第14話 シャンプー

(Lの時間…)

七海はオウム返しのように心の中で呟いた。

「さあ、お風呂がいっぱいになるまで、休憩しよう。」

翔平はシャワーを止めると、自動給湯のスイッチを入れ、七海の肩に手を回すと、そのまま七海の肩を抱くようにしてバスルームから出て行く。

七海もうれしそうな顔をして翔平を見上げながら寄り添う。

「翔平さん、お風呂が沸くまで、何か飲みますか?

 コーヒー?

 お酒?」

翔平は、悪戯っぽく「七海」というと、七海の顔を覗き込んで唇にキスをする。

「もう!」

七海は、少しはにかんだ顔をして笑った。


「じゃあ、ちょっとだけ待っていてくださいね。」

そう言うと、七海は整理ダンスから自分と翔平用のバスローブと自分用のバスタオルとファイスタオルを出すと、洗面所に持って行き、戻ってくると、ソファーに座っている翔平の横に翔平の方を向いてちょこんと正座して座る。

「コーヒー?

 お酒?」

七海は悪戯っぽい顔をして翔平に尋ねると、翔平は笑いながら「当然」と言って七海を抱き寄せ、横抱きにすると、七海の唇にキスをする。

七海も翔平の首に手を回し、翔平を求める。


「指、大丈夫?」

翔平は優しく七海の耳元で囁く。

「まだ、少し痛いです。

 でも、指先を使うことをしなければ、大丈夫です。」

七海は絆創膏が貼ってある指先を顔の前に持って行き、軽く動かして見せる。

「そうか。

 じゃあ、気を付けないと。」

翔平は、七海の首筋に顔を埋め、首筋を軽く吸う。

「くぅ…」

七海の口から言葉にならない声が漏れる。


七海はいつもの増して、翔平に触られると身体中が熱くなるのを感じていた。

翔平も同様に七海の態度を感じ取っていた。

七海のブラウスの下に手を入れると、七海はノーブラだった。

(そうだ、僕のブラウスを直に着てそのままだったんだ。)

翔平が七海の乳房を軽く揉むと、乳首は硬くなっていた。

七海の乳房は温かく、柔らかだった。

片手で七海の乳房を揉むながら、首筋に唇を這わせていると、バスルームからお湯がいっぱいになったことを知らせるチャイムが聞えて来た。


「さて、残念だけど、続きはお風呂に入ってからだね。」

翔平が優しく言うと七海は笑顔で小さく頷く。

そして、二人は立ち上ると指を絡ませながら手をつないでバスルームに入って行く。

洗面所では、翔平が七海のブラウスを脱がせると、あらわになった七海の形のいい乳房にキスをする。

「こら、こら。」

七海は、笑いながら翔平の髪を撫でる。

翔平は次に七海のズボンを脱がせ、下着に手をかける。

「あ、翔平さん。

 翔平さんがお風呂先に入って。

 私、髪を結わかなくっちゃ。」

「え?

 髪、洗うだろ?

 結わかなくてもいいじゃないか?」

「あ、そうでした。

 髪ゴムだけ持って入ればよかったんだ。」

七海は小さく舌を出した。

「じゃあ、今日は、七海が先に。」

翔平は七海の下着を脱がせ、脱衣籠に先に入れたズボンの上に置く。


七海は、フェイスタオルを取ると上半身を隠し「じゃあ、お先に」と手を振って浴室に入っていった。

浴室から七海が身体にお湯をかけている音を聞きながら、翔平は洋服を脱ぎ、裸になると洗面所のハンガーに掛けてあった自分のフェイスタオルを取り、前を隠すようにして七海が先に入った浴室に入って行く。

浴室ではすでに七海が湯船につかり、入浴剤の入ったお湯をかき混ぜるようにして泡立てていた。


「七海、奥のスイッチ。」

翔平は自分の身体にお湯を掛けながら七海に話しかける。

「スイッチ入れて、いいんですか?」

七海は目を輝かせて尋ねる。

翔平が頷くと嬉しそうな顔をして身体を捻りスイッチの方に向くと、スイッチを押した。

“グォーン”とモーターが唸る音が聞えると、すぐに“シュパー”と湯舟の横にある穴から勢いよく気泡が出て、見る見る湯舟を泡立てていく。

「すごーい!」

七海は、ジェットバスをいつも喜んでいた。

「七海は、いつも楽しそうだな。」

翔平は髪を洗いながら喜んでいる七海を笑いながら見ていた。


「あ、ごめんなさい。

 つい、泡が面白くって。

 それに体に当たると気持ち良くて。」

「まあ、そもそもリラクゼーションと疲れをとるのが目的だからな。

上手く腰に当たるようにすると気持ちいいよ。」

「はーい。」

小柄な七海は入浴剤の泡に埋もれないように気を付けながら翔平に言われた通り、腰に気泡が当たるように身体をずらした。

「ああ、本当に気持ちいい。」

七海は暫く気持ちよさそうにうっとりしていたが、気が緩んだのか気泡の力で身体が前にずれ、泡の中に沈んでしまった。


湯舟の中でパニックになる七海を翔平はグイッと七海の腕を掴み持ち上げる。

「七海、大丈夫?」

「は、はい。

 いきなりバランスを崩して湯舟の中に沈んじゃって。

 起き上がろうにも気泡に力でうまく起き上がれなくって。」

七海はぜーぜー言いながら、湯舟のへりに摑まっていた。

頭の先までお湯の中に沈んだせいか、髪はびしょびしょだった。

「七海、一度湯舟から出て、この椅子の上に座って。」

翔平は座っていたバスチェアを自分の前に置き、七海を手招きする。

「?」


七海は意味が分からなかったが、翔平に言われた通り、湯舟から出て翔平に背中を向ける格好でバスチェアに腰掛けた。

「目をつぶっていてね。」

翔平は七海用のシャンプーの入ったポンプからシャンプーを出し、掌にのせると、七海の髪につけ、髪を洗い始める。

「しょ、翔平さん、何を!?」

七海はいきなりのことで、目をつぶったまま驚いた声をあげる。

「目にシャンプーが入るといけないから、きちんとつぶっているんだよ。

 ほら、七海は指先火傷して痛いっていっていたじゃないか。

 だから今日は僕が洗ってあげるよ。」

「翔平さん…。」


翔平は指の腹で優しく頭をマッサージする様に七海の髪を洗って行く。

美容院で男性に髪を洗ってもらうことがあっても、それ以外の男性に髪を洗ってもらったことはなく、また、美容院よりも気持ち良く、七海は言われた通り目をつぶって、じっとしていた。

(こんなことまでしてもらって、ほんまにいいんだろうか。

 まるで、お姫様になった気分やわ。)

七海がそう思っていると、シャンプーが終わりシャワーで洗い流されたあと、コンディショナー、そしてシャワーで流し終わると、「はい、終わり」と七海の髪をタオルで軽く拭きながら翔平は言った。

「翔平さん、すみません。

 ありがとうございます。」

七海は丁寧にお礼を言うと、髪ゴムで髪を結わき始める。


「じゃあ、身体もついでに。」

髪を結わくのに腕を上げた七海の腋に手を入れ、翔平は後ろから七海の乳房を触る。

「きゃ、翔平さん。

い…。」

翔平はボディソープのついた手で、七海の乳房を優しく、丹念に撫でまわす。

「嫌?」

翔平は意地悪っぽく七海に尋ねると、七海は小さな声で「意地悪。」と答える。

翔平はそれから首筋、脇やおへそに掛けて、また、背中じゅうボデーソープを手に付けたしながら、撫で洗いしていく。

腕や手を洗うと、後ろから羽交い絞めする様に、腿と腿の内側、そして七海の女性に優しく触れる。

七海の女性は、ボディソープなのか、濡れていた。


「しょ…へい…さん。」

七海はか細い声で翔平の名前を呼ぶ。

翔平は指の腹で七海の女性自身に刺激を与え続けと、七海はぶるっと小さく震え、翔平に寄りかかる。

翔平は七海をしっかり抱きしめ、首筋にキスをする。

「さ、ちょっとしっかりしていてな。

 前にまわるから。」

七海は小さく頷く。

翔平は七海の前にまわると片足ごと自分の腿の上に乗せ、膝から脹脛、そして足の指の間まで丁寧にボディソープを付け、撫でていく。

(そ、そんなところまで…)

七海は、ひたすら翔平の顔を潤んだ瞳で見つめていた。


「さあ、これでよし、

 シャワーを浴びて、湯舟に浸かろう。」

「は、はい。」

七海は小さく頷く。

シャワーを浴び、ボディソープを流すと、二人は湯船の中に。

最初に翔平が先に入り足を伸ばす。

七海は、あとから、翔平に背を向け、その腿に座るようにして入り、翔平に寄りかかる。

翔平は後ろから手を回し、七海の乳房を優しくマッサージする様に揉む。

「でもさ、風呂の中に入浴剤が入っているのだから、何もボディソープで洗わなくても、良かったか。」

翔平のもっともな言い方に、七海は思わず「バカ」と小さな声で呟いた。


それから翔平は七海の身体を堪能するかのように撫でまわし、七海は気持ち良さそうに翔平のされるがままになっていた。

「そろそろ出ようか。」

二人とも湯船でのぼせそうになりそうになった時、翔平が七海の耳元で囁く。

七海は小さな声で「はい」とつぶやくように答えると、湯舟の淵に摑まって立ち上ろうとしたが、自分の意志と相反する様によろめく。

「大丈夫か?」

翔平は、何も言わずに七海を抱きかかえるように腰に手を回し、支える。

「す、すみません…。」

七海は翔平に助けてもらいながら、浴室のドアを開けると、エアコンの涼しい風が二人を包み、二人は息を吹き返したように元気になった。


「ちょっと長湯し過ぎたな。」

「もう。

 翔平さんのせいですよ。」

「違うよ。

 七海の魅力のせいさ。」

「そんなこと言って。」

笑いながら浴室を出て、洗面所で二人はバスタオルで身体を拭くと、バスローブを羽織った。

「七海、この椅子に座って。」


翔平はどこからか背もたれのない平たく丸い椅子を持ち出し、洗面所の前に置くと、七海に座るように促す。

七海が翔平の言われたように椅子に腰かけると、翔平は七海の使っていたバスタオルで七海の髪を拭き始める。

「えー、翔平さん。

 自分で拭けますよ。」

七海がそう言うのをお構いなしに、翔平は七海の髪を美容師のように拭き、拭き終わると、七海のブラシで、髪にブラシを掛けながらドライヤーで七海の髪を乾かし始める。


「指の火ぶくれが破れるといけないから、特別サービスだよ。」

「ええー、そんなぁ。」

七海は指先の火傷を見たが、翔平の言う火ぶくれのような大きくひどいものではなく、数ミリ程度、指先が白くなっているだけで、いつの間にか痛みも気にならなくなっていた。

(大げさなんだから)

七海はそう思ったが、気持のよさと嬉しさから大人しく翔平に任せていた。

(でも、翔平さん、どうして私にこんなに優しいのだろう。

 HKLで契約しただけなのに…。

 愛人て、こういうものなの?

 それとも、私だけでなく、誰にでもそうなのかな。

 そうよね、翔平さんは女性に人気がありそうだし、こんなに優しくされたら、誰だってメロメロよね。

 でも、そうなら、私、ううん、HKLって必要ないじゃない。

 一緒に家事をやって、一緒にお買い物して、一緒にお風呂はいって…。

 私だからだったら、嬉しいな…。)


「…、七海?」

「え?

 はい?!」

翔平の声に七海はハッとした。

「どうした?

 ブラシが痛いか?」

「え?

 いいえ、そんなことない。」

翔平は考え事でいつしか黙り込んでしまった七海を心配していた。

「なんか急に黙ってしまって、ブラシが痛いのかなって思ったよ。」

「ごめんなさい。

 あまりにも気持ち良かったので、その…。」

七海は、なぜ優しくしてくれるのかを翔平に尋ねてみたかったが、翔平の答えを思うと怖くなり、言葉を濁した。

「さあ、この位でいいかな。」

七海は髪を触ると、丁度いい具合に少し湿っていて、「大丈夫です」と答えた。

(乾かし方も上手…)

ぱりぱりに乾かすと髪を炒めるので、少し湿った程度でいつも終わらせている七海の好みにマッチしていた。


「さあ、喉が渇いたろう。

 キッチンに行って、何か飲もう。

コーヒー?

 お酒?

 それとも?」

「もう、翔平さんたら、また変なこと言って。」

翔平のおどけたセリフに七海は笑いながら、翔平の腕に手を回し、翔平をキッチンに引っ張っていく。


その晩、翔平のベッドの中で、七海はいつも以上に、熱く、激しく翔平を求めた。

(おっ、これはまた楽しめそうだ)

翔平もそれに触発されるように、七海を激しく求める。

七海の首筋から胸、腋、背中やお尻、そして七海の柔らかい部分全てに丹念に刺激していく。

七海はじっとしていられず、翔平の首に齧りつくように手を回したり、顔をのけぞらせたり、枕やタオルケットを噛んだり、何度も襲ってくる波に必死に抗っているようだった。

そして、翔平の男性が七海の女性の中に深く入ってくると、初めて「う、うう…」と声を漏らし、顔の横に持ち上げた拳をきつく握った。

翔平は優しく、しかし、深く、より深く何度も何度も七海の柔らかな女性の中に自分の男性を挿入する。


それから、七海の中に入ったまま、七海を抱き上げベッドの上で胡坐をかく。

「あ、いや、そんな…。」

七海は女性の奥深くまで翔平の男性を感じると、たまらずに翔平の首に手を回す。

翔平は七海の腰のあたりに腕を回し、七海の身体を上下させる。

七海はその度に、顔をのけぞらせたり、翔平の唇を探し重ねて来る。

翔平は、七海の髪をかき分け、その唇をむさぼる。


しばらくすると、翔平は身体を入れ替え、七海を腰にのせたまま、自分は仰向けに横になる。

「翔平さん…、恥ずかしい…。」

下から七海を見つめる翔平の視線を感じ、七海は恥ずかしく思った。

翔平は下から両手で七海の乳房に触れると、優しく揉みながら、硬くなった七海の乳首を刺激し、腰を上下に動かす。

七海は下から突き上げられながら、それに合わせるように無意識で腰を動かす。

「もう、もう…」

七海は首を左右に振りながら、言葉を口にする。


翔平はそのまま起き上がると、七海と身体を入れ替え、七海を優しくベッドに仰向けに寝かせ、両手で七海の脚を開かせると、愛液で光っている七海の女性の中に、再び、深々と自分の男性を挿入し、ゆっくりとリズミカルに腰を動かしていく。

「翔平さん…、翔平さん…」

七海は眉間に皺を寄せ、目を固く閉じながら、翔平の名前を連呼する。

翔平は七海の脚を持ち上げるようにして身体を倒すと、七海の耳元で「かわいいよ」と囁き、耳たぶをそっと噛む。

「い、ぃやや…。」

七海はそれ以上我慢が出来ずに、襲ってくる大きな波に身を任せた。

「あ…」

そしてその波の中に翔平の波も感じると、安心したように意識が遠のいて行くのを感じた。


七海が次に目を開けると、横で翔平が微笑んでいた。

「翔平さん、また、私の寝顔を見てた?」

七海は自分の身体にかかっているタオルケットを顔の半分を隠すようにして翔平を見つめる。

「ああ、気持よさそうな顔が可愛くて。

 それに、今日の七海はいつもより…」

そう言いながら翔平は七海の髪をかき上げ耳元で「凄く良かったよ」と小さな声で呟く。

七海は、顔が、そして体の中が燃えるように熱くなるのを感じた。


「私…」

七海は、何かを言いかけたが、そのままおでこを甘えるように翔平の胸につける。

「さあ、シャワーでも浴びて、汗を流そうね。」

翔平の声に、七海は頷く。

七海の身体からはいつものように石鹸の香りがしていた。


二人は仲良くシャワーを浴び、バスタオルで身体を拭く。

七海はバスタオルで身体を拭きながら洗面所の大きな鏡に映った自分の姿を見ると、首筋や胸、二の腕の内側、腋や太もも等、全身の柔らかな部分全体に翔平のキスマークがついているのが見えた。

キスマークは薄く、すぐに見えなくなるのだが、七海は全身に翔平のマーキングがされている気がして、何となく嬉しくなっていた。


「あら?」

七海の横で身体を拭いている翔平の二の腕の数か所に小さいがしっかりと赤くなっているのが見えた。

「あ!」

七海は夢中になっている時、翔平の二の腕を噛んでいたことを思い出した。

「しょ、翔平さん。

 この赤くなっているところって、まさか…。」

七海に指さされ、翔平は赤くなっている二の腕を見て平然と答える。

「ああ、ここ?

 ここは、誰かさんに噛まれたところだよ。」

「や、やっぱり!

 ご、ごめんなさい。

 うちったら、翔平さんにたいへんなことしてしまって。

 痛くないですか?

 本当にごめんなさい。」

七海は、真っ青な顔をして、何度も頭を下げる。


「いいって。

 僕も、七海のあちらこちらに噛みついたから、おあいこ。」

「だって、翔平さんの痛くないもん。

 それどころかいい気持ち…。

 うちのは、痛かったでしょ?」

「大丈夫だって。

 気にせんといて。」

「翔平さ~ん」

翔平の関西弁を聞いて、七海は笑いを堪えるのがやっとだった。


その後、二人は並んで歯磨きをすると、手をつないで翔平のベッドに戻る。

しかし、途中で七海は何か気になったのか、手をほどいてベッドに駆け寄ると、ベッドの上のタオルケットを剥がし、シーツを触ったりして何かを確認していた。

「どうしたの?」

翔平は何事かと思って声をかける。

「シーツが汚れているかと思って。」

七海は、今日は興奮し過ぎてシーツを汚してしまったのではないかと気になっていた。


「大丈夫だよ。

 気にしていないから。」

「いえ、ダメです。

 翔平さんがゆっくり休めないから。

 汗と…で、シーツが濡れているわ。

 どうしよう。

 シーツの替えは無いんですよね?」

「ああ、生憎、代えは無くて。」

「布団に直接じゃ…。」


七海は、今度はベッド全体的に触ってみた。

そして壁側のいつも七海が寝ている方が乾いているのを見つけ。翔平に声をかける。

「翔平さん。

 少し狭いですけど今日はここで寝てください。

 私はソファアで寝ますから。」

「何を馬鹿なこと言っているの。

 じゃあ、狭いついでに、そこで二人で抱き合って寝よう。」

「え?

 いいんですか。」

七海はつい嬉しそうな声を出す。

「ああ。

 暑いようだったら、少し空調の温度を下げればいいし。

 ともかく、七海は横になって。」

「は、はい。」


七海は嬉しそうにベッドによじ登り、壁際に貼り付くようにして横になる。

翔平は、その後を追うように、ベッドによじ登った。

手の下のシーツの感触は七海の言うほど濡れていなく、湿ったくらいの感じだった。

(この位なら、全く気にならないのだけど。

 まあ、いいか。)

そう思いながら、七海の脇に横になり、半身になると、七海を抱き寄せる。

七海も、翔平の胸に顔を埋めるようににじり寄ると、顔を上げて翔平に話しかける。

「翔平さん、本当に、ごめんなさい。

 明日、早く起きてシーツとタオルケットを洗って、布団を干しますね。」

「大丈夫だよ。」

「駄目ですよー。」

七海の困った顔を見て翔平は、仕方なしに頷いて見せる。


「じゃあ、寝ようか。」

「はい。

 でも、翔平さん。」

「ん?」

「今日は嬉しかった。」

「何が?」

「いろいろ…。」

七海は、翔平の温かさを感じながら眠気に襲われてきた。

「そうか。

 じゃあ、おやすみ。」

翔平は七海の耳元で囁くと、七海の髪をそっと撫でる。

七海は嬉しそうな顔をすると、そのまま眠りに落ちていった。


七海は翔平の腕の中で夢を見ていた。

「君は、どうやって死にたい?」

夢の中で男が囁く。

それは、七海が中学生の時、自分では解決できない悩みを抱え、たまたま教育実習で七海のクラスを担当した大学生に、相談した時に言われた言葉だった。

机を一つ挟んで、その大学生と向き合っている七海。

「え?

 死ぬ?」

「ああ。

 だけど、どうやって死ぬかの話ではなく、何をやり遂げて死ぬかだよ。

 例えば、両親の面倒を見るとか、西山さんは、お母さんと二人だったね。

 じゃあ、大事に育ててくれているお母さんを、いつまでも笑顔の絶やさぬように 面倒を見て幸せな思いをさせて送り出すとか。

 お母さんでなくても、だれか大切な人をいつも笑顔にするとか。

 人間だからいつかは死ぬ時が訪れる。

 その時、“私はこれをやったんだ”と胸を張れるような何かのことだよ。」

「お母さんの笑顔?

 胸を張れる何か?

 …」

少し間を置いて、七海は明るい顔で返事をする。

「私は、皆の笑顔が見たい。

 悲しい顔や寂しい顔じゃなくて、笑顔が見たい!

 特にお母さんと、これから出会う素敵な人の笑顔が見たい。

 ううん、私が笑顔にする。

 先生、ありがとう。」

そう言って、椅子から立ち上がった時に、七海は目を醒ました。


そっと顔を上げると、翔平の気持ちのよさそうな寝顔が見えた。

周りを見回して、時計を見ると夜中の1時を回ったところだった。

(眠ってから、まだ一時間しかたっていない。

 でも、なんだろう。

 とっても懐かしい夢を見たわ。

 あの頃、悩んでいた友達に“一緒に死んで”と頼まれたっけ。

 でも、あの人の言葉で、その子を励ますことが出来て、一緒に卒業できて。

 それから道は分かれたけど、元気な姿をよく見るわ。

 あの時、一緒に死んでしまったら、あの子の両親も、私のお母さんも、ものすご く悲しんだろうし、私は胸を張ること何もできていなかった。

 今は、お母さんの笑顔を見ること、いつまでも一緒に笑顔にさせること…。

 それと…)


「翔平さん、寝ていますか?」

七海は翔平の顔を見ながら小さな声で囁く。

翔平は微動だにせず、よく眠っているようだった。

それを確認したように、七海は更に小さな声で囁く。

「翔平さん…。

 あなたを好きになっても…良いですか?

 ううん。

 私、あなたに“恋”しています。

 あなたのことが…大好きです。

 できれば、いつまでも一緒に…。」

(言っちゃった…。)

七海は恥ずかしそうに顔を赤らめ、翔平の腕の中に潜り込むと安心したように、すぐに可愛らしい寝息を立てはじめる。

翔平の顔が一瞬、強張ったのを見ずに…。


水槽の金魚が2匹、水槽の真ん中あたりの高さで留まって、じっと二人を見ているようだった。

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