第二部 第12話

 ビーチボールは白熱した試合だった。

 とはいえ、最後には点数はうやむやになり、ルール無用で騒ぎあうことになった。

 最後には莉愛も混じって三人でボールをぶつけ合うことになっていた。


 もみくちゃになって何をしているかわからないくらい適当にただ、ビーチボールをぶつけ合う。

 それだけでもこうやって莉愛達とすると楽しかった。


 笑みを見せあって走り回る莉愛。

 そして、いつの間にか莉愛と伊緒がタッグを組んで俺を集中して狙うようになっていた。


 何度もビーチボールをぶつけられる。



「やったな」

「あははっ。お兄ちゃん、当てられるものなら当てると良いよ」

「有場さん、こっちですよ」



 ボールを手にして俺は伊緒と莉愛、どちらを狙うか考える。

 やはり当てやすいのは莉愛だな。


 俺はニヤリと微笑むと莉愛を追いかけていく。

 すると彼女は笑顔で逃げていくのでそれを追う。



「待てー!」

「あははっ、待ちませんよー」



 水際で追いかけあう俺たちはまるで恋人同士のような……。



 パシャッ。



「……、おい」



 突然カメラの音が聞こえてきて思わずそちらに振り向く。

 すると伊緒がカメラを向けていた。


 どうやら彼女が俺たちの写真を撮ったようだ。



「あっ、私は気にしないで続けてくれて良いよ」

「もう、伊緒ちゃん!!」



 今度は莉愛が真っ赤になって怒り始める。

 ただ、伊緒がすぐに撮った写真を莉愛に見せていた。



「……あとから私にも送ってくださいね」

「もちろんだよ」



 何やら小声で取り引きが行われたような気がした。

 そんな二人を見て俺はため息を吐く。



 ◇



 思う存分遊んだ後に俺たちは館へと戻っていく。

 ただ、その前に一度記念撮影だけはしておく。



「有場さん、あとから私にも送ってくださいね」

「あっ、お兄ちゃん、私にもお願い」



 莉愛たちも今の写真が欲しいようだ。

 本当は勇吾さん用の写真だったが、二人にも送っておこう。



「それじゃあ夕食を食べに行きましょう」

「でも、ここで食べる場所なんて……」



 完全に海に囲まれた島だ。この館以外の店なんてない。



「大丈夫ですよ、しっかりとシェフの方もいますから」



 さすが神楽坂の館だな……。

 こんなところにもシェフがいるんだな……。



「それじゃあ夕食は……?」

「もちろん準備してありますよ」

「わーい、楽しみだねー」



 伊緒が嬉しそうに館の方へと走っていく。

 その後を俺たちがゆっくり追いかけていく。


 ◇


「ふぅ……、さすがシェフの作った料理だけあってうまかったな……」

「えぇ、こういったところで食べるとまた格別ですね」



 食堂からオーシャンビューが一望できる上に席の隣には莉愛が座っている。


 こういった特別なところに来るとまた俺自身も気持ちが高ぶってくる。

 ただ、目の前に伊緒がいるおかげである意味助かっていた。



「そうだ、お兄ちゃんと莉愛ちゃん、このあと肝試しをしない?」

「肝試し?」

「うん、そうだよ。せっかくなんだからやってみようよ。もちろん、お兄ちゃんと莉愛ちゃんが見て回る役で私が驚かせる役ね」

「えっと、伊緒ちゃん? さすがにこんな夜遅い時間に危ないですよ……」

「大丈夫だよ。だって、お兄ちゃんが一緒なんだよ!」



 はっきりと言い切ってくる。

 それを聞いて莉愛は少し迷っているようだった。



「有場さん……、ずっと手を繋いでくれますか?」



 不安そうな上目遣いを見せながら聞いてくる。



「そこまで不安ならやめておいたほうが――」

「わかってないな、お兄ちゃん。やっぱり海のイベントといえば水着でのハプニング、バーベキュー、それと肝試しって決まってるでしょ?」

「いや、決まってはいないと思うが……」

「とにかく、私がお化け役をやるからね。それじゃあ一時間後に外に来てね。準備してくるから」



 一時間もどんな準備をするのだろうか?

 そんなことを不思議に思いながら伊緒の後ろ姿を眺めていた。


 ◇


「伊緒ちゃん……、大丈夫でしょうか?」



 莉愛が不安そうに聞いてくる。



「この島には危険な動物とかはいないよな?」

「えぇ、そういったものは大丈夫ですけど……、さすがに外が真っ暗ですから――」

「おそらく大丈夫だとは思うけど……。俺も着いていこうか?」

「お兄ちゃんは着いてこなくて良いよ! 私一人で大丈夫だから」



 急に伊緒が振り向いて言ってくる。



「だって、お兄ちゃんが着いてきたらどこにお化けがいるかわかってしまうでしょ。肝試しなのにそれじゃ意味がないよ。だからお兄ちゃん達は一時間後にこの館を出てね。向かう方向には矢印を書いた紙を貼っていくから」

「あ、あぁ……、わかったよ」



 どれだけ驚かしたいんだろうか、伊緒は……。

 まぁ俺が見ていなくてもこの島にいる執事達がしっかり危険がないか見てくれているか……。莉愛達に危険がおよぶような状況を勇吾さんがするはずないもんな。

 俺は勇吾さんを信じて何もせずに伊緒を見送ることにした。


 ◇


 そして、一時間が経った後に莉愛と一緒に館を出かける。



「あ、有場さん、絶対に手を離さないでくださいね……」



 莉愛がギュッと腕にしがみついてくる。

 肩を振るわせているところを見ると莉愛はかなり怖がっているようだ。

 安心させるようにそっと莉愛の体を俺の方へ引き寄せていく。



「あ、有場さん……?」

「安心しろ。俺が付いてるからな」

「あ、ありがとうございます……」



 莉愛が嬉しそうにはにかんでくれる。

 そして、二人で歩いて行くと大きな矢印が書かれた紙を発見する。



「えっと、この道を左に曲がるみたいですね」

「そうだな……。ただ、真っ暗だな」



 光と言えば月明かりくらいしかない。

 懐中電灯も持ってきていないので碌に道も見えない。



「とりあえずスマホの明かりをつけておくか……」



 スマホを取り出すととりあえず明かりをつける。

 これで最低限の道がわかるようになった。



「伊緒ちゃん、どこまで行ったんでしょうね……」

「あまり遠くまで行っていないと良いけど……」



 少しだけ不安になりながらも先へと進んでいく。

 すると突然目の前に何か大きな黒っぽいものが現れる。



「き、きゃぁぁぁぁ……」



 莉愛が大声を上げて俺にしがみついてくる。

 その目には大粒の涙を浮かべていて本当に怖かったとわかる。

 ただ、目の前に現れたもの、それは黒いビニールに描かれたお化けだった。


 そのとても可愛らしい絵に俺は微笑む。



「大丈夫だぞ、莉愛。これは本物じゃないからな」



 莉愛を安心させるように話しかける。

 しかし、莉愛は首を必死に横に振っていた。



「あ、有場さん……」

「耐えられないなら莉愛だけ館で待ってるか? 俺が伊緒を追いかけるから……」

「そ、それも怖いです……」

「それなら俺にしがみついていてくれ。なるべく周りは見ないようにな」

「わ、わかりました……」



 莉愛が更に強く俺の腕を掴んでくる。


 そして、更に先へ進んでいくと他にもおもちゃのようなお化けがいくつも出てくる。

 そのたびに莉愛がビクッと肩を振るわせて俺の体にしがみついてくる。


 ある意味ラッキーなように思える。


 ただ、これも伊緒の作戦なのだろう。

 それにこの罠……、こんなに短時間に全て仕掛けることができたのだろうか?

 そんな疑問すら浮かんでくる。


 もしかするとこの肝試し自体、勇吾さんが仕組んだもの……のようにも思える。


 いや、それは考えすぎか。



「とりあえずこの肝試しはすぐに終わらせてしまうか……」



 ずっと怖がりっぱなしの莉愛がこのままだと持たない気がする。



「お、お願いします……」

「わかったよ。それじゃあ、少し早足で進むぞ」



 莉愛の確認を取った後、俺は少し早足で伊緒の後を追いかけた。

 そして、ようやく彼女の姿を発見する。



 ◇



「あははっ、見つかっちゃったね」

「伊緒ちゃん、ひどいですよ、もう……」

「ごめんごめん。でも、お兄ちゃんとぴったりくっつけて楽しかったでしょ?」

「楽しむ余裕なんてなかったですよー!!」



 莉愛が頬を膨らせて伊緒を怒っていた。

 それを伊緒は笑いながら謝っていた。



「それにしても一時間しかなかったのにずいぶん準備できたんだな」

「うん、莉愛ちゃんのお父さんからあらかじめ準備しておくと良いよって聞いてたから」



 やっぱり勇吾さんが裏で動いていたらしい。

 理由は……莉愛が怖がっている姿でも見たかったのだろうか?



「なんでもね、吊り橋……がどうとか言ってたよ? この島を探し回ったけど吊り橋はなかったんだよね」



 それってピンチの時に恋に芽生える的な吊り橋効果のことだろうか?

 これは家にもどったら勇吾さんに問い詰めないといけないだろうな。



 ◇



 それから俺たちは自分の部屋に戻り、ゆっくり休むことになった。

 自分のベッドに寝転がると一応写真のデータを確認していた。


 これも仕事……ということだもんな。

 念のために見ておこうと思ったのだが、思いのほか莉愛の笑顔が眩しかった。


 なるほど……、これは勇吾さんが欲しがるわけだ。


 俺もさりげなく待ち受けをこの写真に変えておく。

 すると部屋の扉が軽くノックされる。



「あの、有場さん……。まだ起きてますか?」



 扉を叩いてきたのは莉愛だった。



「あぁ、起きてるぞ。どうかしたのか?」

「その……、少しだけお話をしても?」

「別に構わないが……」



 扉を開けると莉愛が両手で枕をギュッと抱きしめながらうつむき加減で立っていた。

 どことなく顔色が青いような気がする。



「とりあえず中に入ってくるといいぞ」

「はい、ありがとうございます……」



 莉愛が部屋に入ってくる。



「ベッドにでも座るか?」

「はい……」



 莉愛がベッドに座ると俺もその隣に腰掛ける。



「それでどうしたんだ?」

「その……あの……、眠れなくて……、えっと……お化けが怖くて……」



 肩を振るわせる莉愛。

 もしかしてさっきの肝試しが怖くて一人で眠れなくなったのか?

 今の莉愛を見ているとそうにしか見えない。



「……はぁ、わかったよ。眠たくなるまでここにいるといいぞ。別にこのベッドを使って寝てくれても構わない」

「いえ、その……良かったら一緒に寝てくれませんか?」



 枕に顔を押しつけながら不安そうな顔を見せてくる。

 目に涙を溜めながら上目遣いでそんなお願いをされたら断るに断り切れない。



「……そうだな。莉愛が寝るまでの間……くらいならいいぞ」

「あ、ありがとうございます……」



 莉愛がようやく笑みを浮かべてくれる。

 そして、そのまま俺に抱きついてくる。

 間に枕が挟まっているのでそこまで緊張はしなかったが……。



「と、とりあえずもう寝るか……。明日も遊ぶんだろう?」

「はい……、そうですね……」

「それじゃあ電気を消すからな」



 ボタンを押して部屋の明かりを消す。

 そして、ベッドに寝転がるとすぐ側に寄ってくる。


 相変わらず間に枕を挟んでいるもののすぐ側には莉愛の顔がある。

 何かの間違いで少し顔を出してしまったらキスをしてしまいそうなほど近い距離……。


 もちろん莉愛も恥ずかしいようで顔を真っ赤にしている。

 ただ、嬉しそうに笑みを浮かべていた。



「こうやって一緒のベッドで寝るのは初めてですね……」

「そういえばそうだな」



 すぐ近くで眠っている莉愛を見ていたことやマッサージをしてもらうときに背中に乗ってもらったことはあったが、一つのベッドに二人で寝る……ということは初めてだった。



「まるで恋人同士……みたいですよね。えへへっ……」



 嬉しそうにはにかんでいる莉愛。

 確かに恋人……といわれるとそれに近いかもしれない。


 今の俺たちの関係……、莉愛の会社で雇われている従業員で莉愛と付き合うのは高校を卒業するまで待ってくれと言っている立場だ。


 どう考えても今の俺は莉愛に養われている身だからな。

 せめて対等に向かい合えるようになるまで……。

 それまでは付き合うことができない……。

 そう思っていたのだが、今の莉愛を見ているとその考えが揺らいでしまう。


 逆に待たせていることが莉愛の負担になっているんじゃないだろうか?

 本当ならもっと堂々と甘えたいのかもしれないが、ただの同居人……という立場だから遠慮している。

 そうとも考えられる。


 だからこそ俺は今のタイミングで莉愛に聞いてみることにした。



「莉愛、一つだけ聞いても良いか?」

「なんでしょうか?」

「莉愛は今すぐに俺と付き合いたいと思っているか……?」

「……はい、それはもちろんですよ。私はずっと有場さんのことが好きですから――。でも、有場さんが私の年齢を気にしてると言うこともわかりましたので、それまでは待ちたいと思っています……」



 後から待つ理由を付け加えていたが、本音としては最初に言った言葉なのだろうな。



「ありがとうな。ただ、莉愛の負担になりそうなら――。いや、莉愛を言い訳に使うのは良くないな。俺自身の気持ちをこの旅行中にきっちり整理させて貰うよ。今莉愛と付き合うと言うことは、莉愛の許嫁になるということに他ならないから……」



 未成年である莉愛と付き合うにはそれしかない。そう考えると即答して良いようなものではない気がしたから。



「わかりました。でも、私はいつでも待たせていただきますので有場さんは自分の気持ちに素直になってくれたら良いですからね。その、有場さんの気持ちもわかっていますから」

「あぁ、わかった。ありがとうな、莉愛……」



 俺はかるく莉愛の頭を撫でていると彼女は嬉しそうに微笑みを返してくれた。

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