第15話 思い出し笑いはあるが、思い出し怒(おこ)りと言う言葉はない

 一般人はもちろん、魔法使いや結界師でさえ完全にシャットアウトした公園内でまもなく捕り物を始める、と言う直前。

 見る事はもちろん感じる事も、結界師であってもアイテムや術式無しでは壊す事はおろか、触れる事も感じることさえ出来ないはずの結界。


 そこに何事も無く仁史君を連れた桜が入り込んだ。

 それだけでも既に話はおかしいのである。


 その上、後の検査でも二人共魔法適性は一切無く、完全に一般人アンクラスド


 そうであるにもかかわらず、桜は世界でも公式には私しか張れないはずの複雑な結界をアイテム、術式。何も無しで見破り、進入したあげくに、その結界内で時間と空間を歪めて見せた。

 仁史君も野良魔法使いの放った三千度を超える火の玉を、ほぼ完全に相殺して見せた。


 この二人は、桜の言葉を借りれば完全に“おかしい”のだ。



 ……話を、公園の野良魔法使い狩りに戻す。


 その対峙した魔法使いは、野良としてはあまりにも力が強すぎる。

 と判断した私は、えりに付けた魔力封印リミッタのピンズを吹き飛ばした。

 結果的に這々ほうほうの体ではあったが野良魔法使いの無力化、確保と、桜と仁史君の二人を保護する事には成功した。


 ちなみにその後。事前連絡無しで魔力封印を飛ばした件で、封印を作ってくれたお姉様にはこってりとお説教を頂いたあげく、執行時の行動に問題があったのでは無いかと疑われ査問会にかけられた。


 執行部統括課長の肩書きと、クラスB+のランクは取り上げられずに済んだものの、精神的苦痛は想像をはるかに超えた。

 だいたいほぼ同じ時期に学校では、人生初めての本格的な考査もあったのだ。

 こちらは、努力も届かず英語以外の全教科で補習が決定。となった。



 ……。

 百歩譲って。私のちっぽけなプライドを傷つけた事は良い。

 良く々々考えれば、多少大きな力を使えるだけの私がそんなものを持っていた。

 その方がおこがましい。とは、今なら自分でも理解できる。


 むしろその部分、意味も無く延びた鼻っ柱をへし折ってくれてありがとう。

 と、感謝しなければいけないのかも知れない。


 但し、桜を危ない目に遭わせ、仁史君に怪我をさせたこと。

 それについては何度も謝られたし、当人達も


 ――その後、逆に助けて貰ったんだからおあいこ。って言うことで良いじゃん

 ――サフランが気にしないでも良いんだよ。俺は大丈夫だから。


 と言ってはいるが、私はそれについてだけは今でも許していない。



 だから柊先輩を捕縛した話を聞く度、私が不愉快さを散じるのは当然なのだ。

 桜とお姉様は許してくれないだろうが、機会があれば今でも。

 この男のあばらの二,三本くらいは貰っても良い、そう言う権利はだから私にある。と思って…………。



『華ちゃん華ちゃん、華ちゃんってば。――眉毛がちょっと、怒ってるよ……?』

 桜がそっと耳打ちしてくる。既に表情に出てしまっていたようだ。

 柊先輩はと向かいを見れば、こちらから目をそらし、狭いパイプ椅子の上でも、出来る限り私から距離を取ろうとしているのがわかる。――全く。


『だ、大丈夫。怒ってない。……元からこんな顔だったはず』

『普段はもっと可愛いよ? ……華ちゃん、落ち着いて』

『大丈夫、本当に。怒ってないから……』


 怒っては居ない、面白くないことを思い出して不愉快なだけだ。

 彼のあばらを三本ももらえれば、この気持ちも落ちつく気がする。



「なるほど。柊先輩の振興会入りの経緯も含めて、確かに秘匿しておかないと問題が出そうな話ね。特にお二人は 魔法使いでは無いアンクラスド。力の発動条件さえ判れば振興会わがくににおける大きなアドバンテージになるわ」


 腕組みで窓枠にもたれていた百合先輩は、お姉様の頭越しにこちらを見る。。

 お姉様の話に納得したのかしないのか、リアクションだけでは良く分からない。


「そういう事ですわ。いずれ他国の干渉は出来れば避けたいところですしね。当然百合さんはご存じでしょうけれど、アメリカの合衆国US特殊技術調査委員会.S.S.Cは桜さんの起こした時空間のねじれが時空魔法では無い、と看破した様です。イングランドの伝統技術監理協会ザ・アソシエーションも。仁史君の相殺の波動を検知したらしく、問い合わせに対してこちらが“好意で”供出した、華さんが相殺した。とする資料に、今でも疑念を抱いている模様ですから」



 今のお姉様の話で気になる事。

 ……外国の振興会にあたる組織のエージェント、それが結構この付近にいると言う事。

 

 今回。資料の提出を求めてきたのは、世界で初めて魔法を体系化し魔法使い二百年の歴史を作ったイギリス、わけても自身の組織の来歴と伝統に誇りを持つイングランド。


 そして魔法の使用方法については研究に余念が無く、防御も攻撃も、どの国よりも精鋭化し、振興会での監理課にあたる部署の情報収集能力も、当然精度の高いアメリカ。


 魔法使い在籍数世界ナンバーワンを誇るロシア、新興著しい中国や、魔法使いの育成に定評のあるフランスが絡んでいないのが不幸中の幸い、と言ったところか。



 桜の力が時空魔法では無い、として認識出来るなら都内に居るくらいでは足りない。


 少なくても半径五キロ以内に、大葉さんクラスのかなり優秀なレコーダーを配置。

 詳細に記録を取って、それを検証しなければそこまで詳細にはわからないはず。

 アメリカのSSCはかなり強力なレコーダを、公園の事件の時点でうつくしヶ丘に派遣している。と言う事になる。


 仁史君の波動に関して言うならば、そもそも私の魔法で相殺したのだ。と言うデータに異を唱えられるわけが無い。

 但しこれには仁史君の相殺能力発動時にうつくしヶ丘の町内に居なければ・・・・・。と注釈がつく。


 ならばイングランドの協会アソシエーションの関係者、しかもかなり高位の術者が、既にその時点でうつくしヶ丘に入り込んでいたことになる。


 いったい。ただの新興住宅地であるはずの、このうつくしヶ丘に。

 彼らを引きつけるなにがあるということなのだろうか。

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