第12話 吸血鬼の食事

「うーん……」


 あの時『永遠なるエターナルアイス世界ワールド』を使って衛兵もろともエシュテール家を閉じ込めた後、ユーラに抱き抱えられて眠ってからどれくらい経ったのだろうか。それに、今居るこの場所はどこなのだろう。辺りを見回していると、背中になにやら柔らかい感触がしたので見てみると、なんとユーラに抱かれながらベッドの上で寝ていたのだ。


(まさかあの時からずっと…… 不可抗力とはいえ流石にこの状況は不味いのでは!? いや、よく考えたら俺今女の子だったわ。なら大丈夫だな。うん)


 経験したことの無い状況に今すぐにでもこの場を離れなければと思ったが、よくよく考えてみれば自分は今男ではなく、見た目10歳前後の少女である。それなら特に問題はないだろうと思ったので、この件は気にしないことにした。


 目が覚めたのは夜中だったので、起きて夜の散歩でもしようかと思ったが、何だかユーラから離れてはいけないような気がした。なので、もう一度眠ることにした。そして7時間後……


「ルナ、起きて。朝だよ」


「後5分だけ……」


「ほら、良いから起きて。皆下で一緒に朝ごはん食べようって待ってるから」


「はーい……」


 消費した魔力は全快したが、朝から夕方まで続く特有で多少の眠気に加えてベッドの毛布の心地よさも相まって、毛布から抜けたくなかったので抵抗を試みるも無駄に終わった。


 そうしてユーラに付いて行った先にあった大衆食堂では、既に起きていたルスマスとリニルシアが食べ物を注文して待っていた。


「おお、ルナ起きたか。体調はどうだ?」


「ユーラのお陰ですっかり元気になったよ」


「そうか、良かった。それじゃあ朝ごはん食べるか! ルナも好きなもの食べて良いからな。今日は大盤振る舞いだ!」


「ルスマス、水を差すようで悪いけどルナって吸血鬼じゃん。人間の食事で補給出来るの? 人の血液じゃないと駄目じゃないの?」


「あ……」


 俺がどうやら吸血鬼だと言うことがすっかり頭から抜けていたようだ。リニルシアに指摘されてから『沢山頼みすぎた。どうしよう、食いきれねぇ。あ、ルナのこれからの食事はどうしたらいいんだぁ! 俺たちの血で足りんのか?』とまるで魔法の詠唱をするように1人で繰り返し言っていた。


(実際この世界ではどうなんだろう? 俺が転生前にやってたゲームの吸血鬼の設定だと、効率は悪いが人の食事も糧になるってあったしな。物は試し、そう言ってみるか)


「ルスマス、その点は問題ないよ。人間の食べ物も食べれば魔力のかてになるからね。変換効率は悪いから人間の血を飲んだ方が良いんだけど」


「そうなのか。じゃあ取り敢えず食べよう」


 ひとまずこの話は終わりにして、朝食を取る。


「言い忘れてたんだがルナ、実はこの後ガレット地方を治める貴族のバルトレイ家の屋敷に行くことになったんだ。で、1~2時間経ったら衛兵が迎えに来るからそれまで部屋でユーラと一緒に待っててくれ」


 俺が寝ている間に色々あったみたいだが、まさか貴族の屋敷に行くことになるなんて思わなかったので少し驚いた。


「じゃあルナ、部屋に戻りましょう」


「うん。分かった」


 とにかく、迎えがここに来るみたいなので、それまでユーラと一緒に部屋に行って待つことになった。


「ねえ、ルナ。朝食の時に人の血を吸った方が良いって言っていたけど、一回飲んだら何日もつの?」


 部屋に戻るなりいきなり聞かれた。朝食の時に俺がああ言ったから気になったのだろう。なので答える。


「5日もつよ」


 俺がそう言うと、ユーラは少し考え込んだ後……


「今時間あるし、私の血でも吸っとく?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で今日起きてからくすぶっていたとある欲求が大きくなっていくのを感じた。『人の血が吸いたい』という吸血鬼にとって当然の欲求が。色々考えたが、このまま我慢して人が多く居るところで大爆発して、見境なく襲いまくる化け物になってはたまらない。というか我慢とか無理そうだ。なので、俺の返答は……


「うん。飲んどく」


 である。その言葉聞いたユーラは『分かった』と言って、自分の首を差し出す。その差し出された首に、俺は噛みついて吸血を始めた。すると……


「なにこれ…… お、おいしぃ! もっと…… もっと!」


 転生前含めて、これ程何かを食べたり飲んだりした時に旨いと感じたことがない。更に、幸福感・快感等が強烈に襲ってくるので、止まらなくなる。


「っ! はぁっ…… はぁっ…… ルナぁ……」


 そしてそれは、ユーラも同じようだった。ある程度吸血が済むと、急に幸福感や快感等が薄れ、理性が戻ってきた。


(あ、不味い! 血を吸いすぎた!)


 すぐさま吸血行為を止め、ユーラに声を掛ける。


「ユーラ大丈夫!? ごめん! 吸いすぎた!」


「ふぅ…… はぁ…… うん。大丈夫だよルナ、心配しないで」


 ずいぶん体力を消費したようだ。なので、俺は回復魔法を創造してユーラにかける。


「今回復させるね!『治癒ヒーリング・オブ・ウィンド』」


 草原に吹きすさぶそよ風のような優しい風がユーラに吹き付けられると、吸血によって減った体力が全て元に戻ったようで、元気になった。


「ルナ、回復してくれてありがとう。お陰で良い経験が出来たよ。でも、毎日吸血するのはやめてね」


 あんな幸福感・快感と言った物を毎日経験してたら精神がぶっ壊れそうな程、それは大きく強いものだった。当然、ユーラの問いに対する返答は……


「もちろん。毎日なんかしないよ」


 である。そんなこんなで余韻よいんに浸っていると、ドアが開いてルスマスが『2人とも、お楽しみの時間は終わったか? なんかもう迎えが来たから行くぞ』と言ってきた。ん? 待てよ? お楽しみの時間って事は……


「「全部ルスマスに聞かれてたぁ!?!?」」


 何て事だ。全部聞かれてたなんて、精神的拷問以外の何物でもない。恥ずかしさのあまり、ルスマスの問いに答えることはなく急いで外に出て行く。




「ユーラぁ…… ごめんね。本当にごめんね……」


「ルナ、大丈夫…… 大丈夫だから。女性の部屋の前で中の音全部聞いたルスマスが悪いから……」


 バルトレイ家の屋敷に向かう道中、部屋の中での事を全部聞かれて恥かいたユーラに泣きながら必死に謝罪した。彼女自身はそんなに気にしていないようで、許してくれた。なんという精神の強さである。俺がユーラの立場だったら恥ずかしさのあまり、死にかけていただろう。


「なあ、リニルシア。この状況、俺が悪いよな? 変えるにはどうしたらいい?」


「女性の部屋の前で聞き耳立ててたルスマスが悪いと思う。まあ、誠心誠意謝罪は必須だね」


「2人とも、俺が悪かった! 本当に申し訳ない!」


 全部聞いてしまった事に対しての謝罪をルスマスから受けた。それを今後この事を一切口外しないことを条件に許した。


 そんな事をしながら歩くこと30分、目の前に大きな屋敷が見えてきた。

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