第二部 第2話
さすがに子供に渡すにはこれはよくないんじゃないのか……。
まぁ人生を表してるわけだからこういうリアルさがあっても良いかもしれないが……。
……いや、ちょっとまて。ヒモは普通なれるものじゃないぞ!?
さすがにこれはおかしいだろう……。
心の中で突っ込んでいるとこの職業のカードだけ裏面がめくれることに気づく。
「なんだこれ?」
裏面をめくってみるとそこには小さな莉愛の写真があった。
笑顔で手を差し出しているその姿はとても可愛らしい。
そこに『莉愛がパパを養ってくれると言った記念』と書かれていた。
つまり、この職業はただヒモになりたい……と言うことではなくて、莉愛に養ってもらう……ってこと?
まるっきり俺と同じ状況じゃないのか?
俺が持っているカードの写真を見た瞬間に莉愛が驚きの表情を見せていた。
莉愛は顔を真っ赤にして慌てて職業カードを奪おうとする。
「だ、駄目ですー!」
「わっと……」
うっかり奪われそうになったので莉愛の手に届かないようにそれを持ち上げる。
「えっと、それじゃあこの言葉ってやっぱり……」
「わ、忘れてください……。私が小さい時にお父様に言った言葉なんて……」
なるほどな。
このカードは勇吾さんが無理やり作らせたのかもしれない。
わざわざ簡単にバレないように裏面に細工をして……。
もしかすると勇吾さんが引いた時に見せようとしていたのかもしれないな。
莉愛にこんな嬉しいことを言ってもらったって……。
もっと言えばこのゲーム自体も勇吾さんの提案かもしれない。
今まで止まったマス目も俺たちのことを予言しているように見えたが、よくよく考えると勇吾さんがされて嬉しいこと……のようにも思えた。
ただ、莉愛が恥ずかしそうに目に涙をためてぷるぷる震えていた。
「わ、悪い、元に戻しておくから……」
俺は慌てて裏に付けられていたシールを元の場所に貼り付けていた。
「うぅ……、お父様は後から怒っておきます……」
シールさえ戻せばとりあえず落ち着いてくれる。
ただ、勇吾さんにはご愁傷様……とだけ言いたくなった。
まぁ勇吾さん自身がした事だから仕方ないだろう。
「それにしても今までこれに気づかなかったんだな……」
「そうですね……。まだ十回もしてないですから……」
「むしろお兄ちゃん、よく気づけたね!」
まぁ何か端の方がめくれてたし、裏面をよく見ればわかったと思うんだけどな……。
まぁ、これを見てわかったことは、これが莉愛の人生……というよりは勇吾さんがされたいこと……を書かれた双六なのだろうということだけだった。
「それじゃあ今度は私がルーレットを回しますね」
莉愛がルーレットに手をかける。
そして、ゆっくり駒を進めていった。
◇
しばらく先に進めているとついに結婚マスが近づいてきた。
この双六だと定番のマスだ。
するとそのマスを見ながら莉愛がぽつりと呟く。
「昔、私がこのマスに止まったとき、お父様は血涙を流していたんですよね……」
普通なら絶対止まるようになっているこのマスもなぜかこれはぴったりそのマスに止まらないと結婚できない仕様になっていた。
なくてはならないものだけど、精一杯の抵抗をした……と言うことなのだろう。
そこまで莉愛に結婚して欲しくなかったのだろう。
今の勇吾さんからは考えられないが、でも莉愛を思うあの人の感情は本物だった。
幼い莉愛に対してならそのくらい思ってもおかしくなさそうだ。
まぁ一マスしかないそこにぴったり止まるなんて容易なことではない。
当然と言えば当然で莉愛も伊緒もそのマスを通り過ぎていた。
ただ、俺の場合は――。
「あっ……」
ぴったりとその結婚マスに止まってしまった。
なんだろう……。今日はやっかいごとを全て引き受けてしまう日なのか?
ここにはあまり止まりたくない……と思う目をことごとく引いている気がする。
これも莉愛が見るとなんて思うか……。
さすがにゲームだと理解してくれるだろうが――。
「えっと、『このマスに止まったものは結婚相手の駒を選ぶ。次からは二つの駒を並べて動かす。ルーレットを回して出た目×1000万ドルもらう』と書かれているな。一つ駒を選ぶのか……」
俺は別の駒を取り出して、その中から一つ選びだそうとする。
すると莉愛が今にも泣き出しそうな悲しそうな表情を浮かべてくる。
「駄目……」
「えっ!?」
莉愛が口を尖らせてぽつりと呟いてくる。
「有場さんが別の人と結婚するなんて駄目……」
莉愛が俺の腕を掴んできて上目遣いで首を横に振っていた。
さすがにそんな表情を見てしまっては俺も思わず息を呑んでしまう。
「いや、これはゲーム……」
「ゲームでも嫌です……」
さすがにこの状態はどうしたら良いのだろう?
どれか駒を選ばないといけないのだが、他の駒を選ぼうとすると莉愛が悲しむ。
つまり、結婚マスに止まったけど、誰とも結婚しない?
いや、さすがにこれが双六である以上それは出来ないよな。
「……それじゃあどれを選べばいいんだ?」
「そ、それなら、わ、私を選んでください!」
莉愛が自分の駒を差し出してくる。
確かに莉愛の顔が描かれたそれなら一番丸くかたが付きそうだ。
「いや、それは莉愛の駒だろう?」
「だ、大丈夫です! わ、私は別の駒を使いますから……」
そう言うと莉愛は俺の隣に莉愛の駒を置いて、自分は勇吾さんの駒を選んでいた。
それでいいのか……とも思ったが、俺と莉愛の駒が二人並んでいるところを見て、微笑ましそうにしている莉愛を見ていると何も言えなくなった。
「えっと……、お兄ちゃんも大変だね……」
いつもなら冷やかしてくる伊緒だが今回ばかりは同情してくれる。
「まぁ、仕方ないな。あれだけ想ってくれるのも悪くない気分だからな」
「もしかして、お兄ちゃんも同じ気持ち? ……ってお兄ちゃん達の指――」
伊緒がじっと俺の薬指に付けている指輪を見てくる。
その後に同じように莉愛の指も見ていた。
まぁ莉愛も学校には着けて行っていないものの家に帰ってきた瞬間に指輪を付けていた。
一分一秒でも早く着けたい様子が見て取れるので買ってあげた俺としては嬉しい限りだった。
「そっか……。うん、それなら怒るよね。浮気なんてしたら駄目だよ!」
浮気……ということは伊緒はもしかして、俺がすでに莉愛と婚約した……と思っていないか?
「……何を勘違いしているかは聞かないが、まだそこまではいってないぞ?」
「大丈夫、誰にも言わないから……」
伊緒がニヤニヤして冷やかしのモードに入ったので莉愛に次のルーレットを回すように促す。
「わ、わかりました。では、回しますね」
莉愛がルーレットを回し、出た数字分だけ勇吾さんの駒を進ませる。
すると、止まったマスには『結婚した二人を心から祝う。結婚している人全員に1億ドル払う』と書かれていた。
「お父様も私たちをお祝いしてくれているのですね」
にっこりと微笑む莉愛。
ただ、俺には勇吾さんが再び血涙を流しているようにしか見えないのだが……。
◇
そして、すごろくも終盤に差し掛かってくる。
依然としてトップを走るのは伊緒。
ルーレットの目は小さい数字が多いものの、出た目が倍増されるのは大きくて、全く追いつける気がしない。
おそらくこのままトップでゴールするだろう。
ただ、今のところ金を一番持っているのは莉愛だった。
職業的には俺が一番稼いでいたはずなのだが、なぜか良いマスに止まることが多く、結果的に抜かされていた。
そして、俺はゴールから一番離れたところにいた。
まず一位ゴールは出来ない位置なのだが、そのかわり珍しいマスはことごとく踏み抜いていった。
「次は俺の番……だな」
ルーレットを回す。
そして、駒を動かした結果――。
「子供を授かる……?」
た、確かにこのマスもこのすごろくだと定番のマスだ。
ただ、俺の駒が引き連れてるのは莉愛の駒。
ということは――。
ボンッ!!
莉愛の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
目を回して、慌てふためいていた。
「あ、あ、有場さんの子供……。わ、私が……。そ、その……」
「あー、うん。これはゲームだから落ち着こうか……」
莉愛の頭を軽く撫でるとようやく彼女はしおらしく落ち着いてくれる。
「そう……ですね。これはゲームですもんね……」
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける莉愛。
すると伊緒が聞いてくる。
「次は莉愛ちゃんの番だよ。そんなところでイチャイチャしてないで!」
「そ、そんなことしてませんよ!」
顔を真っ赤にしながら言っても説得力がないんだけどな。
俺は苦笑をしながら莉愛がルーレットを回すのを眺めていた。
◇
そして、全員がゴールをする。
「うぅ……、一番早くゴールしたのに……」
結果は一位が莉愛。二位が俺。三位が伊緒。という順番になった。
駒の姿を見る限り順当すぎて逆に笑えてしまう。
「今度は有場さんを私の結婚相手にしたいですね……」
莉愛がぽつりと呟く。
色々と問題のある発言に聞こえるのだが、とりあえず何も聞かなかったことにしておくか。さすがに今したとしても、しっかり生活をしていける自信がないからな。
「でも、ひさびさにゆっくり遊ぶことができましたね」
時計を見るとすでに十七時を回っていた。
意外と白熱した戦いを繰り広げていたので全然気がつかなかった。
「そうだな……。それじゃあ伊緒は送って行こうか?」
「ううん、そろそろ迎えがくるって連絡があったからね」
伊緒のその言葉と同時に俺の部屋がノックされる。
「有場様、少しよろしいでしょうか?」
遠山が声をかけてくる。
「どうかしましたか?」
「はい、神薙様のお迎えが来ましたのでご報告に参りました」
「ありがとうございます」
遠山にお礼を言うと伊緒の方を振り向く。
「お迎えが来たみたいだね。それじゃあ、莉愛ちゃん、お兄ちゃん、また明日ね」
伊緒が元気よく手を振って遠山と一緒に出て行った。
そして、残される俺と莉愛。
「えっと、それじゃあお片付けしましょうか?」
床には先ほど遊んでいた双六が散らばっていた。
「そうだな……」
莉愛と二人、双六を片付けていく。
「そうだ、莉愛。一応テスト勉強の件は大家さんに話しておいたから……」
「あ、ありがとうございます。これで今度のテストもしっかり取ることができます!」
莉愛が嬉しそうな表情を見せてくれる。
「それと、中間検査の時の約束……、あれはいつでも良いからな。莉愛が取れた時に叶えてやる。ただ、無理をしたら無効にするから覚えておいてくれ」
「えっと、あのなんでも願いを叶えてくれるってやつですよね?」
「あぁ……」
同じものでは芸がないと思われるかもしれないが、莉愛の欲しいものがわからない以上、こうやって直接莉愛に聞く以外に欲しいものを知る方法はなかった。
「それなら一つ欲しいものが……。ただ、私も中間テストで懲りましたのでこれは次に取れた時までまっておきます」
嬉しそうに微笑む莉愛の顔を見る。
どうやらもう本当に無理はしなさそうだな。
少しホッとすると残りの駒を片付けていった。
◇
その翌日より本格的にテスト勉強が始まった。
初めは莉愛と二人きりの勉強……だったが、途中から伊緒と大家さんが参加するようになり、部屋の中がまた騒がしいことになっていた。
「あれっ、今回は顔色がいいですね」
「はい、無茶をして有場さんを悲しませてはいけないですから」
「うんうん、その心構えはいいよ。それじゃあ今日も開始しましょうか?」
「よろしくお願いします!」
真剣な表情を見える莉愛と伊緒。
それを見ながら俺は今度こそ結果がついてきてくれると良いなと感じた。
そして、そんな願いが叶ったのか、テストが終わると莉愛が満面の笑みを浮かべながらテスト用紙を持ってきてくれる。
「やりましたよ、有場さん! テスト、全教科一位を取りました!!」
その言葉を聞いて俺は驚きのあまり、口をぽっかり開けてしまう。
たしかに莉愛が勉強が出来るのは知っていたが、まさかここまでとは……。
「よくやった。すごいぞ、莉愛」
莉愛の頭をなでてあげると彼女は嬉しそうに目を細めていた。
「あっ、そうだ……。約束……」
莉愛が思い出したように呟く。
「あぁ、約束だからな。何でも言うと良いぞ……」
「わかりました。それなら欲しいものがありますので今度買い物に付き合ってもらえませんか?」
「そんなことで良いのか? それならお願いとは関係なしに付き合うが?」
「いえ、有場さんでは少し入りにくいところにも付き合ってもらいたいんです。次の休みの日に一緒に行ってください!」
莉愛が真剣な表情を見せてくる。
そこまで頑張ったんだから俺も莉愛の願いをかなえてあげたい。
「あぁ、わかった。今度の休みは二人で買い物に行くか」
「はいっ! 有場さん、ありがとうございます」
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