとう! じゃあね」


 真紀は背を向け、両親がいる場所へ戻っていく。夕日に照らされた背中が遠退いていく。




「……真紀」

「ん? 何?」


 あれ? 何してるんだ僕は。特に用は無いのに、声をかけてしまった。その理由は自分でもわからない。


「満君?」

「あ、ごめん。えっと……デザート買っておいたから。その袋に入ってる。後で食べていいよ」

「ほんとに? ありがとう! じゃあまた明日ね」


 この日の最後の笑顔を見届け、僕も帰路に戻った。




 もしかしたら、僕は寂しがっていたのかもしれない。それでさっき、用も無いのに話しかけたのかもしれない。もっと一緒にいたい。もっと話がしたい。そんな欲望に支配されていたのかもしれない。これは一体どういう現象なんだろう。


「真紀……」


 名前を呟くだけでも安心する彼女の存在に、僕は深い興味を持っていた。




   * * * * * * *




「ん~♪ プリン美味しい♪ あ、このプリンね、満君が買ってくれたのよ。ほんと満君ってすごく優しいわよね~。他にも色々買ってくれたし」


 満と共にデパートで買った夕食を食べ終え、真紀はデザートのプリンをほおばる。


「真紀、さっきから満君の話ばっかり」

「え?」


 先ほどから真紀はものを食べながら、「満君は優しい」を何度も繰り返していた。愛はそのことで、気にかかることがあった。


「もしかして真紀、満君のこと……」

「え?」

「あ、いや、何でもない」

「えぇ~? 何よ~」


 愛は頭の中に浮かんだ可能性をすぐさま引っ込めた。




 なぜならそれは、未来人にとっては決して越えてはならない一線なのだ。



「それより、満君にはちゃんと言ったの?」

「ほへ? 何を?」

「家に泊めてくれってやつ」






「あっ……(笑)」


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