第26話 最強召喚士、故郷の村に忘れ物を取りに戻る

「ねえ、ライゼル。他の子たちと別行動で良かったの?」

「心配なの?」

「そ、そんなことないけど、あんな強そうな女の子とエルフさんを他の所に行かせるなんて……エルフさんは一緒に来たがっていたのに」

「それも厳しさってやつだよ。でもほら、イビル母さんが一緒だしムルヴも近くにいるんだから」

「……そもそも彼女はどうして母さんなの?」


 アサレア、それにイビルとムルヴを従えて、俺は故郷でもあるロランナ村に帰って来た。


 ここに戻って来たのは、かつて俺が住んでいた家に別れを告げる為だ。


 合成士のアサレアも、村に残して来た調合薬を取りに戻りたかったらしく、ついでに戻ることにした。

 

 トルエノとルムデスには、イゴルと戦う為の場所を探してもらう為ということで、別行動を取っている。


「うふふ~アサレアちゃんね?」

「は、はい」

「ライゼルちゃんはね、極度のマザコンさんなの~! 私の幻覚で何度も母さん、母さんって抱きついて来られたの。マザコンだからこそ、私の外見を母さんにしてしまったのだと思うの! うふふ」

「イビルさんって、毒舌なんだ……」

「ア、アサレア! イビルの言うことは俺への愛情表現なんだよ。別に母さんになってくれとか頼んでないからね?」

「あらあら、ライゼルちゃん。あなたの言からは、しっかりマザコンな気持ちが込められていたのよ~! だから私はこの姿になったの。ライゼルちゃん、諦めてアサレアちゃんに認めてね?」

「……はい」


 イビル母さんはほとんど戦うことが無く、せいぜいぶん投げられただけだ。


 ほぼ俺の癒しの為だけに動いてもらっていると言っても、過言じゃない。


 遠い記憶の中に母さんの優しさが残っていた。


 それだけに、幻覚を見せる妖精に面影を望んでいたのかもしれない。


「ロランナ村にあの上級召喚士がいないことは分かったけど、ライゼルは平気なの?」

「ギルドにも顔を出すよ。俺を追い出したギルドマスターをどうにかするわけじゃないし、大丈夫だよ」

「それならいいけど……って、今さらだけど口調がライゼルに戻ったよね。その方がライゼルっぽくて好き」

「す、好き!?」

「か、勘違いしないで! わたしとは幼馴染の関係でしょ? だからなの! 嫌いじゃなくて好き。分かった?」

「う、うん」


 追放された村……と言っても、ギルドとイゴルたちだけが問題だっただけ。


 俺の両親がいた頃からいた村の人たちに罪は無い。


 アサレアは色んなモノを取りに行くということで、彼女だけを先に行かせることにした。


 俺はイビルの希望を素直に聞き、イビルを連れて一緒にギルドに行くことを決めた。


「ライゼルちゃん」

「どうしたの、イビル?」

「わたしはライゼルちゃんに生み出された、植物妖精マンドレイク。何かあったら私が守ってあげるの」

「うぷっ!? だ、大丈夫だからね? ギルドに何かがいるわけじゃないんだし」


 イビルの胸元に引き寄せられながら抱きしめられると、何故か心が落ち着く。


 俺はルムデスの光によって、憎悪の心を薄くすることが出来た。


 たかがギルドに入るだけであって、何かをされるわけじゃない。


 そう何度も念を押して、ロランナ村ギルドの扉を開けた。


 中に入ると、以前より随分と寂れた感じになっていた。


「んー? お前はライゼル? 許可も無く入っていいと言ってないんだが、楽しみよりも苦しみの方が勝っちまって、オレからの慈悲は受け取れなかったか?」

「……スキルを見る為に来ただけだ」

「スキル? お前にスキルなんかあった試しなんかねえだろぅが! スキルが無い奴に、無駄なことするつもりはねえよ! おら、帰れ帰れ! 俺は忙しいんだ」

「誰もいなくて暇そうに見える。ギルドを閉めるのに忙しいのか?」


 ルムデスの光、トルエノの闇によって、ロランナ村のギルド連中はほとんど姿を消した。


 そのせいもあるのか、ギルドは閑散としている。


「……お、お前があいつらにやられてりゃあ、ギルドはこんなひどいことにはならなかったんだ! クソガキが! お前は俺自らが手を下してやらぁぁぁ!」

「――!?」


 追い出したはずの俺がのこのこ戻った時点で、この男は恨み晴らしで襲い掛かって来ると思っていた。 


 それでも咄嗟のことだったせいで、一瞬だけ動作が遅れてしまう。 


 さすがに間近な所から物理的に攻撃をされれば、傷を負うのは必至だ。


 そう思っていたのに、植物のつるのようなもので、動きを封じられている男の姿があった。


『……が!? あぁぁ……』


「うふふ、だから言ったでしょ? 迂闊にギルドなんかに戻っちゃ駄目だよ~」

「イ、イビル?」

「わたしは、あなたに向かって来る悪意ある存在を止める妖精……このまま、この人間には幻覚を見せ続けるの」

「ご、ごめん。油断した」

「ライゼルちゃん、この人間をどうするのかな?」


 ギルドマスターを消してしまうのは簡単だ。


 そうだとしてもこんな人間がいるだけで、村の人たちや訪れる人には必要とされているかもしれない。


 現状、ロランナ村のギルドが再建出来る余裕があるとは思えない。


 ここはこのまま放っておくのがいいだろう。

 

「その幻覚はいずれ消える?」

「そだよ~。他の人間が蔓に触れたら、目が覚めちゃうの」

「……それなら、そのままにしてここを出よう」

「いいの~? ライゼルちゃんに悪意を持ったままで目覚めちゃうよ?」

「今は何も出来ないだろうし、このままでいいよ」

「はぁ~い!」


 油断を許してしまった。


 もちろん、傷を負っても俺には再生のスキルがある。


 とはいえ、イビルはこの事も含めて、俺の傍を離れなかったのかもしれない。


「イビルは本当に俺の母さんじゃないよね?」

「うふふ~マザコンさんだぁ!」

「うぐっ……」

「ライゼルちゃんは子供なのだから、子供のままで甘えればいいんだよぉ~」

「そ、そうだね……は、はは」


 俺が召喚した植物妖精イビルは、俺に癒しを与える存在として生まれた。


 この先、行方知らずの親を探せるかは分からない。


 その不安を見透かしての動きだとしたら、イビルにはもっと優しくありたい……そう思った。


「ライゼル~! お待たせ!」

「――って、そ、そんなに荷物抱えてるの!?」

「必要になるかもだし、全部持って来たの。ムルヴちゃんがいるから平気でしょ? それに、どのみちもうロランナ村に戻るつもりはないしね。ライゼルもそうでしょ?」

「そ、それはそうだけど……」

「魔物除けの臭い袋も万端!」

「いや、それは逆だからね? その臭い袋でトルエノが……」

「よく分かんないけど、魔物にとっていいならいいんじゃないの?」


 アサレアは俺よりも、ロランナ村に対して未練も何もなかったらしい。


「アサレアちゃん、ライゼルちゃんは油断する子供なの。アサレアちゃんも、油断しちゃ駄目だよ?」

「そうですね! イビルさん、ありがとうございます」

「うんうん、それじゃあ行こ~!」


 ロランナ村への忘れ物……俺の家には何も残っていなかった。


 かつての面影と両親がいたことを思い出して、俺は家を後にした。

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