第20話 魔法使いの上下
「当たり前だけど、他の国にも魔法使いは居るんだね」
夕食を済ませて桜のアパートの部屋、大きいとは言えないお風呂場。
今は私が浴槽に浸かり、桜が髪を洗っている。
――友達同士なら一緒に入るのが普通でしょ? 居候に来た初日から、桜は何事も無くそう言い切ると、私の身ぐるみを剥ぎ取りお風呂場へと放り込んだ。
それから毎日。こうして今も一緒にお風呂に入っている。
そもそもお風呂に入る、と言う習慣が無かった(とは言え振興会に居た時も浴槽は無かったが、シャワーくらいは浴びていた。別に身体を洗う習慣が無かった、と言うわけでは無い)私は、だから普通のことなのだろう、と思って受け止めていた。
日本での普通、これを計りかねていたと言うのもあるし、お姉様が
――女子高生のテンプレートとして、桜さんの言動を参考にするように。
と言われていた以上。普通なのだろうと思っていた部分もある。
だがクラスメイト達と話をする内に、実は少し普通とは違うのでは無いか?
と言う気がして来ているのだが、この習慣は素知らぬ顔をして続けている。
そんな顔を作れる程度には女子高生らしくなったのだと思う。
温かいお湯、湯気、シャンプーの匂い、何気ない桜との会話。
そんなどうでも良い事がとても大切なのだ。
シャワーを浴びるのは好きでは無かったし、その頃に立ち戻れば、ただ汚れを落とすだけの無駄な時間。として認識していた程だったのに、である。
今や一人でシャワーを浴びるような生活はきっと耐えられない。
人は変われば変わるものだ。
そして自分を人だ、と認識させてくれるのが桜とのお風呂の時。
とは、少し言い過ぎかも知れないが。
「日本よりも研究が進んでいるし、練習方法も洗練されているからクラスC以上も結構多い。その辺は歴史が長いから、と言えるかも知れないけど……」
「……そうなんだ」
湯船の中から桜が髪の毛を洗うのを眺める。日本語では首筋のことを“うなじ”、と表現する時がある。
彼女が髪を流すと完全に髪の毛が前に行って。
その、桜のうなじがあらわになる。その表現を一番意識する瞬間だ。
そのうなじから、プラスチックの椅子に座ってシャワーを浴びる関係上、丸くなる背中のライン、強調される肩甲骨と浮き上がる背骨。
そして頭にやった腕の隙間から少しだけちらちらと見える、いかにもやわらかそうな胸。
その膨らみの中心には、肌より濃いめでややピンクがかったベージュの円と、それに囲まれた頂点。
ここからの角度だといつも腕に隠されてほぼ見えないのだが、チラチラ見えるそれが更にエロティックさをいや増す。
同性の私から見てもこれは中々に
私自身、そう言った小説もいくつか読んだことがある
もちろんこれも、アイリスが振興会に持ち込んでいた彼女の蔵書である。
彼女の趣味趣向は一体何処に向かっているのか、全く理解が出来ないが、同性愛的なモノにはもちろん興味が無いし、芸術に
だが。毎日繰り返される、彼女が髪を洗うこの風景には見入ってしまう。
お風呂である以上はお互い初めから裸なのだから、一緒に入っている私に限って言うならば、桜の裸を見たい。と思えば最初から何処でもいくらでも。
こんなにも至近距離から“見放題”。であるにもかかわらず、だ。
彫刻や絵画に見入る人達はこんな感じだろうか。
解説書などに書かれている“美しいものは見ていて飽きない”。
と言うのが実感として良く分かる。
私の中ではこの瞬間は、美術館の裸婦画や裸婦像を見るのと一緒なのだ。
いや、宗教の教徒が宗教画を見るとき。こんな感覚ではないか。
……いつものことではあるのだが、いつまでも髪をシャワーで流し続けて欲しい。
「……? どうかした?」
桜は髪を流しながらも、こちらの気配に気が付いたようだ。
……だからすこし慌てて言葉をつなぐ。
少なくとも私は変態さんでは無い、と言い訳をするように。
「日本で魔法が体系化されて、振興会の母体が出来て。そこから他国と協定を結んだのは第二次大戦の終わって、更にだいぶ後だったので振興会には歴史が無い。だから他の国に見下される」
「見下しちゃうんだ」
振興会が現在の形を取って、本格的に活動を始めたのは昭和五〇年代。
歴史の無い日本は、魔法使いの“業界”にあっては“地位”が低い。これは本当だ。
「力の大小はあろうとお互い魔法使い、そこは何も変わりなど無い。と私はなどは思うのだけど」
コレは私が振興会に拾われて日が浅いから、だからそう思うのかも知れないが。
実際には私個人のものの感じ方の方が大きい気がする。
他の組織どころか、人と人との繋がり、関係、人間としての社会性。
そう言ったモノには桜の部屋に来るまで、全く無頓着に暮らしてきた。
その私から見れば魔法使いは魔法使い、それ以上でもそれ以下でも無い。
「魔法使いと言うだけでも珍しいんだから、みんな仲良くすれば良いのにね」
「別に喧嘩をしてるわけでも、バカにされているわけでも無い。ただ言葉に直せば見下されている、と言う事実はある」
老舗、格式、伝統。日本の振興会には何も無い。
とは言え他国の組織、例えば世界的に見ても、そこの部分に特に拘るイングランドの
個人的には拘るだけ時間と労力の無駄であるような気がしてならないが、それは歴史や伝統、文化。
そう言ったモノに、まるで無関心な私だから思うことなのかも知れない。
そういう自覚はある。
私はそもそも自分のルーツと言うものに興味が無い。
一応本物の戸籍はある。とアイリスには言われているし閲覧出来る環境にもある。
けれど見たいと思ったことがない。
私の両親、日本人としての本名、本籍地。見たくないのでは無くて興味が無い。
今の私にとってはそんなものは全く意味が無い。
閲覧すればあれこれ思い悩む可能性もある、それこそ時間の無駄だ。
今のところ私は華・サフラン。それで何も困っていない。
過去などはきっと、足に絡まって歩くのに邪魔になるだけだ。
自分のことでさえこうなのに、国や組織の歴史など、なにをか言わんや。である。
「二〇〇年より前ってどうだったんだろう。魔法使い自体は居たんでしょ?」
桜が身体を流して浴槽に入ってくる。
洗い場だって一人用、バスタブも当然、明らかに二人で入るような作りでは無い。
但し、華奢な桜となら女子同士。何とか二人で入る事ができる。
さっきの話の続きなら、彼女の胸に触ることだって可能だし、事実。故意に触ったことだってある。
まぁ、その時は私の視線に気が付いた桜に、――触ってみる? と言われたのだが。
それでも私が一番ドキドキするようなものを感じるのは、髪を流すあの姿。
桜は私の思う女性の理想像。
その理想がもっとも凝縮されているのがあの姿なのだろう。
頭の中が言葉にしみ出さないように気をつけながら、桜に返答する。
「いわゆる魔女などと呼ばれていた人達がそうではなかったか。等と言われてはいるけれど、二〇〇年より前には何一つ資料が無くて、実質的に
「
「自分たちの組織設立以降の歴史以外には興味が無いふりをしている。と、私なんかには見える」
過去に遡ることが出来ないのでそう見せているのではないか。
――クロッカスもそう思いますか? とは前にお姉様も言っていた。
要するに自分たちが知らないから、だから知らんぷりを決め込んでいるのだろう。
と言う事である。
「自分の知らないことには興味が無い。……オタクの典型例だよね、それって」
「……そうなの?」
世界の魔法使い最高峰の組織は魔法オタクであったらしい……。
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