第22話 癒しの町 アステン

「……」


「……どうしてこうなった」


 ネルに見られた時から若干の嫌な予感がしたものの、皆との夕食会には参加しておくべきだと判断した俺とユーラは、準備をして160人程の冒険者が集まる大衆食堂へと向かった。そこで虎系獣人のクグラ、魔法剣士のゼナと共に食事をしながら会話していたら……


『あ、そうそう! あのねぇ、皆聞いて。実はね……』


 酒を浴びるほど飲んで酔っ払っていた賢者ネルが、俺とユーラの寝ていた部屋で見た光景を何故か間違える事なく冒険団の面々に大声で喋り始めるという行為をし始めたせいで、突然精神を拷問された俺たちは止める事すら出来ずに凍り付いていた。もし、ゼナとクグラ、そしてルスマスとリニルシアが止めてくれなければ完全に精神は死んでいただろう。


「あはは……」


「……どうしてこうなった」


「あの…… ユーラ、ルナ? 大丈夫?」


「リニルシア…… これが大丈夫に見えるか? 俺にはそう見えないぞ」


「……確かに。そっとしておこう」


 ルスマスとリニルシアの2人が部屋を出ていった後は、起きている気分にもなれなかったのですぐに寝ることにした。そして翌日……


「おはよう、ルナ。大丈夫? 気分はどう?」


「ユーラおはよう。一晩寝たら気分も良くなったから大丈夫!」


「そう? 良かった! あ、そうだ。今日の昼頃にここを出発するってエーシェが言ってたよ。朝食取ったら準備を済ませちゃおうね」


 そう言われたので、ルスマスとリニルシアの待つ下の食堂に行って朝食を取り、散らかっていた荷物の整理を終わらせてもまだ出発まで3時間近く残っていた。さてどう暇を潰そうかと考えるが、結局10分経っても思い付かなかったので、時間ギリギリまで宿の中でぐうたらする事にした。


 待つこと2時間半後、出発の時間が近づいてきたので集合場所の広場に向かい、更に15分経った所で全員揃ったのが確認出来たみたいなので、再び王都ルテスに向けて出発し始めた。歩いている途中、商団の人たちにルスラ平原について聞いてみたら『超平和でほぼ何もない平原』とのこと。魔物の数も少なく、出るとしてもスライム程度なので初心者冒険団でも楽に行ける場所として有名らしい。


 説明を聞きつつ歩くこと3時間、ルスラ平原に入る。見渡す限り草と低めの木しかなく、普通の動物たちが大半を占めていて魔物は数体スライムが居るくらいだ。その為皆完全にのんびり旅行気分になっていて、即興の歌まで作って大騒ぎする冒険者や商団の人まで出てくる始末である。


「平和だね、ルナ」


「うん。やること無い上景色も代わり映えないけど、魔物がひっきりなしに出て来て戦闘ばっかで気が休まらないよりはずっといいね!」


「まあな。天気も良いし、吹き付けるそよ風も心地いい。止まっていたら眠くなりそうだ」


 そんな感じで心地いいそよ風を全身に浴びながら歩くこと7時間、日が殆んど沈みかかった時間にアステンの町に到着した。


「さて皆様。今晩は数日前にこの町に来ていた私って共の関係者が200人分の宿の部屋を確保済みですので、お好きな部屋に入って頂いて大丈夫です」


 どうやら商団の人たちが前もって部屋の予約をしておいてくれたらしい。ならティアネイドでも予約しておいてくれれば良かったのにと思ったが、その時は運悪くほぼ満室で全員分の部屋を確保できなかった為に、仕方なく各自に任せる形になったのだという。


 まあ、もう既に終わったことに何か言っても仕方ない。ひとまず宿の中にある宿泊客専用の食堂に行って夕食を取り、部屋に備え付けの小さな温泉に入って疲れを癒した後はベッドに入って寝ることにした。そして翌日、ユーラによって起こされ、寝巻き用に買った服から着替えた後にルスマスたちの待つ食堂に向かう。


「ルナ、おはよう」


「リニルシア、おはよう!」


「この食堂、用意されてる料理の中から好きなものを皿によそって食べる形式だから、食べられる分ならいくらでも食べて良いぞ。もうお金は払ってあるからな」


 そう言われたので、自分の使う皿を持って料理を取りに向かう。各種フルーツに野菜、ジャイアントホークの唐揚げにコーンスープ、飛竜のステーキ等全部で90近くの料理がびっしりと並べられている。全部は食べきれないのでとりあえずステーキと各種野菜を皿一杯によそって食べる。


「あ~。やっぱりステーキ最高! あ、この野菜もシャキシャキしてて美味しい!」


 その後、1時間近く夢中でステーキと野菜をひたすら食べていた。その食欲のせいで周りの客にじっくり観賞されていた事に気づいたのは、食べ終えて片付けようと立ち上がった時であった。


 恥ずかしかったので、周りの客からの視線を無視しながら皿を片付け、食堂を後にした。


「ルスマス、これからどうするのか予定ありますか?」


「全く無い。だからいい案があれば言ってくれ」


 少し皆で考えていると、ふとギルドで依頼を受けてみようと思ったので、俺はそれを提案してみた。すると、ルスマスが『じゃあルナの提案で行こう』と言い、他の意見も特に無かったので俺の案に決定したので、皆でアステンのギルド支部に向かう。


 宿から近かった為、徒歩5分で到着した。受付の人に今ある依頼のリストを見せてくれとルスマスが言うと、まるで辞書のような分厚い依頼リストを渡してきた。明日の出発までに出来そうな依頼はないか探していると、気になる依頼を見つけたので、ルスマスに相談する。


「ねえ、ルスマス。この依頼とかどう?」


「この依頼か、えっと…… 『臨時の魔法使い求む! 中級以上の魔法を使える方なら条件は問いませんので、是非ともお願い致します!』か。良いとは思うが、ルナってこの世界の中級以上の魔法使えたのか?」


「うん。ティアネイドに居る時と、ルスラ平原縦断している時に魔導書読み漁って練習したからある程度は。て言うかリニルシアも居るし、大丈夫だと思うけど」


「ならこれで良いな。すみません、この依頼を受けようと思うんですが」


「臨時の魔法使い求む! ですね。了解しました…… スファーさん、良かったですね! 依頼受けてくれる方々見つかりましたよ!」


 受付の人が大きな声でそう呼び掛けると、後ろから見た目50歳位の白髪のおじさんが駆け寄ってきて、ルスマスの手を握る。


「おお、本当ですかい! ありがとう。こんなにも早く見つかるなんて、俺はなんて運が良いのだろうか!」


「主にこの赤髪のリニルシアと、そこに居る薄金髪のルナがメインとなりますが」


「そうか。まあ立ち話もなんだろうから、あそこで座りながら説明をしよう」


 そうして、臨時の魔法使い求む! と言う依頼の詳しい説明を聞くことになった。

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