第21話 桜、立つ?

 ピ。……枕元に置かれた照明のリモコンが桜の手の中で鳴る。

 これで5分後には照明が全消灯になる仕組みだ。


「華ちゃん、寝るまで手、握っててね?」

「うん」



 桜の部屋に転がり込んだ日。寝間着、と言うモノの持ち合わせがそもそも無かった私に桜は自分の部屋着を貸してくれた上で、一緒のベッドで寝せてくれた。


 後日、呪いの書の一件が終わった後にお姉様が桜に、――“ご褒美”を出しましょう。と言った次の日曜日にベッドはダブルサイズになって、布団もダブルになった。


 それを見たお姉様は何時もの微笑みを絶やさず。

「……良い、ご趣味ですわね」

 とだけ言った。


 当然ベッドや布団の選び方にそう言ったわけも無く。

 ――ありがとうございます。と返した桜が気が付いていないだけで、絶対に色々誤解していると思うが、誤解を解く必要性をあまり感じない。


 だって、誤解があろうが無かろうが、桜が私と自発的に一緒に眠りたいのだ。

 と言う部分は同じだから。


 そして何より。現状、私はその事実に関して感謝こそすれ、迷惑は被っていない。

 だったらお姉様の誤解を解く、等と言う必要以上に難易度の高いミッションを私がこなす必要は無いだろう。



 それより以前は、何しろシングルサイズのベッドである。

 私が一緒に寝ていて邪魔では無いのか、と聞いた時。


「暗い部屋で一人で寝るのは怖いんだよね。だから華ちゃんが来るまでは、照明点けっぱで寝るときも良くあったんだ」


 私の幼少期は、下水管の中や橋の下、崖の隙間や建物と建物の間、何かの動物が作った藪の中のくぼみ。寝床はいつだってそうだった。


 日本に来た後も数年間。誰もいない真っ暗な事務所の床に、タオルを一枚敷いただけで丸まって寝ていた。

 そういう人間には理解し難いメンタルではある。


 但し、似たようなことはクラスメイト達も口にする。

 つまり、暗いところが怖い。

 一般的な女子高生の感じ方とは、こう言うものなのかも知れない。


「何が怖いの? 幽霊的なモノ? それとも悪夢? ……暗所恐怖症、というわけでもないようだし」


 恐怖の対象を絞ることが出来れば取り除くことも可能だろう。

 しかし、果たしてそれが幽霊の類だった場合、私に取り除き様があるのか。

 判断に苦しむところではある。


「……そう言われると具体的では無いなぁ。ただ周りが暗いとね、部屋に一人でいる、と言うことに気が付いちゃうのが怖いの。――でも今は華ちゃんが居るから真っ暗でも平気、ゆっくり眠れる!」


 そう言ってぎゅっと抱きつかれた。

 私はこの時、――あぁ、もう死んでも良い。と半ば本気でそう思った。



 ……大事なことなので何度でも言う。私には同性愛の属性は無い。

 そういう意味では女性より男性が、幼少期の体験を経てなお気にかかるのは事実。

 ぼんやりとあこがれるのは、何時だって男性に寄り添う自分の姿。


 仁史君と知り合って以降。決して叶うことの無い妄想の中で私の隣に立つ男性は、ぼんやりではなく明確に彼になったのだが。


 それはさておき。私には、だから同性愛の嗜好などは無い。

 そして多分桜にもそんな気は更々ない。とは思うのだけれども、でも。

 但し。桜からそう言われたら多分断らないだろう、とは思う。



 経験こそ無いが、男女間で何をどうするのか、それは良く知っている。

 もっともそれが女性同士となれば、はたして何をどうすれば良いのかなど、知るはずも無いのだが。

 それに私の身体に、他のだれかが女性としての性的魅力を見出してくれるものなのか。

 その辺については全く自信は無い。

 けれど桜がそう望むのなら。断る理由も必要性も私には無いと言う事だ。


 今のところ私のことは、“(自身よりもかなり)大きな抱き枕”。程度に思ってくれているのだと思うが、それは果たして私にとっては幸い、なのかそれとも、不幸にしてなのか。その判断は私にはつかない。


 とにかく、寝つくまで5分間限定の抱き枕であろうと、レズビアン的な要素であろうと、桜が私を必要としてくれている事実。

 それだけあれば生きていけるし、死んでももう悔いなど無い。

 そういう事だ。



 世の中から不要不必要以前に、そもそも居ることさえ無視され、つまはじきにされていた私。振興会から拾われた後も、魔法使いクロッカスとしては重用されたのだが、ミドルティーンの女の子としての私個人。それを必要としてくれる人は居なかった。


 その私に初めて価値を見出してくれた、私が自分にとって必要なのだと、一緒に仕事をするわけでも無いのに相棒バディなのだと。迷わずそう言い切ってくれた。

 私の様な者のために涙を流してくれたのが桜なのである。



「そう言えば、明日は部室には行かないでお出かけするんだっけ? 一応部活の一環なんだよね?」

「表向きは木工の民芸品などを作る職人さんなので、彼に会いに行くなら部活の範疇なのだとお姉様が。――そのお姉様に“用事”が出来てしまったので、同行するのは私になるけれど」


 用事の内容は言わずもがな。

 諜報課と連携して行動する以上、“分室長”が居ないのは不味い。

 ……などと。いつから振興会の分室になったのだろう、愛好会。

 あのちょっと気の抜けた感じの集まりが好きだったのに。


魔法道具職人アイテムクラフタか。どんな人なのかな。……職人って言ったらお爺さんみたいなイメージだね」

「見た目はそれで合っているわ」


 御年七〇歳にして現役の木工職人。

 そして本来はお姉様の知り合いなのであって、私は多少苦手にしている人でも有る。


「頑固爺さん的な?」

「……大きく間違っては居ないと思う」


「私の事、気に入って、弟子にしてくれるかな?」

「別に話を聞きに行くだけであって、弟子になるとかそういう話は……」

「職人ってなんかカッコいいと思うんだよね!」

 まぁ、何しろ桜なので。

 感じ方は私の理解が及ばなくても、それは仕方が無い部分はあると思う……。


「私ね、魔法道具職人アイテムクラフタになりたいんだ、そして華ちゃんの役に立ちたいの。……バディだなんて言っては見たモノの。いつだって華ちゃんの足、引っ張ってばっかりで役に立たないし」


「桜は私より、よほど世の中の役に立っていると……、いずれ明日の放課後、一緒に行きましょう。全てはその後に決めれば良いこと。今ここでどうこう言っても何も始まらない」

「そうだよね。適性の有る無しも当然見てもらわなくちゃだし、そのあと、だよね」

 ここで5分が過ぎたらしく、天井の照明はすぅ。と、音もなく徐々に暗くなり、常夜灯のオレンジの明かりを数秒経由して、部屋は完全に暗くなる。


「おやすみ、……明日はよろしくね?」

 そう言って桜は私の手を握る。


「私が何かをするわけでは無いけれど……」

 なりたいのであれば全面的にバックアップする事はやぶさかでは無い。

 むしろ全力で後押しをしたいくらいなのではある。


 だが、果たしてそれに関して私に出来ることとなると。

 桜を職人さんと合わせる以外で何かあるのだろうか?

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