第二部 第1話
テストが始まるまでに思う存分遊んでおかないと!
という伊緒の言葉から莉愛たちがなぜか俺の部屋に集まっていた。
もっと他の部屋があると思うんだが、どうにもこの部屋が過ごしやすいらしい。
他の部屋と変わらないと思うんだけどな。
「うん、やっぱり莉愛ちゃんの家は涼しいね……」
俺のベッドの上に寝転がる伊緒。
何度かきてることでもうすっかり我が物顔で居座っていた。
まぁ、俺は別に良いんだけど、いきなりベッドに向かうと莉愛が少しムッとするから出来れば控えて欲しいなぁ。
「まぁ空調はしっかりしてるもんな」
アパートにいた時はまともに空調が効かずにうちわを持って、服は全て脱いでいた気がする。扇風機もあったけど、熱風を送ってくるだけだからほとんど使い道がなかったんだよな。
そう考えると今の居心地の良さが段違いだった。
まぁこの館ならそうだよな……。
「私は家ではいつもこんな感じですから何も違和感がないんですけどね……」
莉愛が苦笑していた。
まぁ、莉愛ならそうだよな。
「もう外に出たくないね。何か家の中でできる遊びはないかな?」
完全にだらけきった伊緒が聞いてくる。
「家の中……ですか?」
「うん、ゲームとかないかな?」
「すみません、私はあまりしないもので……」
たしかに莉愛がゲームをしてる姿は想像できないかも。
どちらかと言えば本を読んでたりしてそう。
「それならトランプとかがいいか?」
それくらいなら持っていたので聞いてみる。
ただ、伊緒は渋い顔を見せていた。
「それもいいんだけど、もっとこう……何かないかな?」
「これならありますよ。昔伊緒ちゃんともやりましたよね」
莉愛が持ってきたのはいろんな人生をすごろくで体験できるゲームだった。
それを見て、伊緒がにやりと微笑んでいた。
「そうだね。お兄ちゃんと一緒にやるなら面白いかもしれないね」
「そうですね。有場さんもよろしいですか?」
「あぁ、俺は構わないけど……」
意外と庶民的なゲームもあるんだなと微笑ましく思っていたのだが、箱の隅に書かれていた『非売品』の文字とさりげなく見えているマスの一つに『お小遣いをもらう。+百万ドル』とか明らかに桁の違う数字が書かれている。
それをみて、俺は動きが固まった。
「えっと、莉愛、これは莉愛が買ったのか?」
「いえ、小さい時にお父様のパーティに来てた人からもらいました」
「あははっ……、そ、そうだよな」
多分これ、莉愛のためだけに作られたものだ。
しかも、勇吾さんのパーティに呼ばれるほどの人……。どこかの社長かそれに近しい人物だろう。
つまりここには俺が知らない世界が――。
衝撃が大きいマスも出てくるかもしれないな。
気合いを入れてやらないと。
大きく深呼吸をすると真剣な表情を向ける。
◇
「それじゃあ駒を選んでいくよ。莉愛ちゃんは自分のがあるからいいよね?」
「は、恥ずかしいです……」
普通なら棒人形みたいな駒なのだが、なぜかいくつかはやたら本人とそっくりな顔が駒に描かれていた。
そして、そのうちの一つが莉愛の駒だった。
まぁ、莉愛用に作ったと考えたら当然かもしれないな。
ただ、どこか幼く見えるのはもらった時期によるものなのだろう。
「あ、有場さん……、あまりじっくり見ないでください。恥ずかしいですから」
莉愛が顔を染めているが俺は呆然と駒を眺めていた。
さすが莉愛。ここまでのことをしてもらえるのか……と感心していた。
「私たちはどうしようかな? お兄ちゃん、これはどう?」
伊緒が渡してきたのは勇吾さんの顔が描かれていた駒だった。
まぁ莉愛と一緒にしそうな相手……と考えると勇吾さんが挙がるのはわかる。
でもそれを俺に勧めてくるのはどうなのだろう?
「いや、流石にこれはな……」
「だよね……。でもそうなると……このモブAでいいかな?」
点で顔が描かれているモブ顔の駒を渡してくる伊緒。
まぁ勇吾さんの駒を使うくらいならモブの方が良さそうだな。
素直にその駒を受け取ると伊緒は意外そうな顔をしていた。
「本当にそれでいいの、お兄ちゃん?」
「あぁ、どれでも変わらないからな」
知らない人がリアルに描かれている駒を使うよりはまだモブの駒の方がマシだ。
「まぁ、そうだけど、それなら私は……」
伊緒は自分の姿とはまるっきり逆の、スタイルの良い女性の駒を選ぼうとする。
ただ、さすがにそれには突っ込まざるを得なかった。
「いやいや、それは違いすぎるだろ!!」
「そ、そんなことないよ! 私も将来はこんな感じの体になるんだもん!」
いや、それは無理があるんじゃないか……。
伊緒の体に視線を送る。
見事なまでのロリ体型。まだ高校生と言うことを考えるとワンチャンあるかもしれないが、さすがにこの駒のようにグラビアアイドル顔負けのスタイルにはならないだろう。
すると彼女は頬を膨らませていた。
「まだまだこれから成長するの!」
するとその伊緒の言葉に莉愛もそっと自分の胸に手を当てていた。
そして、心配そうに俺の方を見てくる。
「そ、その……、私もそれほど大きくないですけど……有場さんはその……」
「莉愛ちゃんも私よりあるよ!」
もぞもぞと心配そうに聞いてくる莉愛。
ただ、その言葉を聞いて更に伊緒が大声を出す。
「もう、いいもん。私はこの駒を使うから!」
結局伊緒はスタイルの良い女性キャラを使うことにしたようだった。
そして、三人のキャラが決まったところで駒をスタートの位置に置く。
「えっと、最初は全員に三百万ドルを配るんだよね?」
「いや、額が多すぎないか?」
「そんなことはないですよ。このルールだとそうみたいです」
まぁルール上そうなっているだけでそういうものだと思っておこう……。
「それじゃあ順番にルーレットを回していくよ。大きい数の人からスタートしていくからね。まずは私から……。『3』か」
伊緒が少し残念そうにする。
確かこの類いのゲームは先に始められた方が有利だったはずだ。
まぁ、遊びなんだから軽い気持ちでやってみるか……。
「次は私です。……。『6』でした」
「最後は俺だな。……。『1』!?」
「あははっ……、お兄ちゃん、運が悪いね。それじゃあ最初は莉愛ちゃんからだね」
「うん、始めて行くね」
莉愛がもう一度ルーレットを回す。
すると今度は『5』の数字が出てくる。
「一、二、三……」
莉愛が一つずつ数えながら駒を進めていく。
「えっと、『お年玉をもらう。百万ドルもらう』」
百万ドル……一億円か……。
……っ!?
「一億っていくらなんでも……」
「少なめですね」
「私はそのくらいじゃないかなって思うよ?」
「私は逆にお金でもらうことがほとんどなくなりました。お札も数が増えると結構重たいので……」
一体どのくらいもらっているのか……というのは怖くて聞きたくなくなってきた。
でも、莉愛の場合いろんな人からもらうだろうからな。
……とりあえずこれはゲームだ。
気にする必要はない。ただのゲームなんだから……。
とりあえず冷や汗をかきながらゲームを再開する。
「次は私だ! 大きい数字出すよー!」
伊緒が気合いを入れてルーレットを回す。
しかし、その気合いは空回りしたようでルーレットが指し示した数字は『1』だった。
「うそ……一って……」
伊緒が駒を動かす。
ただ、そこに書かれている言葉を見てがっくりと肩を落としていた。
仕方ないので代わりに横で読んでやる。
「えっと、『株投資に失敗。二百万ドル払う』」
「うぅ……、私だったら失敗しないのに……」
まさか伊緒が株投資を……!?
いや、まさかな……。学校の試験ですら困っている伊緒だからな。
そんな、大金をかけて投資なんて……。
なんだろう、この心臓に悪い双六は……。
冷や汗を流しながら俺もルーレットを回す。すると出てきた数字は『10』だった。
「おっ、最大の数字だな」
「ぐっ、絶対追い越すからね……」
伊緒が悔しそうにしている中、駒を進ませていく。
そして、止まった位置に書かれていたのは『運命の人に出会う。その人に目を奪われて一回休み』。
「えっ?」
俺は莉愛の方を向いてしまう。
「どうかしましたか? 私が読みましょうか?」
不思議そうにする莉愛が駒を読んでいく。
するとようやく俺が視線を向けていた理由がわかり、莉愛自身も恥ずかしそうに顔を染めていた。
「うん、熱々なのは良いことだけど、お兄ちゃんは一回休みね。この間に追い抜かすよー! じゃあ次は莉愛ちゃんだね」
「……」
莉愛は呆然と顔を赤くしてどこかを見ていた。
「莉愛ちゃん?」
「あっ、はい。わ、私の番ですね。うん、そうですよ。では行きます!」
我に返った莉愛は慌ててルーレットを回す。
「『4』……ですね。有場さんのすぐ後ろ……。えっと『知らない誰かに命を助けてもらう。二歩進む』。助けてもらう……」
えっと、この双六は予言か何かなのか?
いや、よく想像するようなシチュエーションなんだろうな。
「じゃあ次は私!!」
伊緒がルーレットを回す。
「うぅ……。『3』……。全然進まないよ……」
伊緒ががっくりと肩を落としながら駒を進ませる。
でも、止まったマスを見て一気に元気になっていた。
「えっ、やたー! 『リムジンの送り迎えをしてもらう。次から出た数の倍だけ進むことが出来る』だって!!」
嘘だろ!? いや、このゲームは最終的にお金をたくさん持っていたら勝ちのゲームだからいくら進むのが早くなっても一着ゴールのボーナスくらいしか良いところはないな。
……いや、それよりも当たり前のように送り迎えがリムジンなことに突っ込むべきだったな。
だんだん俺もこの生活に浸食されてきたみたいだ。
そのことを少し悩んでしまう。
◇
それからしばらくして職業が決まるゾーンまでやってくる。
「ここで決まる職業によって勝敗が大きく分かれますからね」
うん、それはわかるけど、ここに書かれている職業……。
いや、気にしたら駄目だよな。
よくあるタレントやフリーターと言った職業もあるわけだし……。
うん、でもなんだろう。ここに書かれてる石油王とかマンションオーナーとか……。
いや、まだその辺りは俺でもわかるか。
親にねだるってなんだよ!? もはや職業じゃなくなってるだろう! しかも毎回一千万ドルもらうって……。
それにヒモ――。いや、俺は何も見なかった。あぁ、もちろん何も見なかったぞ!
そんな突っ込みどころ満載の職業なのに莉愛達は何も言わない。
これは俺の常識がおかしいのか?
これから莉愛と一緒に暮らしていくのにこの感覚の違いは少し不安を感じる。
「私は断然ヒモ狙いだよ! だって働きたくないもん!」
高らかに宣言する。
「いや、考え直した方がよくないか……? 意外とヒモも大変だぞ――」
「……えっ? だって、毎回ルーレットの出た目×一千万ドルももらえるんだよ? この中だとそれ以外何を狙うの?」
「あ、あぁ、そうか。そうだよな……」
現実とゲームを混ぜて考えたら駄目だよな。
いくら俺がゲームのような生活をしていると言っても……。
「それじゃあ私からですね」
莉愛がルーレットを回す。そして、止まった先に書かれていた職業は『美人秘書』だった。
これ、男が当たる可能性を考えてないよな?
まぁ莉愛へのプレゼントと考えたらそうなるか……。
でも、莉愛だったら似合いそうだよな。
ふと、脳裏にスーツ姿でスケジュール管理してくれている莉愛をイメージする。
それもいいなぁと思う。
まぁ実際は勇吾さんの会社に勤めるんだろうけどな。
「莉愛ちゃん、残念だったね。毎回五百万ドルしかもらえない職業だね」
「もう少しもらっても良いと思うんですけどね」
ゲームの話……でいいよな?
だんだんと何の話をしているのかわからなくなってくる。
「次は私だよ!」
伊緒がうれしそうにルーレットを回す。
ただ、こんな時に限って出た数字は『10』。
倍の速度で進んでいく伊緒は職業エリアを軽く越えていってしまう。
つまり……。
「ふ、フリーター……。そ、そんな……」
がっくりと手をついてうな垂れていた。
その間に俺はフリーターに書かれていた効果を読んでいた。
『毎回、ルーレットを回して出た目が『1』~『5』ならその数字×100万ドルもらえる』
ま、まぁ、このゲームだと最低の金が百万ドルだから仕方ないんだけどさすがにもらいすぎだろう……。
「さて、それじゃあ次は俺だな……」
ルーレットに手をかける。
ゲームとわかっているが、出来ればちゃんとした職業に就かせてくれ。
心でそう祈りながら勢いよく回す。
そして出た数字の分、駒を進ませる。ただ――。
「いいな、いいな。お兄ちゃん、ヒモになれるなんて!」
伊緒がうらやましそうに見てくるが、俺はただ乾いた笑みしか浮かべられなかった。
それを察してくれた莉愛も同じように苦笑していた。
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