第二部 第13話

 しばらく莉愛と見つめ合っていたのだが、次第に彼女の瞼が下がってくる。

 どうやら眠気にあらがえなくなってきたようだ。

 そのまま眠りにつく莉愛。

 そんな彼女の頭をしばらく撫でている。そして、ベッドから抜け出そうとすると莉愛が俺の服をしっかり握りしめていた。



「はぁ……、これじゃ抜け出すことはできないか」



 無理やり引き離そうとしては起こしてしまいそうだったので、ため息交じりに俺もここで眠ることにする。



 ◇



 翌朝、目が覚めるとすぐ側に莉愛の寝顔があった。

 思わず、顔を背けてしまう。

 嬉しそうに微笑みながら眠る莉愛。

 少しでも顔を近づけたらキスしてしまいそうなほど近くに莉愛の顔がある。



「ううーん、有場さん……」



 莉愛が何か寝言を言っている。

 よく耳をすませて何を言っているのか聞いてみる。



「有場さん……、お父様とそんなことをしたらダメですよぉ……」



 いや、待て! 俺と勇吾さんが一体何をしているんだ?


 思わず心の中で突っ込んでしまう。

 ただ、莉愛が心地よく眠っているのでなんとか気持ちを落ち着けてベッドから出る。

 昨晩はしっかり掴まれていたのだが、すでに眠っている間に離してくれたようで簡単に莉愛から逃れることができた。


 そして、側にある椅子に腰掛ける。


 さすがに朝も早いので莉愛が目覚める様子はない。

 ただ、昨日あれだけ怖がっていた割にその様子を見せることなくぐっすり眠っている莉愛を見ていると苦笑しか浮かばなかった。


 一応寝顔のカメラに写しておくと昨日の出来事を報告書にまとめておく。

 そのついでに『なにか仕掛けをするなら莉愛にわからないようにしてください。勇吾さん、嫌われてしまいますよ』と注意する一文をつけておく。


 まぁ俺たちのことも色々考えた上で行動してくれているわけだからあまり強くも言えないんだけどな。

 勇吾さんとしてはできるだけ早く俺たちがくっついて欲しいと思ってるみたいだし。



「とにかく、この数日の間ではっきり莉愛の思いにどう答えるか決めないとな」

「んっ……、有場さん? 何か呼びましたか……?」



 莉愛が眠たそうに目を擦りながら体を起こしてくる。



「悪い、起こしてしまったか?」

「いえ、大丈夫ですよ……。それよりも……あっ、また仕事してますね!」



 俺の姿を見て、莉愛は目が覚めたようですぐに起き上がる。

 そして、頬を膨らませながら近付いていく。



「もう、こんな海に来てまで仕事をしたらダメですよ!」

「いや、まとめられるものはまとめておきたくてな」

「せっかくゆっくりして貰おうと思ってるんですから……。お父様にも注意しておきます。有場さんを働かせすぎないでくださいって!」

「いやいや、むしろ全然働かなさすぎて申し訳ないんだが?」

「そんなことないですよ。こんなに朝早くから起きて……。お父様が無理やり働かせてるんです!」

「わかった。わかったよ。この島にいる間はこれ以上しないから――」



 莉愛に見つかるようには――。

 心の中でそれをつける。


 すると莉愛は不服そうにしながらもようやく納得してくれる。



「わかりました。では許してあげます。それよりもせっかく早起きしたのですから、二人でお散歩でも行きませんか?」



 莉愛が微笑みながら提案してくる。



「そうだな、せっかくだから一緒に行くか」

「はいっ!」



 莉愛が嬉しそうに頷く。

 そして、俺たちは二人、館を出て砂浜の方へとやってくる。




「綺麗な海ですよね……」



 砂浜を歩いていると莉愛がふと呟いてくる。



「そうだな。海の底まで透きとおって見えているし、こんなに綺麗なところは見たことがないな」



 砂浜にもゴミが一つも落ちてないし、綺麗に整備しているんだなってわかるほどだった。

 せっかくなので砂浜に腰掛ける。

 すると莉愛も同じように隣に座ろうとしてくるので、ポケットに入れていたハンカチをひいてあげる。



「あっ、ありがとうございます」



 お礼を言いながら莉愛はハンカチの上に腰掛ける。

 そして、そのまま俺の方へと肩を寄せてくる。



「有場さんと一緒に海に来られて良かったです。いつもならわざわざ来ようとは思わなかったのですけど、こうやって一緒にいられるのがここまで幸せだと思わなかったです……」

「そうだな、せっかくだからたっぷり思い出を作ろうな」

「はいっ、それで今日なのですけど――」



 莉愛が俺の目をジッと見てくる。

 何かしたいことでもあるのだろうか?



「一緒に船に乗りませんか? 執事さんが動かせるみたいなので」

「そ、そうだな……。莉愛が乗りたいのなら一緒に乗るか」

「はいっ、ありがとうございます」



 嬉しそうに頷く莉愛。

 ただ、俺は引きつった笑みを浮かべるしかできなかった。



 しばらく莉愛と二人でいた後、部屋に戻ってくると莉愛と別れ一人で執事を探す。



「有場様、どうかされましたか?」



 執事の人は食堂に行けばすぐに見つけることができた。


 そして、俺の姿を見て瞬間に不思議そうに近付いてくる。



「いや、少し尋ねたいことがあってな……」

「なんでございましょうか?」

「この館に船酔いの薬はあるか?」

「それはもちろん完備しておりますが……」

「そ、そうか……、それは助かった」



 他の乗り物は平気なのだが、どうしてか船だけは昔から酔って気分が悪くなってしまう。

 環境とか揺れ方の違いとかそういったものが原因なんだろうけど。

 ただ、嬉しそうに莉愛に見つめられたらダメとは言えずについつい頷いてしまった。


 とりあえず薬さえ飲んでおけば大丈夫なのでこの館にあるかを確認しに来たのだが、やはり予想通りこの館には薬が常備されているようだった。



「ではあとから準備させていただきますね。お部屋にお持ちした方がよろしいでしょうか?」

「あぁ、よろしく頼む」



 執事の人に頼んだ後に俺は部屋に戻っていく。



「大きな船ですね……」



 莉愛が声を漏らしていた。

 目の前には俺たち三人ではどうあっても持て余しそうなほど、大きな船。

 十人くらいでも優に乗れそうなほど大きい船が置かれていた。



「ふふふっ、これは旦那様がお客様をもてなすときとかに使われる船にございますので、結構な人数が乗ることができるんですよ」



 執事の人が微笑んでみせる。



「わーい、私がいちばーん!」



 伊緒が駆けだしていって最初に船に乗り込んでいた。

 今日はノースリーブのシャツと短パンといった相変わらず元気そうに見える服装で、それがとても伊緒に似合っている。



「わわっ……」



 船に乗り込んだ瞬間に大きく揺れたようで、伊緒が慌てた様子を見せていた。



「危ないですよ、伊緒ちゃん」



 莉愛が苦笑しながらそんな様子を眺めていた。

 真っ白のワンピースと麦わら帽子の莉愛。

 それに比べていつものシャツとジーパン姿の俺は浮いて見えるかもしれない。


 ただ、莉愛はそんなことを気にした様子もなく俺の方に手を伸ばしてくる。



「それじゃあ有場さんも一緒に行きましょうか」

「……そうだな」



 しっかり薬も飲んできたし大丈夫だよな……?

 そんな不安を抱きながらも俺は莉愛と一緒に船へと乗り込んでいく。



 やはり館に置かれていた薬はかなり効果があるようで、いつもならすぐに酔って気分が悪くなるところが、今日は全然平気だった。



「ほらっ、有場さん、見てください! お魚が跳ねてますよ!」



 莉愛が興奮して俺の服を引っ張ってくる。



「本当だな。こうやってすぐ近くで見るのは初めてだな」

「私も初めてです……」

「でも、莉愛ならいつでも乗ることができたんじゃないのか?」

「いえ、一人で乗るのは寂しいですから……。遊びに行くのも誰かと一緒に行かないと……。だから私はいつもほとんど家にこもっていたんですよ……」

「それなら今年は思いっきり遊ばないとな」

「はいっ! もちろんです!」



 笑顔の莉愛が頷いてくる。



「おーい、莉愛ちゃん、お兄ちゃん。こっちもすごいよー」



 莉愛と二人話していると反対側にいた伊緒が大きく手を振ってくる。



「伊緒ちゃんが呼んでいますね。行きますか?」

「そうだな……」



 苦笑を浮かべながら俺たちは伊緒の方へと近付いていく。



 しばらく船の上で莉愛達といると薬の効果が弱くなってきたようで次第に吐き気がしてくる。

 ただ、戻るまでは時間がかかりそうなことと莉愛達はまだ元気だったので、俺は一人船の中にある部屋へと向かっていった。



「やっぱり完全に酔いを止めることはできなかったか……」



 部屋に置かれた簡易的なベッドで横になると顔に腕を乗せる。

 少し寝ればきっと良くなる……。

 そう思ったのだが、船の揺れを感じる度に吐き気がこみ上げてくる。


 するとそんな俺の様子を心配した莉愛が部屋へとやってくる。



「その、有場さん……大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だ……。少しだけつらいけどな」

「船酔い……だったのですね。どうしてもっと早くに言ってくださらなかったのですか?」

「いや、莉愛が楽しそうだったからな。どうしても断ることができなかったんだ」

「私は……有場さんがつらそうにしているほうがつらいですよ……」

「……そうだよな。うん、すまなかった……。薬でどうにかなると思ったんだけど――」

「とりあえず直ぐに戻るように伝えさせて貰いましたので、有場さんはゆっくり休んでおいてください」



 すると莉愛は俺の背中をさすってくる。



「乗り物酔いにはこうやってさすってあげるといいって伊緒ちゃんから聞きました。陸地に行くまで私がさすってあげますので」

「あぁ、ありがとう……」




 しばらく莉愛がさすり続けてくれたおかげでなんとか無事に陸地へとたどり着く。



「俺は少し部屋で休んでくるから莉愛達は遊んでいてくれ……」



 莉愛にそれだけ伝えると俺は館の方へと戻っていく。そして、部屋の中に入るとそのままベッドに横になった。


 そして、そのまま眠りにつく。


 するとしばらくして体の上に何かの重みを感じる。


 目を開けてみるとそこにはもたれかかるように莉愛が眠っていた。


 遊んでたら良いっていったんだけど、やっぱり心配をさせてしまったようだな。

 これは後から莉愛に謝らないといけないな。



「んんっ……」

「あっ、起きたか?」

「有場さん、もう大丈夫なのですか?」

「あぁ、莉愛達には迷惑をかけて悪かったな」



 莉愛のためにしたことが逆に迷惑をかけたようなので、申し訳なく思い頭を下げていた。

 すると莉愛は苦笑しながらも一度頷いていた。



「いえ、ただこれからは私に言ってくださいね」

「わかったよ……」

「とりあえずもう大丈夫ですね……。ただ、今日は安静にしておいてくださいね。有場さんのお世話は私たちがしますので……」

「私……たち?」

「えぇ、伊緒ちゃんも乗り気でしたので二人でしっかりお世話をさせて貰いますね」

「……わかったよ」



 少し不安に思うけど、莉愛の笑みを見ていると大丈夫かなと思えてくる。



 しばらく待つと伊緒が大きなお盆を持ってやってくる。

 その上には何か乗っているようだが大きな蓋で中身は隠されていた。



「お兄ちゃん、ご飯を作ってきたよ!」

「えっ、伊緒ちゃんってご飯作れたのですか!?」

「もちろんだよ。ちゃんと焼いてきたよ!」



 えっと、料理には焼く以外の工程もあるんだけど……。



「と、とりあえず食べられないものでしたら私が後から何か作りますので……」



 不安そうな表情の莉愛が小声で俺に言ってくる。

 それを見て、小さく「頼んだ」とだけ伝えておく。



「じゃーん、お肉だよ。大きいのがあったから焼いてきたよ」



 伊緒が蓋を開けるとそこには巨大なステーキ肉が乗っかっていた。



「お肉を食べて早く元気を出してね」

「あ、あぁ……、そうだな」

「と、とりあえず私が切り分けますね。あ、あと、付け合わせのものは……?」

「ないよ?」



 伊緒が不思議そうに聞き返す。

 それを聞いて莉愛がため息交じりに答える。



「わかりました。それじゃあ、これを切ってくるのと同時に何か作ってきますね」

「あぁ、お願いするよ……」

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