第5話 何度目の青空

土曜日、梅雨の晴れ間で、朝から雲一つない晴天だった。

七海は、朝の9時前に家を出た。


「七海、あんた彼氏ができたんちゃう?」

出がけに母親の良子が七海の顔を見て、声をかける。


七海は一瞬、翔平の顔が頭に浮かび、ドキッと慌てふためきながら否定する。

「か、彼氏なんておらへんよ。

 何で急に、そんなこと言いだすん?」


「あんた、関西弁でてるって。」

良子は思わず吹き出して笑う。

関西弁を出す時は、驚いて気が動転した時で、今の七海の焦りようは図星を突かれた時のものだと良子はわかっていたが、「まあ、いいなと思う人が出来た」くらいにしか思っていなかった。


「だって、最近、バイトに行く時、嬉しそうなんだもん。

 それにおめかししてさ。

 バイト先でええ男と知り合ったのかなって思って。」

「そんなこと、ある訳ないよ。

 そんな暇があったら、お金を稼がなきゃね。

 行ってきまーす。」

七海は落ち着きを取り戻し、そう言うと、良子に笑顔で手を振り、玄関を出る。

「気い付けていっておいで。」

後ろから良子の声が背中を押す。


その日の七海は、ジーパンに白い襟付きのブラウスに、水色のカーディガンを羽織り、そして、赤地に黒の縞の入ったスニーカー、それに着替えの入った黒いリュックを背中に背負うというラフな格好だったが、それでも持っている洋服の中ではお気に入りのブラウスとカーディガンだった。


ジーパンは下半身の線にぴったりしていて、細く長い足、そして小ぶりで形の良いお尻のラインを浮き上がらせていた。

髪は、もともとはストレートなのだが、昨晩は寝る前に三つ編みにして寝たせいか、ウェーブが掛って、小顔を強調させていた。


普段から化粧もほとんどしないのと翔平が厚化粧を嫌がるので、今日は日焼け止めのファンデーションを薄く付け、薄いピンクの口紅を付ける程度で、ほとんど化粧をしているとはわからないほどだった。


しかし、綺麗なきめの細かな肌、パッチリしているが目尻が少し上がっている黒い瞳の目、少し丸みを帯びた鼻、そして形の良い少しぽっちゃりした唇と、美人というよりも可愛い部類だが、背がもう少し高く、お洒落に気を遣えば十分モデル並みに美人の部類に入るくらいだった。


天気がいいのも七海の気持ちを高揚させる要因の一つだが、今日は土曜日で翔平に会えることが、無意識に七海の心をときめかせていた。

(さて、今日は良い天気。

来週から、また天気がぐずつくって天気予報のお姉さんが言っていたから、今日は翔平さんの布団を干して、シーツを洗って、大掃除ね。)

七海は翔平の部屋でこれから行う家事のことを考えながら、自転車を漕いでいた。


自転車で最寄りの相鉄線の駅まで出ると、電車に乗り、一度、横浜駅に出て、それから戻るような形のJRに乗り換える。


直線距離なら十分自転車でも行ける距離だが、険しい山坂を2つ越えて行かなければならないので、自転車では無理だった。


JRの駅は、翔平のマンションのある山のふもとにあり、マンションに行くには電車を降り、ちょくちょく買い物に出かける商店街を抜け、険しい坂を上って行かなければならなかった。


七海が商店街を抜ける頃、時間は9時半を回っていた。

商店街は、パン屋や豆腐屋など朝の早い店は既に開いていたが、その他の店は、シャッターが閉まっていて、中から開店の準備している音が聞え、活気付き始めていた。

その商店街の中を七海は軽い足取りで通り抜け、難所の上り坂も若さからか苦にもせずに昇って行く。


その日の予想気温は6月としては高めの27度の予報。

既に20度は越えていて、太陽が容赦なく上り坂のチャレンジャーを痛めつける。

七海はじんわりと額に汗をかいたが、坂の上に到達すると、そこから、翔平のマンションが正面に見え、最期に緩やかな上り坂を5分程昇ればゴールだった。


七海が上がって来た急坂を上りきると、ちょっとした展望台のような公園があり、そこに立つと“みなとみらい”が一望でき、また、心地よい風がチャレンジャーの登坂者の労をねぎらっていた。


七海は、そこで少し風に当たり、汗を引かせると、踵替えして翔平のマンションに向かって歩き始める。

マンションのエントランスで電子錠を使い中に入ると、空調が利いているのか涼しく感じ、熱いのを苦手としている七海は、ほっと息をついた。


そして、エレベータで5階まで一気に登るとエレベータホールの左手奥ある翔平の部屋に進み、七海は、翔平の部屋の前で立ち止まると、ドアフォンを押した。

合鍵を持っている七海は、そのまま鍵を使って入ることが出来たが、一応マナーとして翔平のいる日はドアフォンを押すことにしていた。


「ふぁーい。」

ドアフォンから翔平の怠そうな声が聞えた。

(まだ、眠っていたのかしら)

七海は、そう思いながら自分の名前を名のると、すぐに、ドアが開き、心地よい風が部屋の中からドアを通り廊下側に流れ、その風の中から翔平が顔を出した。


「いらっしゃい。

 そろそろ来る頃だと思って外を見てたら、七海の姿が見えたから、玄関で待っていたんだよ。」

「それは、どうも。」

七海は余所行きの顔で答えたが、外を見て待っていたという翔平の言葉に何となく気分が良かった。


「さあ、中に入って。」

そう言いながら翔平は七海に背を向け、リビングの方に向かって歩きだす。

リビングでは、きっと翔平が厚手のカーテンを開け、薄いレースのカーテンだけで、窓を開けているのが想像できるように、リビングの方から眩しいくらいの明かりが翔平の身体を包み込む。


前を歩く翔平は、ジーパンにTシャツ、そして、そのTシャツの上に水色と白のストライブの長袖ブラウスをボタンも留めずに羽織っていた。


翔平の背は七海より20cm以上高い180cm近いの長身で、スポーツをやっていたせいか、細く見えるが引き締まった体形をしていた。

髪は、七海はあまり見たことがないのだが、会社に行く時はびしっとした七三分け、そして今の七海の前を歩く翔平は、前髪を降ろした、ぼさぼさな髪型だった。


七海は一度、なぜ家でも七三分けにしないのか尋ねたことがあり、その時の翔平の答えはこうだった。

「え?

 髪型?

 ああ、それは、オンとオフの切り分けだよ。

 七三分けは、会社に行く時、気分を戦闘モードにするんだ。

 そして何もない休みの日は、オフで気を緩めるためさ。」

その答えに七海は妙に納得していた。


翔平の顔は、スポーツをやっていたせいか、身体と同様に引き締まり、精悍な顔つきをしているが、笑うと人懐っこい笑顔を見せ、女性からは人気があった。


「七海?

 早く、こっちに来たら?」

ぼうっと翔平の後姿に気を捕らわれ立ち尽くしている七海に、翔平は振り返って訝しそうな顔で声をかける。

「あ、はい。」

七海は、急いで靴を脱ぐと翔平の後を追った。


「“ぼー”として、どうしたの?

 調子でも悪いのか?」

翔平は心配そうな顔で右手の掌を七海のおでこに当てた。

翔平の手の平は大きくたくましいが柔らかく、温かかった。

七海がじっとして目を閉じ、“されるがまま”に立ち尽くしていると、少しして翔平は七海のおでこから手を離した。


「熱はないみたいだな。」

七海は頷く。

(こんなに元気なんだから、熱なんてある訳ないじゃない。

 それに坂を上って来て汗をかいたんだから、冷たく感じるんですよ。)


「わかった。

 朝ごはんを食べそこなって、お腹が減って機嫌が悪いとか?」

七海は、顔を左右に振った。

(子供じゃあるまいし、ちゃんと食べてきましたよーだ。

 ちょっと、翔平さんに見惚れていただけですよ)

七海は声に出さずに、心の中で思った。


リビングに入ると七海が想像した通りレースのカーテン越しに陽の光がリビングやキッチン、そして寝室の洋間に降り注いでいた。

また、窓も開いていて海風がレースのカーテンを揺らしながら部屋に流れ込んでいた。

(気持ちいい部屋!!)

そして、オーディオからは、七海も好きな女性グループの明るい歌が流れていた。


七海は自然と顔がほころぶのを感じながら、洋間に入り荷物を置くと、5段の引き出しがある洋服ダンスの一番下の引き出しを開け、中から胸当てエプロンを取り出す。


洋服ダンスの一番下の引き出しは、七海専用で、翔平から買ってもらった着替えや、部屋着、パジャマやエプロンを入れていた。


七海は音楽に合わせ鼻歌を歌うようにエプロンを被りリビングの方を向くと、翔平はダイニングチェアに座り、コーヒーを飲みながら窓の外を眺めていた。

その姿は、まるでファッション雑誌に出てくるような男性モデルのような姿にも似ていた。

(こうしていると翔平さんは、無条件でカッコいいんだけど…ねぇ。)

七海はつくづくと思った。


翔平はリビングに入って来た七海に気が付くと、飲んでいたコーヒーカップをおいて七海を見つめた。

「ん?

 どうした?」

「いいえ、何でもありません。

 ところで翔平さん、洗濯物は?」

七海の問いかけに、翔平はベランダを指さした。


翔平の部屋のベランダは、リビングから洋室まで続いていて、どちらからでも出入りは自由にできた。

また、ベランダの幅が2m位ありバルコニー用の簡単なテーブルセットが置かれていた。


翔平が指差したバルコニーの一角に洗濯された翔平のワイシャツや下着がこじんまりと干してあった。

「もう、洗濯は私がやりますって言ったのに。」

七海が怒った顔で言うのを翔平は「まあまあ」と手を振って見せた。

翔平は家に帰るとシャワーを浴びながら、着ていた服や下着を洗濯し、朝に外に干していくのが習慣となっていて、七海がいくら自分の仕事だからといっても聞かなかった。


「まあ、いいです。

 今日は、布団干しをしたかったので、洗濯物が終わっているのなら、すぐにシーツやタオルケットが洗えるわ。

 敷布団やキルトケットも干してと。」

「え?

 布団干すの?

 4月に、干したばっかりじゃない。

 まだ、いいよ。」

翔平はびっくりした顔をした。


「何言っているんですか。

 最低でも月に一度はお布団を干さないと、ばっちいですよ。

 本当なら週に1回でも。」

「そんなこと言って、この前はひどい目に遭ったんだから。」


翔平は、ひどい花粉症だった。

4月、七海は“花粉はもう下火だから”といって抵抗する翔平を説き伏せ、布団を干したのだが、布団に花粉が付いていたのか、翔平は暫く寝る時に花粉と戦う羽目になったことを思い出していた。


「もう大丈夫ですって。

 天気予報でも、花粉情報、やっていないでしょ。」

七海は悪びれもせずに、洋室に入り、ベッドの上のシーツや枕カバーを外し始める。


リビングと洋室は、可動式の壁板で仕切ることができたが、翔平は開けていた方が広くて気持ちいいからと、いつも全開にしていた。

七海は引きはがしたシーツや布団カバー、タオルケット等一式両手で抱えるように持って、バスルームに向かった。

タオルケットから翔平の匂いがして、七海は思わずタオルケットに顔を埋め匂いを楽しんだが、すぐに洗濯機に放りこみ洗濯し始める。


翔平の家の洗濯機は七海の家の洗濯機の2倍は洗える8kgの大きさだったので、全て1回で回すことが出来た。

(一人暮らしなのに、この大きさ洗濯機なんて。

 我家のだと、2~3回はかかるわ)

そう思いながら七海は小さくため息をつく。


次に七海はバルコニーに出て手すりを雑巾で拭き、布団を持ってこようと室内を振り向くと、翔平が敷布団を持ってバルコニーに出てくるところだった。

セミダブルの大きさの敷布団は重く、小柄な七海の力では悪戦苦闘をするので、翔平の率先した手伝いは嬉しかった。


翔平が布団を干し、七海が布団干しバサミで止めていく、いつの間にかそういう役割分担が出来ていて布団を干し終わると、次に七海は掃除の前に翔平の飲んでいたコーヒーカップを持ってキッチンへ。


キッチンには、翔平が朝食に使った食器が洗って水切り籠に入っていた。

翔平のコーヒーカップを洗って、水切り籠の中の食器と一緒に布きんで水をふき取り食器棚に。

(翔平さんて、食器は洗うのに拭くのは面倒だって。

本当に拭いたりしないのね)

七海は、つい可笑しそうに顔をほころばす。

翔平は結構こまめなのだが、どこか抜けていて、それが七海は面白かった。


七海がはたきをかけ、掃除機で掃除している間、翔平はバルコニーの椅子に座って、七海の忙しそうに動くポニーテールを眺めていた。

「掃除、終了!!」

「ご苦労様」

七海の汗が光るおでこを見て翔平が笑う。


この時間で、すでに気温は27度。


海風が通り抜ける翔平の部屋では普通であれば気持ちいいくらいだが、広い室内を隅から隅まで30分ほど時間をかけ掃除すると、結構、汗を掻くことになる。


「あ、まだ、シーツとか干していない!!」

七海はそう言って足早に洗濯機のあるバスルームに向かって行った。

洗濯機は掃除を始める前に回していたので、丁度、洗濯が終わったところだった。

「こんな時間になって、乾くかしら…。」

時刻は11時近くになり、七海は心配そうに洗濯物を見ていた。


「大丈夫だよ。

 いい天気だし、風もあるから乾くよ。」

翔平が励ますように言うと、七海は力強く「うん」と頷き、洗い終わったシーツなどが入った洗濯籠を持ってベランダに出て、洗濯物を干し始める。


(七海は、働き者だなぁ)

翔平はそう感心しながら、タオルケット等大物に苦戦をしている七海に近づき、洗濯物を干すのを手伝う。

「翔平さん…。

…すみません…。」

七海は翔平に手伝ってもらって、すまなそうに礼を言う。

「どういたしまして。

 さあ、これで終わりだろ。

 お疲れ様。

 中に入って休憩しよう。」

「はい。」


七海がベランダから室内に入ると、室内はいつのまにかエアコンが動き、涼しい風を室内に循環させていた。

「翔平さん…。」

翔平は、七海が汗だくになって掃除し、洗濯物を干すときに、エアコンのスイッチを入れ、部屋の中を涼しくしていた。

そういう翔平のちょっとした気配りが、七海には嬉しかった。


リビングの椅子に対面で座り、二人は七海の入れた冷たい緑茶を呑んでいた。

「さてと、これからお昼の支度。

 そして、お蒲団をひっくり返したら、買い物ですね。

 お買い物は…。」

七海は、一緒に行ってくれるかなとチラリと翔平を見る。

最初の頃は、買い物は一人で行くものだと思っていた七海は、一緒に行くと言った翔平に驚いたが、二人で楽しく話しながら歩くのが好きになっていた。

「当然、僕も一緒に行くよ。」

翔平は笑って答えると、七海も嬉しそうに頷く。


翔平も、たとえ近所への買い物でも七海と一緒に出歩くのが好きだった。

「お昼ごはんは、何にします?

 というか、冷蔵庫の中に何が入っていたっけ?」

七海は立ち上るとキッチンに行って冷蔵庫を開けてみる。


「いいよ、七海。

 外で食べようよ。」

翔平は椅子に腰かけたまま七海に声をかける。

「だめですよ。

 翔平さん、平日は外食が多いんでしょ?

 休みの時位、生野菜とか栄養をちゃんと取らないと。」


翔平は、一人暮らしのせいか、でも一般的なひとり暮らしよりは自炊の頻度は高かったが、七海の言う通り外食が多かった。

但し、朝食は七海が食パンや牛乳を買っておいてくれるので、それを食べてたが、昼食はもちろんのこと、夕食も七海から食べるものを用意してあるという連絡が無い限り外食で済ませることが多かった。


「先週買ったチャーシューに生ラーメンの醤油味、それと…。」

七海はガサガサと冷蔵庫の野菜室をあさる。

「あ、野菜炒めセット見つけた!

 賞味期限は…。」

七海がカット野菜が入っている野菜炒めセットの袋の賞味期限を見ようとしている時、翔平が椅子から立ち上がりキッチンに近づいてくる。


「それ、昨日買ったばかりだよ。

 なんかニラやもやしが気になってさ。」

「ほら、知らず知らずに身体が欲しがっているんじゃないですか。

 お昼は、この野菜とチャーシューでラーメンにしましょう。」

「この暑いのに…。」

翔平が言いかけると、七海がじろりと翔平を睨んだ。

「はい、はい。

 ラーメンでいいです。」

翔平が苦笑いすると、七海は満足げに頷いて見せた。


(まあ、七海の手料理は上手いからいいか)

翔平が思うほど、レパートリーは少ないが、七海の手料理は美味しかった。

「いいけど、七海、疲れていないか?

 さっきまで、掃除や洗濯で汗かいてさ。」

「大丈夫です。」

「わかった、でも、手伝うよ。」

翔平は、七海が料理をするときは大抵、一緒になって手伝っていた。


「すみません。」

七海は小声ですまなそうに言う。

「まずは、大鍋にお湯を沸かして、かな?」

「はい。」

翔平はガスレンジの下から、パスタ等麺類を茹でる大鍋を取り出し、水を入れ始めた。


七海は、冷蔵庫から野菜炒めの袋と、ニンジン、キャベツ、それにチャーシューを取り出す。

そして、ニンジンの周りを水洗いして、ピーラーで周りの皮をむく。

それからまな板の上に置いてから、少し考え事をする。


「どうしたの?」

「いえ、どういうふうに切ろうかと思って。」

「え?

 そのまま、横に切って行けばいいじゃない。」

「うーん、でも…。」

それから決めたように、ニンジンを斜めに切り始めた。

そして切り終わると、それを今度は縦に切り、千切りにしていく。


「あ、ボールをとってもらえますか?」

「ほい。」

翔平は流しの下からステンレスのボールを取り出し、七海の方に渡した。

「ありがとうございます。

 (あっ)」

七海はボールを受取った拍子に翔平の指に触れ、慌ててボールを受取ると、手をひっこめた。

翔平は、それを面白そうに見ていた。


七海は、その後キャベツの玉から葉を数枚剥き、水洗いをして2㎝ほどの幅で切った。

それから最後にチャーシューの入ったパックからチャーシューを取り出すと、1cmほどの幅で細く切っていった。


その間、翔平は水をいっぱいに入れた大鍋に火をかけ、フライパンを取り出しガスレンジの上に置いておいた。

七海は、そのフライパンにサラダ油を入れ、火をつける。

そして、熱くなってきたところに、まず、ニンジンを入れて炒め始める。

ある程度、火が通ったところで、次にキャベツとチャーシュー、そして野菜炒め用のカット野菜を袋から全部入れて炒める。

炒めながら調味料で、コショウに塩を振り、混ぜ合わせる。

キッチンの周りでは、野菜炒めの良い匂いが充満してきていた。


そして、一旦火を止め、中華の味付け調味料を溶いたお湯を注ぎ込み、再び火をつけ、沸騰させる。

「お、なんかわかった気がしてきた。

 それ、餡掛けにするんだろう?」

翔平は興味津々な顔で七海に尋ねる。

七海は「大当たり」というような笑顔で頷いて見せた。


そして、仕上げに醤油を少々、そしてお酢を少々、最期に水で溶いた片栗粉を入れ、中火でゆっくりとかき混ぜる。

お酢の酸味の効いた香りが二人の食欲をそそる。

「お湯も沸いてきたし、翔平さん、麺を茹でてもらえますか?」

額に汗を光らせながら、七海は思い通りの物が出来た喜びからか、嬉しそうな顔をしてフライパンの中のラーメンの具を見ていた。


翔平は大鍋に生ラーメンの玉を二玉入れると、七海に任せ、食器棚にラーメンどんぶりを取りに行く。

そして、さっと水洗いをして、最期にポットのお湯を張り、どんぶりを温めた。

それから、説明書に従ってどんぶりにラーメン汁とお湯を張り、お湯切りを使って、鍋の中の麺を二等分にどんぶりに取り分けると、その後は、七海がフライパンの中のラーメンの具を、やはり二等分に盛り付ける。


「完成!!」

「おお、すごい。

 美味しそうだ。」

「七海特製、餡掛け野菜ラーメンです!」

「サンマーメンってやつかな?」

七海は、上手くできたのでとても嬉しそうだった。

そして、ダイニングテーブルにラーメンを運び、二人は向き合って食べ始める。


翔平は一口ラーメンの具を頬張ると、まさに食べたかった餡掛けラーメンの味がして、夢中になって食べ始める。

七海は、ポニーテールを結わきなおし、夢中で食べている翔平を笑顔で見つめながら食べ始めた。

(あ、美味しい。

 我ながら、完璧かしら。

 でも、もう少しピリッと来るものがあればよかった。)

七海は、「美味い、美味い」と褒めながら食べている翔平を見ながら

(まあ、いいか。

 今度はラー油やニンニクを入れてみよう。)

と思いながら自分のラーメンを食べていた。


二人は食事が終わると、食器や調理器具を翔平が洗い、七海が拭くというように片づけを分担していた。

その間、何回か洗った食器を七海に手渡す時に、翔平の指と七海の指が重なったが、七海は恥ずかしそうに食器を受取るとすぐに手をひっこめた。


片付けを終わらせると、次はベランダに干してある布団の取り込み。

これは、力がいるので翔平が買って出て、七海はカーテンを開けて押さえたり、翔平の手助けをしていた。

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