檻の下

ふうらいとただいち

檻の下

鳥達の声が聞こえる。

窓の外に目をやると、鳥達はぴちゅぴちゅ歌いながら、くるくる踊っている様に見えた。

薄暗い部屋の中の幼い僕は、それを眺めることしか出来なかった。

それでも僕は、寂しくなかった。


この部屋の扉は、外から鍵が掛かっていて、僕はここから出られなかった。

古くて文字の多い本を、何回も、何回も読み返して毎日を過ごした。


そんな生活の中でも、ひとつだけ確かな楽しみがあった。

夜になれば父さんが、扉を開けてこの部屋の中にやって来るのだ。パンとスープを持ってやって来る。そうして父さんはいつも、決まって僕をぎゅっと抱き締めてくれるのだ。


がちゃり。

その晩も鍵が開く音がした。

僕はぼろぼろの本をそこら辺に置いて、父さんを迎えた。

父さんはパンとスープを僕の側に置くと、優しい声で「変わりはないかい」と訊ねた。僕は応えた。

「あのね、今日は、ぎらぎらぎらぎら光る、銀の鳥を見たんだよ。窓の外の木の枝の上に止まっていたんだ。ぎらぎらぎらぎら光るだけでも可笑しいのに、銀の鳥は喋ったんだ!僕を見つめて、"閉じ込められて可哀相なお前には、その背中に翼をあげよう"って。けれど僕が、"父さんが一人になる方が可哀相"って言ったら、銀の鳥は何処かへ飛んで行っちゃったんだ」

父さんは僕の目を見つめて「ありがとう」と微笑んだ。そしてその大きな腕で、いつもよりそっと、優しく抱きしめてくれた。



銀の鳥を見てから、暫く経ったある日。

がちゃり。

どうしてか、朝方にやって来た父さんは言った。

「父さんは銀の鳥を見つけ出した。これでお前も自由だ」

床に伸びた父さんの影には、確かに大きな両翼が生えていた。父さんは部屋の鍵を僕の足元に投げ捨てて、走り去って行った。

「待って父さん!」

僕は慌てて追い駆けた。その大きな両翼を見失わない様に、ひたすら走った。


そうして辿り着いたのは、高い高い崖の上だった。

「父さん!どうして!」

父さんは振り返りもせず、崖の縁に歩んでった。僕の叫びは、言葉は、もう届かない様だった。

両翼を羽ばたかせて、風に乗るかと思った瞬間…………真下に落ちていった。

ひどい音がした。僕は恐る恐る崖の下を覗くと、弱々しく手を振るそれが見えた。


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それは、崖の上から落ちた衝撃で脚が壊れた。どうしたってもう、一人での歩行は困難になった。どこにも行けないこの鳥人間の為に、人里離れた山奥にお家を作って入れてあげた。

頑丈な鉄格子で作ったお家。外からしか開けられないのに、中身はいつでも丸見えのお家。いつか本で読んだ鳥籠の様だった。


僕が朝食のパンとスープを持って行くと、鳥人間は決まって「ここから出して、出して」と喚き始めた。けれども煩いのは明るい内だけで、夜になれば大人しく羽を畳んで眠りについた。時折、啜り泣く声が山の中に響いていた。


僕と鳥人間との日々は暫く続いた。


ある日、偶然に通りかかった樵が、鳥人間を見て町中に吹聴したらしく、珍しいもの見たさに人が集まってきた。丁度食料とお金が尽きそうだったので、来た人々に見物料を払わせた。この見世物が日増しに繁盛していくのと反対に、鳥人間は、なかなくなっていった。


がちゃり。

ある朝、僕は鳥籠の扉を開けた。

「僕は鳥になる方法を見つけたよ。これで父さんは自由だ」

怯えた目をした父さんに、僕は微笑んで小さく手を振った。

扉を開いたままの籠から離れて行くと、聞きなれたなき声がゆっくりとフェードアウトする。

なかなくてもいいのに。もう、父さんは自由なのだから。


僕が自由になる方法は金色の鳥が知っている。僕はそのことを、父さんを放った数日前に知った。

やっと見つけた巣の上で、金の鳥はきらきらきらきらと輝いていた。金の鳥は僕を一瞥すると、いつか見た鳥と同様に、人間の言葉を話し始めた。

「完全な鳥になったら、二度と人間には戻れないよ。それでも良いの?」


僕は静かに頷いた。


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気が付けば空を飛んでいた。

羽ばたく度に視界は上昇し、風に乗れば何よりも早く空を駆ける。

ふと、目を凝らして人間達の生活を見下ろした。朝から晩まで働いて、泥だらけになって、くたくたに疲れて、眠って、起きたらまた働いて。ずっとずっとその繰り返し。ダサくて、クサくて、トロくて、小さくて、馬鹿みたいで、ふざけて叫んでみると、鳥の鳴き声があがった。


僕はそれから遠くへ、遠くへ飛んで行った。

本でしか知らない景色を、この目で見に行った。

それは、きっと綺麗だった。多分、きっと綺麗だった。

けれども…………何を見ても考える。

「父さんもここへ来られたなら」


僕は結局、父さんを一日たりとも忘れられなかった。

ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。


忘れられない。



空を見上げると、嫌になるほど何もなかった。

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檻の下 ふうらいとただいち @huraitotadaichi

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