第6話 サフラン先生の初級魔法講座
“とおみノ原駅"と書かれた駅舎をでる。
駅前のバス停前に待ち合わせのはずだが、今回コンビを組むはずの結界師、大葉さんの姿はまだ見えない。
「今回の相手は
「大雑把に言えばそうだけれど。……それのなにが疑問?」
「例えば華ちゃんは基本は
――ええまぁ。そこは間違っていないし、特におかしなところはないように思うが。
「魔法で投げつけた土の塊は、これは
「なんで急にそんな……」
「魔法で直接人体にどうにかは、できないんでしょ?」
……なるほど、疑問はそういう事か。
「土のボールを魔法でぶつける、これは大雑把には魔法で土を動かしていると言う理解で良い」
「まぁ、見た目もそうだよね」
「魔法で土が包まれている、と言ったらわかりやすいかしら。実際はそれだと
「齟齬はあるんだ。その方がわかりやすいんだけどなぁ」
「だから建前上、魔法が動かしている土なのでフィジカルブロッカは無効。でも実際にはそのようにはならない」
「ならないんだ」
「魔力が通過出来ても土そのものはブロックされてしまう。威力が落ちるのは否めない」
「わかんないなぁ」
口頭で説明が付くような簡単なものでも無いのだし。
ただ聞いた本人だってそこはわかっているはずで、ならばシンプルに答えるのが良いだろう。
「ある程度は結界に引っ掛かる、と言う感じに思って貰ったら良いわ。いずれにしろ魔法が有利。フィジカルブロッカは大葉さんも得意にしているけれど、彼が結界を張ったとしてもブロックされる率は最大5%も無い。一般的には99.99%通過する。けれど完全通過は無い、と言う感じ」
「むぅ、華ちゃんゴメン、もう一声」
「え、えぇっ? えぇと、ならば……。現象面だけ取り上げれば、土の塊はそのまま通過するけれど、一方土の粒子、と言うより端的に表面の
「なるほどぉ、なんとなくわかった。だから土やら炎やらが身体に当たると怪我をするんだね。あくまで魔力そのもので怪我をしてるわけでは無い、と」
かなり高等な理念を概念的にあっさり理解してしまう。
本当に自分で魔法の使えない
魔法使いならその理解の仕方もわからないでは無いのだけれど。
「そう言う感じ方、ね。桜らしいと言うか、なんと言うか」
「それからさ。今更なんだけど、
普通なら簡単に、単純に考えてしまうところに引っ掛かる。
そういう子なのだ、この子は。
「そこはきっと、桜の思っている通りで良い」
「と、申されますと?」
「火が燃えるには酸素が必要、風が運ぶ空気の中には当然土埃も含まれ、土は水分を含んでいるし、水素は扱いを間違えれば爆発する」
――つまり。
「つまり?」
「扱いやすいように考え方を簡単にしているだけ。本来はみんな
そして力が上がれば、また得意属性以外の魔法も全て使いこなすマルチエレメンタラーへと戻るのだ。
「むぅ……。わかったようなわかんないような……」
そう言いながらも、多分これである程度の概念は理解してしまうのだろうけど。
「桜にも理解出来ないことはある、か。ちょっと意外」
「どっちかと言えば、私の頭の中身は残念よりだからね。……それでも、時空使いだけが色々別枠なのは、理解出来た気がする」
自分で魔法を使うわけでは無いのにこの感じ方はすごいとしか言い様が無い。
「……あ! はーい華ちゃん先生。あともう一つ」
「今度は何? 私に答えられるような事だと良いのだけど」
「さっきの話の続き。魔法や結界そのものでは、人間を直接どうこうはできない」
確かにその通り。
それが出来るのは、本来の最高峰グレード1を超える、世界でただ一人のバリアマイトグレードA、生き物の時間さえ逆行させる超絶時空使い。ウィッチの称号を持つアイリスのみ。
「そう、そういう事になってる」
「そうするとさ、さっきの話で魔法でぶん投げた土のボール。これで怪我するとおかしくなんない? あくまで表面の土が身体に触るだけ、なんでしょ?」
「土の質量はそのままぶつかるから、重さによってはやはり怪我は避けられない」
「魔法もぶつかってるんじゃ無いの?」
「人体を魔法で直接、どうにかすることが出来ない。と考えれば良いわ」
「例えば?」
「火の魔法なら身体の近所に火をおこして、髪の毛を燃やすことは出来る。でも脳みそ本体に直接火を付けて焼き潰すことはできない」
この辺は何故かは誰もわからないのだ。
噴き出した血液を水の魔法で刃物に換えて投げつけることはできるが、相手の血液を逆流させる事はできない。
風の魔法で空気を極端に圧縮して切断することはできるが、肺の中を真空にすることもやはりできない。
土の魔法で胃の中一杯に泥を詰めたりと言うことは、それはできないのだ。
ウォーターカッターやサンドナイフで二つにすることはできそう。
時空魔法なら、事故で人間が霧散霧消したり存在そのものが消滅したりはするものの。
空間ごとずらすついでに身体を切断したり、と言うのもできない。
これはやってみたことはもちろん無いけれど、できないと思う。
野良狩り執行時。相手によっては脅しでそういう事を言うこともあるけれど。
やろうと思ったところで。感覚でわかる、それはできないのだ。
「いきなりエグい例えば、だね……」
「あ、ごめんなさい。そういうつもりでは」
「直接変質させることはできないけれど、逆にワンクッションおきさえすれば切ったり折ったり、それはおっけーなんだ」
「え? えぇ? えーと。……どう、なんだろう」
考えた事も無かった、そんなこと。言われてみればそれは普通にできているな……。
「遅くなったな、お二人さん。……ちょいと厄介なことになった」
突然後ろから、タブレットを持って困った顔をした大葉さんに声をかけられたところで、サフラン先生の初級魔法講座は終わった。
正直なところ、人にものを教える。と言うのは苦手である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます