第7話 あそこ、おかしい!

「一瞬誰かと思っちゃった、お疲れ様っす」

「お疲れ様です大葉さん。――厄介ごと、とは?」

 

 二〇台中盤、シャツを引っ掛けてチノパンのラフなスタイルの男性に返事を返す。桜の言うのはわかる。

 普段は用務員として学校に入り込んでいるので、最近では作業服を着ていない姿が変に新鮮に見える。


「諜報課がターゲットを追っていたんだが、どうやら“何か”あった。……三分おきのはずの定時連絡がもう、一五分以上ない」




 振興会には大きく分けて三つの部署がある。


 まずは振興会の経費や会計全てを司り、会長さえも逆らえない振興会最強の部署。東京本部長アイリスが部長を兼任する経理部。

 ここは本当に本職の事務員が朝から晩まで伝票をめくり、計算機を叩き、パソコンを睨んでいる。


 魔法関連の事案で実際に出動するのはお姉様が部長を務める執行部。

 その下には魔法使いが多く所属し、実際の魔法事件に直接対応する執行課。

 大葉さんを含めた多くの結界師が在籍し調査や監視などを主な役割にする監理課。

 そしてアイテム関連の調査、研究などを行う技術課などがある。


 更に、政府や国、他国の魔法協会のようなものとの折衝を主な役割にする総務部。

 配下には各方面と直接交渉や調整を行う総務課とそして。

 免許や肩書き、戸籍まで。あらゆる偽装工作を主な仕事にする庶務課も総務部の下。今の私がうつくしヶ丘の生徒で居られるのも、ここの“仕事”のお陰である。


 そして話の中に出てきた諜報課も総務部の一部署であり、ここは俗に言うスパイ活動を主な業務にする。仕事の内容のこともあり、比較的組織として内部的にはオープンな振興会でも、他の部署の人間がここと関わりを持つことはほぼ無い。

 諜報課の構成メンバーや人数さえ、把握しているのは会長の他、ここでも兼任で総務部長を勤めるアイリスのみ。私達は良く知らないのだ。


 但し、業務の内容が内容だけにメンバーは厳選されているはず。失敗は直接命に関わるだけで無く、振興会全体。場合によっては国同士の諍いにまで発展するからだ。

 必ずしも高位魔法使いハイランカー高位結界師ハイグレーダーでは無いにしろ優秀な人間が集まっているのだと聞いて居る。


 その彼らが、……しくじった?

 相手はかなり技量があるものとして、心してあたった方が良い。



「その上もう一つ、……クロッカス、これ。言いたいこと、わかるか?」

 大葉さんが、地図の表示されたタブレットをこちらに見せる。

「華ちゃん、その地図。……おかしい!」



 桜が“おかしい”と口にした時は要注意だ。何かしらの魔法絡みの問題がある可能性がある。


「どうしたの? 桜。――これは、……なんて事! 地図が理解、出来ない?」

 地図は地図。間違い無くこの周辺、とおみノ原周辺を映し出して居るはずなのだが。

 その事実以上のことが理解出来ない、そしてその事に違和感さえ感じない。


 辛うじて結界師としての本能が、理解出来ないことに対して警報を出しているだけだ。

 そして桜は魔法の使えない一般人アンクラスドでありながら魔法関連の違和感を“おかしいこと”として直接感じることが出来る。


 その二つを重ね合わせて考えれば自ずと答えは出る。



「この地図の中心は諜報課のエージェントが送って来てる位置情報だ。つまり」

「エージェントの人が、何かの結界に捕まりましたね……」

 多分これはそんなに生ぬるい話では無い、封印されてしまっている可能性がある。

 封印の種類によっては当然命が危ない。大葉さんも当然そこには気が付いている。


「この地図で良いんなら半径一キロに居るのは間違い無いが、地図がまるで理解出来ない上に、気配を全く察知出来ない。方向がまるでわからない」


高位結界師ハイグレーダー、そんなに野良で居るものでしょうか?」

 先日、“呪いの書事件"で捕縛した野良結界師もやはりグレード3相当の高位結界師ハイグレーダーだったが、常識的にそんなにたくさん居て良いものでは無い。

グレード1おまえが察知出来ないのならそうかも知れないが」


「あっち!」

 桜が唐突に指をさす。


「神代ちゃん、わかんのか?」

「大葉さん、私、その地図読めるよ? おかしいに気が付けば、それはもうおかしくない。でしょ? ――見える様になった、ロータリーの向こうだよ!」


 そう、彼女はそういう理屈で見えない魔法を目の当たりにし、触れないはずの結界にさえ普通に踏み込んでくる。

 魔法使いや結界師から見れば天敵のような存在、それが彼女、神代桜なのであり、それが故に要監視人物なのである。

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