第2章 葉月

第1話 制服の記憶

翔平の部屋。

外の猛暑が想像できないほど、エアコンの冷気で心地よかった

バスルームのドアが開く音がして、ドアから七海が顔だけ出す。

その顔は朱みが差し、恥ずかしそうに伏目がちだった。

「翔平さん、笑わないでくださいね。

 絶対に、笑わんとってな。」

七海がそう言うと、翔平はソファーの上に正座し、期待に胸を膨らませ、鼻の穴を膨らませ、興奮したような顔をして

「しない、しない。

 絶対に笑わないって。」

と言いながら頷いて見せた。


(まったく、もう。

 卒業して2年以上経つのに、まさか、また着ることになるなんて。

 やっぱり、恥ずかしいな…。

 しかも、あの期待に満ち溢れた顔…(ふう)。

 仕方ない。

 じゃあ、行きますか。)


覚悟を決めたのか、それとも、本音は翔平に見られるのが嬉しかったのか、七海は小さく息を吸い込むと、バスルームから出てきて、翔平の前に立った。


「す、す…。」

(すげー、まるでリアルJK!!

 しかも、超可愛い!!)

翔平は、あまりに圧倒されたのか、言葉が出なく、唖然として七海を見つめていた。


「変?

 変ですか?」

七海は、翔平の反応をどう捉えていいのかわからずに、困惑した顔をしていた。


翔平を歓喜で固まらせたのは、七海が着ているセーラー服のせいだった。

七海が卒業した高校は、公立で男女共学には珍しく、男の子は濃紺で詰襟の学生服、女の子は、上は白のセーラーで、襟は濃紺に白い線が三本。

えんじ色のスカーフに、濃紺のスカート、それに白いソックスのセーラー服が制服だった。


七海は、そのセーラー服を着て、髪は後ろにポニーテールで結わき、薄化粧の顔は、高校生でも十分に通る可愛さだった。


前の週の日曜日。

朝から猛烈な暑さだったが、七海と翔平は、エアコンの効いた翔平の車で“みなとみらい”の方に向かっていた。

その日はイベントがあり、七海と翔平の好きなグループが出て歌うということもあり、見に出かけていた。

カーステレオから流れて来る“インフルエンサー”を聞きながら、七海は青空に浮かんでいる白く大きな入道雲に見入っていた。

“世界から言葉なんて消えてしまえばいい”


その途中、何気なく通り過ぎた高校で、部活帰りなのか、10人ぐらいの男女の学生が歩いているのが見えた。

「しかし、学生は元気だな。

 この暑さでも部活か。」

「本当ですね。

 私も暑いのは苦手です。」

七海は、わざとへばったようなジェスチャーをして見せる。

翔平は横目で、そんな七海を見ながら微笑む。


「翔平さんは、高校生の時、部活はなにをやっていたんですか?」

七海は大きな荷物を持って楽しそうに笑いながら歩いている高校生を見ながら、翔平に話しかける。

「部活?

 そうだな、夏は水泳部、冬はアメフトかな。」

「アメフト?」

「ああ、アメリカンフットボール。

 知らない?」

「いいえ、知っています。

 私の高校もありましたから。

 ヘルメットを被って、鎧のようなものを着て、相手とぶつかり合うスポーツですよね。」

「まあ、そんなもんだ。」

「でも、夏と冬で違う部活なんて可能なんですか?」

七海は意外そうな顔をする。


「うん、うちの高校は、そういうところゆるゆるだったから。

 水泳部とアメフト部、仲が良くて、というか同じ面子でさ。

 プールは屋外だったから夏しか使えず、冬はほとんど何もしないからアメフト始めたんだよ。

 夏は涼しくてよかったしな。

 でも、おかげで、どちらの弱かったけどな。」

「まあ。

 でも、確かに真夏の暑い時に、あんな装備を付けていたら暑くて参っちゃいますよね。」

七海は、夏は泳いで、冬はアメフトで体を鍛えるというのは、なにか合理的な様な気がした。


「七海は、部活、なにをやっていたの?」

翔平が七海に話を振る。

「え?

 私ですか?

 うーん」

懐かしく思い出したのか、七海は少し間を置いてから話し始めた。


「私、部活はダンス同好会だったんですよ。」

「ダンス?」

「あっ、社交ダンスなんて想像したりして?

 違いますからね。

 ほら、AKBやノギザカが歌いながら踊るじゃないですか。

 それを完コピして踊るんですよ。」


「え?

 じゃあ。」

翔平は期待したような声を出す。

「はい。

 当然です。

 20人位でステージの上で。

 うちの高校、制服がセーラー服だったので、あの曲…、きゃっ!」


突然、車が蛇行したかと思うと、翔平は車を路肩に停めた。

「ど、どうしたの?

 翔平さん?」

「せ、セーラー服だったの?」

「う、うん…。」

翔平は運転席から半身を七海の方に向け、乗り出すように七海の顔に自分の顔を近づける。七海は翔平の顔が間近に迫り、自分の胸の鼓動が早くなるのを感じた。


「で、セーラー服を着て、ノギザカの曲、踊ったの?」

「う、うん。

 そう…ですよ。

 “制服のマネキン”や“おいでシャンプー”とか。

 あ、その時のビデオ、ありますよ。

 同級生が撮ってくれたの。

 観ますか?

 観るのであれば、今度持ってきますが…。」

七海は、真剣な顔をして迫って来る翔平を見て、思わず吹き出しそうになった。


「観る!

 観る!

 是非、観せて。」

「はい、はい。

 良いですよ。」

まるで駄々っ子をあやすように七海は答える。


「それと、七海のセーラー服姿も生で見せて。」

「はい、はい。

 いいで…、え?

 今、なんて?」

七海は困惑した顔で翔平を見るが、翔平は、祈るような顔になっていた。

「ぜひ、七海のセーラー服姿を直接見たい!」

翔平の真剣な顔と言っている内容のアンバランスを感じたが、あまりのストレートさに厭らしさを感じなかった。

(この人は…。

 もう!)

翔平の顔を見て苦笑いしながら七海は承知する。

「わかりました、今度、持ってきますね。」


その夜、七海は自分の部屋で押し入れの奥を探っていた。

(確か、ここにクリーニングして制服を仕舞っていたはずなんだけどな…。

 あ、あった!)

奥から衣装ケースの中のクリーニング袋に入った高校卒業時に着ていたセーラー服を取り出した。

(まだ、着れるかしら…

 それに、どこかほつれていたな…)


袋の中のセーラー服をじっと見ていると、部屋の外から「七海?」と母親の良子が声をかけてきた。

「は、はい。

 な、なに?!」

七海は、飛び上がって返事をすると、良子はドア越しに話しかける。

「どないしてん?

 さっきから、がさごそと音がしているけど、何ぞ探し物でもしとんの?」

「ううん、ちょっと洋服を探しとっただけ。」

「手伝わんでええ?」

「もう、見つけたから大丈夫。」

「そう。」

そう言うと良子はドアから離れていった。

(危ない、危ない。

 セーラー服なんて出しとるところを見られたら、何を突っ込まれるか、わかったものやないし。

 そうだ、今度、翔平さんの部屋で見てみよう)

そう思い立ち、七海は制服の上下や小物を大きな紙袋にしまい込んだ。


セーラー服を見つけた数日後、いつものように大学の帰りに、片づけと冷蔵庫のチェックに翔平のマンションに立ち寄る七海。

但し、いつものリュック以外に大きな紙袋を下げていた。


(さて、さきに片付けと冷蔵庫のチェックね)

部屋の片づけといっても、翔平は綺麗にしているので、部屋の換気と布団をふんわりとなおすぐらいで、それが済むと、少なくなった食材の買い出しに出かける。

帰って来て、食材を冷蔵庫に仕舞うと、七海は持ってきた紙袋を下げバスルームに向かった。


バスルームで持ってきたセーラー服に着替えると、洗面台の大きな鏡でセーラー服姿の自分を確認する。

(うーん、大きさは大丈夫ね

 というか大きいくらい。

 あの時、結構、身体も顔もパンパンだったからなぁ。

 …

 いまでも、高校生で通るかなぁ)

七海は鏡に後ろ姿を映したりして、入念にチェックをしていた。


そして、チェックが終わると再び着て来た服装に着替え、セーラー服の上下を持ったまま、リビングに戻り、椅子に座ってセーラー服のほころびを確認する。

七海の家は裕福でなかったので、制服の代えを買うお金はなく、大事に来ていたが、やはりスカートはかなり痛んでいた。

(やや、やっぱりプリーツの部分、切れている。)

七海は、切れている部分やほころんでいる部分を探し、いつも持っているソーイングセットを取り出し、補修をしていた。


スカートのほころびを縫いながら、七海はふと玲奈との会話を思い出した。

それは、まだ、翔平に会う前で、HKLを始める前に玲奈からいろいろと確認されたことだった。


「ねえ、西山さん。

 あなた、彼氏はいるの?」

「いいえ。」

七海は頭(かぶり)を振る。

「そう。

 じゃあ、今までお付き合いしていた人はいるの?」

七海は首を縦に振る。

「ふーん。

 じゃあ、最後に付き合っていた人と別れてからどの位経つの?」

「え?」

七海は玲奈の質問の意図がわからなかった。


「ごめんなさい。

 ぶしつけなことを聞いて。

 いえね、一応、HKLのLはラバーズなので、もし、前に付き合っていた人が別れたばかりで、未練たらたらだったら、もめ事に発展する恐れがあるから聞いているの。

 最近、よくストーカー犯罪なんてあるじゃない?

 別れた彼が、西山さんを付け回して、家主さんに迷惑を掛けるといけないから。」

「あ、そういうことでしたら、大学に入ってからはまったくありません。

 2年以上、彼氏はいません。

 (彼氏と行っても…)」

七海は、少し顔を曇らせた。


「あなた、バージン?」

「え?」

いきなり玲奈からバージンかと聞かれびっくりしていると

「男性経験はあるのか、ということよ。」

「あ、はい。

 一応、あります…。」

初体験はいつだとか聞かれるのではと身構えていると、

「わかったわ。」

麗奈はそれ以上のことは聞かなかった。


裁縫の手を止め、七海はじっと制服を見る。

(高校時代って、ええ思い出があまりなかったなぁ)


七海の初体験は、高校一年の冬。

1学年上の男子生徒から告白され、3か月ほど経ったころ、男子学生から自宅に誘われ、その男子学生に部屋でのことだった。

七海はその男子学生のことは知らなかったが、告白され、まあいいかなと軽い気持ちで付き合っていたくらいだった。

そのころ年頃で異性に興味が沸いていた同級生とは、男性経験の話が盛り上がっていて、七海も男子学生から自宅に誘われたことで、薄々、求めているのだろうと感じていた。


部屋に通されると、汗やほこりの臭いが鼻についた。

(臭い)

家には母親と二人きりだったので、男臭いのは、特に若い男性にありがちな匂いは知らず、また、女友達の部屋はいつもいい香りがしていたので、七海は思わず眉間に皺を寄せた。

部屋も片付けたのだろうが、隅にはお菓子の袋や、女性の下着姿が移っている雑誌、丸まった洗濯物が見えた。


七海は、その男子学生に進められベッドに腰を下ろし、男子学生もその横に腰を下ろす。

最初は、何気ない会話をしていたが、その内、話しが途切れると、緊張した雰囲気が二人に流れる。

そして、男子学生は七海の肩に手を回すと、唇を合わせ、そのまま、七海をベッドに押し倒す。

若いせいか男子学生の顔は油で光っていて、また、服の間からは男臭い匂いがした。


男子学生は、七海の上に馬乗りになると、七海のセーラー服を脱がそうと躍起になっていた。

「ねぇ、手荒に扱わないで。」

七海はセーラー服を破かれないか気がかりで声をかけたつもりだったが、男子学生は七海が自分の身体を手荒く扱わないで言っているのだと勘違いし、興奮してセーラー服を脱がす手に力が入った。

しかし、力が入れば入るほど脱がせることは出来ず、仕方なく、七海は自分から腋のファスナーを下げ、襟のホックを外し、自分から上着に手を掛けると、男子学生は横から手荒く上着を脱がせ、ベッドの下に放り出す。

スカートも同様に、ホックを外せず、七海が外すと男子学生は手荒く脱がすと、同じようにベッドに下に落とした。


それから、七海のシャツや下着を脱がせ、裸にすると、七海の胸に吸い付き、片手を七海の女性の部分に手荒く押し付ける。

「痛い。

 やさしくして。」

男子学生は手を離すとひたすら七海の胸を吸いまくり、その後、自分も服を脱いで裸になる。

「子供が出来たら嫌だから、ちゃんと避妊して。」

七海は、興奮して避妊を忘れている男子学生の目を見て言うと、男子学生は頷き、七海の上から降り、机の引き出しから箱を問い出すと、中から包装された袋を一つ取り出し、開けて何かを取り出すと、ごそごそと自分の男性の上に被せていた。


七海は、待っている間、じっと天井を眺めていた。

(こんなものなのかしら。

 みんな、凄く興奮したっていってたけど…)

男子学生は、ベッドの上がってくるとまた、七海にキスをしたり胸に吸い付いたりした。

昂奮してか上気した男子学生の身体から男臭さが七海の顔を曇らせた。


そして、男子学生は七海の脚を開かせると、両脚の間に割って入り、七海の女性を手で確かめると、自分の男性を一気に七海の中に突き入れる。

「痛い!!」

七海はあまりの痛さに、悲鳴を上げると、男子学生は驚き、七海から飛び降りる。

「ごめん、痛かった?」

男子学生は七海の悲鳴にすっかり萎えていた。


「私の方こそ、ごめんなさい。

 ただ、痛くて…。」

七海は眉間に皺を寄せ、済まなそうに言う。

「初めてだから、仕方ないよ。

 続きはまたにしよう。」

男子学生は、変な優越感からか、そう言うと自分だけ洋服を着始める。


七海は小さく頷くと、自分の下着や制服を探す。

制服や下着は、ベッドの下に投げ捨てられたように、丸まっていた。

それから、何度か男子学生に誘われるまま部屋に上がり、求めに応じていたが、男子学生はその都度、手荒く腰を動かし、七海に痛い感触しか与えず、終わっていた。

しかも、終わると何か優越感にしたってか、七海を見下ろすようにして、自分だけさっさと着替え、七海は、ベッドの下に丸まって投げ捨てられている制服を寂しい思いで拾い上げ着ていた。


そんな関係が数カ月続いたある日。

その日も七海は男子学生の誘いに応じ、学生の部屋にいた。

(また、痛いだけで終わっちゃうか。

 その内、良くなるのかしら)

七海は裸にされ、男子学生が入ってくるのをぼぉっとしながら待っていたが、いつもと違って男子学生は七海の中に入ってこようとしなかった。

代わりに体勢を立て直し、七海の上半身を跨ぐようににじり上がると、興奮気味の口調で話しかける。


「な、七海、口で、口でやって。」

そういって男性部分を七海の顔に近づけてくる。

(え?

 何をしようとしとるん?!)

七海は男子学生が何をしようとしているのか、とっさのことでわからなかった。

しかし、男子学生が自分の男性を七海の顔に近づけてくることで、自分に何をさせようとしているのか薄々感じた。


(嫌や!)

そう思った時、男子学生の男性からアンモニア臭や汗の混じった悪臭が七海の鼻を襲った。

「嫌!

 嫌や!!」

七海は、大声を上げ男子学生を突き飛ばすと、その時、男子学生の男性の先端が七海の口にあたり、七海は思わず吐き気に襲われた。

男子学生は、七海のいきなりの豹変した態度と、今にも嘔吐しそうな七海の姿をただ茫然と眺めていた。


そして玄関の方から、男子学生の母親が帰って来た声が聞えた。

「げぇ、かあちゃん。

 何でこんなに早いの?」

男子学生の母親は、パートに行っていていつもはまだ帰って来る時間ではなかった。

七海は、その声を聞くと急いで制服を着て、口をハンカチで押さえながら、男子学生の部屋を飛び出すと、驚く男子学生の母親の横をすり抜けるように玄関から、外に飛び出し、走って、走って、ともかく走ってその家から遠ざかった。


後ろでは、母親が男子学生を問い詰めているような声が聞えたが、七海はともかくその場から遠くに行きたかった。

しばらく走ると、大型のスーパーがあり、七海はそこのトイレに飛び込むと、嘔吐した。

それがきっかけになり、その男子学生とは疎遠になり、関係は自然消滅していった。


二人目に関係を持った男子は、高校三年生の時、同学年の男子生徒だった。

その男子生徒とは、高校二年まで同じクラスで、三年でクラスが別れたのを待っていたかのように七海に告白してきた。

七海にとってその男子生徒は仲の良いグループの一人で、よく漫才のような面白い話を聞かせてくれていたので、好みのタイプとは違ったが付き合い始めた。


その男子生徒と関係を持ったのは付き合ってから3か月位経った夏休みのこと。

受験勉強を一緒にしようと、七海を自分の部屋に誘った。

七海は、その頃はまだ、進学か就職か揺れ動いていた時で、受験勉強と言われてもピンとこなかったが、半ば強引に連れ込まれたようなものだった。

その男子学生の家も一軒家で裕福そうな家庭だった。


男子学生の部屋は、二階の日当たりのいい部屋で、少し散らかっているが、母親が掃除しているのか、菓子袋などは散乱していなかった。

ただ、強い匂いの芳香剤を置いているせいか、別の意味で七海は頭が痛くなりそうだった。

部屋に入ると、すぐに男子学生は七海の身体を触り、求めて来た。

そして、避妊もせずに求めてこようとしたので、七海は慌てて

「ねえ、ちゃんと避妊して。」

と頼むと、残念そうな顔をして、渋々、避妊し七海を求めて来た。


その男子学生は、性体験は七海が初めてだったが、エロ本などで妄想を膨らませていたのか、七海を手荒く扱うと、力任せに七海に突き入れて来た。

七海は、やはり痛いだけで何も感じなかったが、男子学生は七海も気持ち良かった違いないと女性を軽視する雑誌の主人公とそれに喜んで従う女性を、自分と七海と置き換え、妄想を現実のものと混同していた。

それもあって、身体を重ねるたびに、だんだんと男子学生の態度は横柄なものに変って来きた。


そして2学期が始まり、制服で男子学生の部屋に行くと、男子学生は「脱がすのが面倒なので自分で脱げ」と七海に命令するようになった。

七海が渋々ということを聞くと、七海の脱いだ制服を床に放り、手荒く七海の身体を求めていた。

その都度、七海の心は冷めていき、また、床放り投げられたまま丸まっている制服を拾い、着るたびに、情けない気持ちになっていた。


七海が奨学金制度を使って進学すること、推薦が決まったことを聞くと、志望校の合格ラインにはるかに及ばない成績の男子学生は不満を一気に爆発させていた。

「なんで、お前なんかが推薦で行くんだよ。」

「お前の行く大学、お前の頭だから、どうせくずの集まりの大学だろう。」

と罵声を浴びせた。


「奨学金って言ったって、金借るだけだろ?

 母子家庭のお前たちに借金返せるのか?

 母ちゃんと一緒に体でも売って返すのか。」

七海の母親をも侮辱したその一言で、さすがの七海も堪忍袋の緒が切れた。


「母ちゃんの悪口を言うな。

 おのれ、なに様のつもりや。

 成績が悪いのは、エロ本ばかり読んで、勉強せぇへんからやろう。

 二度と、ウチの前に顔を出すな。

 出したらどつき倒すぞ。」

もともと気が弱く、弱そうな女子にしか強く出られない男子学生は、今まで聞いたことのなかった七海の関西弁と迫力に度肝を抜かれ、大人しく七海のもとを去っていった。


スカートのほころびを縫い終わると、七海は、セーラー服の上着を取って、愛おしそうに抱きしめる。

(うちにとって、楽しかったのは、ダンス部で踊っとった時だけ。

 ダンス部のみんなや女友達みんな、うちのこと気にしとったって言ったけど、結局、よそよそしかったし。

 気持ち良かったのは、何も考えずに、一人で踊っとった時だけだ…)

七海は、目頭が熱くなるのを感じた。


七海の部活の仲間や女友達は、七海と付き合っていた男子学生が別れる前に自慢げに話を友人にしていたため、あっという間に噂が広がり、別れた後は誰とでも寝るしょうもない女という根も葉もない悪い噂が広まり、七海を遠巻きに見ているだけだった。


七海の部活の仲間や女友達は、皆、七海が男子生徒と付き合っている時、その男子生徒の良くない噂を聞いていたので心配していたのと、男子学生と別れた後、誰とでも寝る女という悪いうわさが広まり始めた時、皆でその噂を打ち消していたこと、七海が家庭環境から進学か就職かで悩んでいたことを気にしていたこと、皆で七海を心配し、話しかけてはきたものの、七海にはそれがよそよそしく聞こえ、皆が七海のことが好きで心配していたことに気が付かなかった。


「また、床で丸まっとるかもしれへんけど、翔平さんのことやから、勘弁したってな」

七海は、悲しそうな顔で、そっとセーラー服に話しかけていた。

それを2匹の金魚が水槽の中からじっと見つめていた。

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