第3話 騒がしい来客

 拠点である森の古塔に戻った後、窓から外の景色を見たり、ベッドで寝転がってぐうたら過ごしていた。すると、この場所に近づいてくる2つの気配と周辺に潜む3つの気配を感じた。だが、身の危険は感じなかったので無視することにした。そうして少し時間を置いた後、近づいてくる2つの気配の内の1つがこちらに向けて凄い大声で怒鳴り始めた。


 ただうるさいだけなら無視しようと思ったが、『さっさと出てきて大人しく私たちに捕まるか殺されろぉーー!』とか『くたばって消えちまえゴミがぁぁーーー!!』等の明らかな悪意を持った暴言を大音量で言われ続けていると、俺も流石にイラついてきたのでお望み通り出てきてやることにした。


 出て行ったら男の人の方は俺を見て固まっていた。恐らく理由は俺のこの見た目によるものだろう。自分で言うのもなんだが、今の俺の見た目は絶世の美少女と言っても過言ではない。心の中身は男だが。


「もううるさいなぁ! 静かにしてよ!」


 そう言うと騒音源だった女の人の方は、そのやかましい叫び声を出すのを止めた。


「やっと出てきましたか。私はシルバード。貴女の捕縛または討伐の為に森の古塔近くの町『フォレスタス』より派遣されてきた者です」


「あぁ、俺はバルツ。こいつと同じくお前の捕縛または討伐の為にフォレスタスより派遣されてきた」


 叫ばれているときから薄々気づいてはいたが、やっぱりか。でも捕縛や討伐されるほど何か町に多大な損害を与えた覚えが…… あ、もしかして俺のせいで町の住民が恐怖で眠れなくなったからとかなのか? 考えていても全く分からないので、とりあえずこの2人に聞いてみることにした。


「私が何か貴方達の町に被害を与えたの? そんな覚えはないのだけれど……」


「町には被害はありません。ただ、貴女ががわざわざ町上空で騒いでくれたお陰でこんな森に夜遅くに行く羽目になりました。それに隊長の指示ですから。大人しく捕まって頂きましょうか」


「で、私が捕まったとしてそれからどうなるの?」


「貴女の魔力が強ければ『隣国との戦争の道具』として使われることになるでしょうね。それを断ったり、魔力の強さが仮に大したことがなかった場合は…… どうなることやら」


 うん。戦争の道具ね。冗談じゃない。何で俺に関係ない国の為に力を振るわなきゃいけないんだ。自身や仲間を守るため以外に人殺しなんかしてたまるか! そう思った俺の答えは決まっていた。


「そんなのお断りするに決まってるでしょう?」


「そうですか。ならば仕方ないですね。この場で死んでもらいましょう。バルツ君、行きますよ!」


「了解」


 そうして、この世界に来て初の戦闘が始まった。


「らぁぁぁー!」


 先に動いたのはシルバードだ。奴が加速して持っていた銀色の剣で斜め上から斬りかかってくる。それを腕で防御して弾き、後ろによろけた隙に接近して上空に蹴り飛ばす。


 そして吹き飛んだシルバードに高速飛行して回り込み、氷球を叩き込もうとするも、バルツの光属性の魔法により俺が吹き飛ばされて失敗に終わったが、威力が弱かったようでダメージは受けずに済んだ。


「シルバードお前大丈夫か?」


(正直大丈夫じゃないけど…… ここで弱ってる事が奴にバレれば不味いから大丈夫だと言っておこう)


「はい。蹴られた部分の鎧が砕けましたが、私は大丈夫です」


「それは良かった。でも、ミスリルの鎧だよな。吸血鬼の攻撃に対して非常に効果的なはずなんだが……」


「このミスリルソードも効果的なダメージを与えられませんでした。彼女は一体―――」


 奴らが戦闘中に会話を始めたので、急加速してシルバードに接近する。途中で邪魔して来たバルツには蹴りを軽く脇腹に叩き込んで横に吹き飛ばした。


「なっ!」


「戦闘中に会話とは油断したね!!」


 そうしてシルバードを魔力で出来た鎖で拘束し、彼女の背後に回り込む。


「おい…… シルバードに何を……」


「今すぐここから彼女連れて退いてくれない?」


「何?」


「だから、彼女連れて退いてって言ってるの。そうすれば貴方達には何もしない。だけど、もしまだやるというのならその時は、貴方達の血を頂くことにするけど」


 こちらとしては身を守る為とはいえ、転生初日でいきなり人をあやめることはしたくない。なので、彼女を人質にとってバルツに脅しをかけ、退いてもらおうとした。


「……分かった。ここは退こう」


「バルツ君!? 私の事はいいから彼女を……」


「シルバード。俺らじゃこいつには勝てない。ミスリル装備が意味を為さず、俺の光属性の魔法が初級魔法程度の威力とはいえ効かなかった。普通の吸血鬼ならこの程度でも中級魔法程度、下手したら上級魔法クラスのダメージは受けるはずなのに、奴には効かなかった。こいつは普通の吸血鬼ではない。そう、恐らく奴は『始祖』の吸血鬼だろう。もしそうだとしたら隊長でも奴の討伐は厳しいと思う」


「……分かりました。私もバルツ君と退くことにします。えっと、貴女の名前は?」


「シャルナ・ヴァーナイン。これが、私の名前」


咄嗟に思い付いた名前をシルバードに名乗った。


「シャルナね。覚えておきます」


 こうして、俺の人質作戦が効いたのか2人は退いていった。




 ~フォレスタスの町 駐屯地~


 対象の吸血鬼…… シャルナ・ヴァーナインの蹴りをまともに受けたシルバード。鎧が砕けただけで大丈夫だと言っていたが、途中で急に倒れた。その為俺はシルバードを支えながら何とか町に戻り、隊長『フィアン』に報告をしていた。


「フィアン隊長…… ただいま……戻りました」


「同じく戻りました」


「ああ、ご苦労…… っておい、大丈夫かシルバード。ひどくやられたようだが」


「ええ、ですが大丈夫です…… 無事に戻ってこれましたので……」


「それで一応聞くがシルバード、奴はどうなった?」


「はい。その件ですが……」


 シルバードは、吸血鬼シャルナとの戦闘の結果や、そこから奴がもしかすれば始祖の吸血鬼であるとの考えにたどり着いた事を全て話した。


「成る程…… 対吸血鬼装備のミスリルソードとアーマーが効果なし、光属性魔法も初級は全く効かなかったか。ううむ、そうなるとお前の言う通りそのシャルナ・ヴァーナインとやらは始祖の吸血鬼だろうな」


「やはりそうなのでしょうか?」


「ああ。となると、ミスリル程度では普通の人間に始祖の吸血鬼を殺すなど無理だろう。最低でも『聖金属ホーリア鉱』で作られた装備が必要だ。それでも厳しいがな」


 ミスリルよりも遥かに貴重かつ加工が難しく、流れている聖気の質も量も桁違いの金属であるホーリア鉱。あらゆる闇を打ち払う力を秘めるこの金属は、熟練の戦士が扱う武具に使用すれば、始祖の吸血鬼や最上位の悪魔でさえも滅することが出来るらしい。


 こうして俺達は、吸血鬼シャルナ・ヴァーナインを捕縛もしくは殺すために、その金属の入手方法や加工の仕方等を調べあげることになった。

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