雑居ビル一階の魔法道具職人(アイテムクラフタ)
第22話 職人のイメージ
『本日も、ご利用、ありがとうございます。次は、日之出本町、日之出本町、です。お降りの際にはお足元に、十分ご注意下さい。お出口は、ひだりがわ、です。快速電車、ご利用のお客様は、お乗り換えです。次の、日之出本町、の次は、日乃出町東、です。この電車は、終点、まで、全部の駅に止まります』
加速する電車の中。モーターがうなりを上げ、鉄の
車内のアナウンスは、次の駅が振興会へ行くときの最寄り駅であることを告げる。
大きな建物は目の前の学校しか無い、うつくしヶ丘駅とは違って結構大きな駅であり、この近辺ではそこを中心にお役所の建物なども集中している。いわゆる街中である。
そしてこれから会いに行こうという
「山の中じゃないんだ」
「……うん?」
「民芸品を作る職人さんって言ったら田舎の山の中、みたいなイメージが……」
「伝統と文化を、街中に住む人達に再認識してもらいたいのだとか。まぁこれは、お姉様経由で聞いた話ではあるけれど」
――ついでに、と言ったら怒られるかも知れないが、週末には体験教室的なものも開催しているのだとも聞いた。
これも桜としてはだいぶイメージが違った様だ。
「いかついお爺さんが、『何しに来た? あぁん? ――振興会からじゃ仕方ねぇ。突っ立ってねぇでとっとと
イメージとして大きく間違って居ないのだけれど。
しかし、会ったことも無い桜にそれを伝えたところで、
「……や、山の中では会いに行くだけでも大変だから。
それにアイテム絡みの案件が出たとき。監理課や技術課の人達が、いの一番に相談に行く人でもある。現状は振興会東京本部から歩いて五分。
山の奥に住んでいたら移動だけでも厄介だ。
先日の無限コンビニの件で押収したタクトも、今のところ彼の元に預けてある。
「そりゃそうだ。――それに街中に居るんだし、今時取っつきにくい人じゃ、普段の生活だって大変だろうしねぇ」
だからといって別に人好きのする人だということでも無い。
それも事実であるが、今は伝える必要は無いだろう。
第一印象が悪くなるような、ネガティブなイメージを伝える必要は無い。
「ねぇ華ちゃん。今度さ、週末の体験教室、一緒に行ってみない?」
「私は別に……。まぁ桜に興味があるというのなら」
だいたいその週末の体験教室だって。
本人は基本的に週休二日で土日は休み。これも桜の“職人”のイメージが更に崩れそう。なのでせっかくその気になってくれていることもある。
今は黙っておく事にしよう。
本当に桜がアイテムクラフタに成れると言うならば。
魔法と結界、両方自前で何とか出来るB+の私とであれば、アンクラスドである桜であっても振興会の“仕事”でバディを組む、それは可能になる。
元々はその為にアイテムクラフタ向きの人材が居ます! と私としては珍しく、アイリスや会長にも積極的に直訴した。
その結果としての今日である。
何事もモチベーションは大事なのだ。
それに実際問題。アイテムクラフタ自体、常に人材が足りないのは本当。見習いだろうと初心者だろうと、本当に確保出来たなら。
それはそれで大助かりなのである。
執行部としても現在は外部に頼るしか無いアイテムクラフタ。
これを組織内に抱えることができれば。この意味は相当に大きい。
現地での執行時にアイテムクラフタが同行出来るというなら、それだけで助かる場面と言うのは、間違い無くあるからだ。
それにアイテム解析にしても、クラフタの都合などの考慮は無しで全て内部だけで処理ができる。
当然それに越したことは無いし、単純に窓口が増えると言うのも見逃せない。
そしてこの件に関して言えばどんな理由よりもただ一つ。
何よりも。私が桜とコンビで仕事ができる、バディを組める。
つまり、仕事であっても一緒に居られる。その可能性が高くなるのが良い。
大葉さんやお姉様と組みたくない、というわけでは無い。
もちろんそうでは無いのだが、私はそれが叶うなら桜と組みたい。
要するに今回に関しては色々と諸事情あるので、桜のやる気がアクションを起こす前から減ってしまっては、執行部統括としても私個人としても困る。
と言うことだ。
そう、この場合。桜のモチベーションは私にとっても重大事。
やる気が減ってしまったら、複数の意味で困るのだ。
「振興会の近所にある雑居ビルの一階、なんだっけ?」
「あと、地下も工房で使ってる。……アイテムクラフタとしての工房はその地下の半分を使っているの」
地下の工房自体の入り口、それは作品の並ぶ陳列棚の近所にあってお客さんに開放している。
作業の工程を見てもらうことも商売の内であると、言葉は悪いがいかにも“頑固爺”の彼が、そこは意外にも進歩的とも言える考え方をしているからだ。
だから時間が合えば地下に下りると、彼自身や彼のお弟子さん達が木工細工にいそしむ。その姿を間近で見ることができる。
のみならず、都合が合えば道具や作品を触ることさえ出来る。
「そういうの、見てみたいなぁ」
「今日はお休みの日だけれど、今度行く時。誰か仕事をしている人が居ると良いね」
一方で。個人的な生活スペースである、として地下の非公開の部分。
アイテムクラフタとしての作業はそこで行う。
あからさまに普通の木工細工では不要な工具や機械があるからだろう。
「普通の木工細工の時とは違う場所なんだ」
「入り口が完全に違うの。下りる階段も、彼しかカギを持っていない」
あからさまに型遅れのレジスターと、時代を間違えたかのような電話機。そしていかにもな日めくりと紐で綴じられた伝票が載る、店の奥のカウンター。
その後ろにお弟子さん達さえ入れない、地味なドアで閉ざされた下り階段はある。
他の客が居るときにお姉様がその扉をくぐるときは、――彼女は自分の孫であるのでプライベートスペースに入れるのだ。と言う設定になっている。
それに関して、実は。現状使っている戸籍では私はお姉様の義理の妹になっている。
見た目どころか。誰が見たって二人の間に姉妹として共通する部分がない。
義理だとしても何一つ、ない。
とも思うが、当然の様にこれはお姉様がごり押しした設定だから仕方が無い。
いかにも適当ではあるが、紹介される時に、一応妹の前に“義理の”。が付いているのが、設定に気を使っている部分なんだろう。
強引すぎるのが功を奏して、大概それ以降は誰も、なにも言わなくなる。
だいたい、サフランと月夜野。そもそも名字が違うというのはどうして居るのか。全くもって理解ができない。
「いかにもな秘密組織の構成員と協力者だね」
「そう、かな……」
……まぁ。相も変わらず良く分からないが、その感じ方が桜なのだろうし。
その設定が気に入ってくれるなら、快く聞いてくれるかは別にして。
彼女を孫だという事にしてくれ。と、彼に頼むのも一つ、手ではある。
桜のモチベーションは何より大事。
私が彼を苦手にしてるとか、その辺は無視。
むしろ、現状にあっては桜には開示すべきで無い事案だ。
『えー。本日もうつくしヶ丘線のご利用、ありがとうございます。次は、日之出本町、日之出本町です。お出口変わりまして左側です。お忘れ物等ございませんようお手回り品ご確認下さい。JRご利用の方はこちらです』
ブレーキがかかってぐっとスピードの落ちた車内に車掌さんのアナウンスが響く。
まもなく到着であるらしい。
『……東京方面への快速電車、着いた二番ホームからお待ち合わせ、えー、八分ですが、終点までこの電車の方が早くまいります。次の日之出本町を出ますと日之出町東です。お降りの際お足元、ご注意下さい。まもなく日之出本町、到着です』
ピンポン。チャイムの音が鳴った後。
プシュー、ゴロゴロゴロ……。
鉄の扉が無造作に開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます