第9話 最弱召喚士、女王の姿に見惚れる

 エルフのルムデスさんと召喚契約が出来たのは、何だかんだで耐性スキルが上がっていたからもあった。


 そうでなければ光にも耐えられなかっただろうし、ギルド連中からの魔法攻撃でダメージを負っていたのは明らかだ。


「さて、わたくしは植物妖精さんの所に行きます。あなたは悪魔の所へお行きなさい」

「え? でも……」

「フフ、心配する必要のない強さと分かっていても、見た目のせいでご心配されているのでしょう? この地は光の再生で、森の木々は戻ります。ライゼルが心配されずともよいことなのです」

「そ、そっか。じゃあ、トルエノの様子を見に行って来るよ。イビルのこと、よろしくお願いします!」

「ええ、お任せください」


 ルムデスの言う通り、子供の姿であっても圧倒的な強さを持つトルエノを心配する必要は無い。


 それでも彼女は俺が初めて召喚出来た子だ。正体が何であれ、光から逃げることが出来たギルド連中の人数は、どう考えてもトルエノには多すぎる。


 役に立たなくても彼女の姿を確かめたい、そう思って近くに行ったことをすぐに後悔する。


「「ギャァァー!」」


がライゼルを傷つけた人間ども! 貴様らに安息の地を与えるつもりなぞあり得ぬぞ!』


「な、何でライゼルごときに悪魔が力を……」


 な、何が起こっているんだろう……俺のいる場所から見えているのは、透明な氷の壁が一帯を覆っていて、その中に入れないことしか分からない。


 内部にはまだ結構な人数の魔法士や戦士が中央に固まっていて、必死に抵抗している様子が見て取れる。

 

 氷の壁を握りこぶしでコンコンと叩くと、かなりの厚さであることが分かる。


 氷を叩いたことに気付いたのか、トルエノが俺に気付いた。


「(エルフとは契れたのか?)」

「(う、うん。少しだけ火傷したけど、出来たよ)」

「(我が心配で来たのか?)」

「(心配はするよ。トルエノがどんなに強くても、オリアンと獣がいた時よりも数が多いわけだし)」

「(ならば、そこで見ておくがいい。我の強さを見て、心配する必要の無いことを確かめる為にな!)」

「(き、気を付けてね)」

「(くくっ、面白い男だ。我を昂らせられる事の出来る者となるか)」


 心の中でやり取り出来るのはどうやらトルエノだけらしく、これはトルエノが悪魔だからということと、最初に召喚した時に彼女が唱えたげんによるものなのだとか。


 やり取りの間に、中央に陣取っている連中は連続して攻撃魔法を詠唱している。


 前衛である戦士は、トルエノに剣を振り下ろし続けていた。


「くそっ! 何でだ! まるで剣が当たらねえぞ。こんなガキ一匹に!」


 小さな体のトルエノは微笑みを見せつつ、腕組みをしたまま動きを見せない。


「ライゼル! 生きてやがったか。ガキ一匹よりも先に、お前から消してやる!」

「最弱のライゼルに突っ込め!」

「「おおおー!」」


 氷の壁が透き通っていたこともあったせいか、ギルド連中は俺の姿を見つけた途端に、俺をめがけて突っ込んで来ようとしている。


 攻撃の当たらないトルエノよりも、俺に集中攻撃を仕掛けた方がいいと判断したみたいだ。


『脆弱な人間ども! 我、トルエノ・キュリテの怒りを買ったことを灰となる時まで後悔するがいい!』


 俺に向かって来ても氷の壁に阻まれることは確実なのに、連中はトルエノのことを気にしていなければ、放たれた言葉も聞こえていない。


『我、闇黒のキュリテが命ずる……契約を捧ぎし召喚者に請う。天を裁き、地を裂き、大気に眠る焦熱を以って、目睫もくしょうかんに迫る存在を消し去れ!』


 羽根を大きく広げたトルエノの姿はいつもの子供の姿ではなく、艶やかな黒翼と共に大人な雰囲気を解放した綺麗な女性となっていた。


 彼女が放った呪文のような言葉は、召喚士の俺が使うものとは比べられないくらいの緊張を辺りに走らせ、俺に向かって来ていた連中の動きを一瞬にして止めていた。


 瞬きをした直後、ギルド連中が立っていた地面は裂かれ、逃げられない程の雷柱が行く手を阻み、彼らを覆う広大な炎の膜が辺り一帯を包んでいた。


 う、嘘……こんな、これがトルエノの力?  


 俺はどうやってこんなとんでもない力の彼女を呼んでしまったというのだろうか。


 しばらくして、ギルド連中の姿がすっかり消えていたことに気付き、同時に大人に戻っていたはずのトルエノが、いつもの姿で無邪気に近づいて来るのが見えた。


「トルエノは何者なの?」

「我は闇黒あんこくの地に存在していた悪魔。我に臆したのか?」

「そんなことはないけど、どうしてそんなすごいキミを召喚出来たのかなって……」

「……ライゼルの中に眠る血によるものだ。ライゼルは元から人間か? あるいは生みの親が我に近い存在だとしか考えられないが……キサマのスキルのことも気になることでもあるし、この地から離れ落ち着いた所で話すことにする」

「そ、それにしても……」

「ん? どうした? 我の顔に何か付いているか?」

「え、えっと……」


 まさか見た目が10歳の女の子に、大人の姿に見惚れていたんだなんて言えるはずがない。


 普通なら怖れを感じてこの場から一目散に逃げてしまいそうになるのに、大人な姿だったトルエノへの緊張と、興奮が抑えきれずにいて動くことが出来ない。


「くくっ、ライゼルが近くにいたことで張り切りすぎたようだ」

「れ、連中は跡形もなく?」

「灰にした。我は雷、炎、氷と大地を切り裂く力を擁している。ここまでせずとも消すことが出来たが、キサマの村の人間どもは、際限なくライゼルを追ってくるとみた。ならば、キサマの心配を減らすためにもここまでする必要があると思った」

「お、俺の為に?」

「我はキサマの獣なのだからな! キサマに眠る苦しみの一部を消したに過ぎない」

「そ、そうか。あ、ありがとう」


 言っていることはとてつもなく危険で恐ろしいことのはずなのに、大人な姿を見てしまったせいかトルエノの姿を見ているだけで、何も言えなくなってしまう。


「我に見惚れたか、ライゼル」


「そ、そんなことは……」


「……まぁ、いい。イビルに加え、エルフもライゼルの獣となった。そろそろこの地を離れ、気に入らぬが人間が多くいる城にでも進むべきだろうな」


 何だかんだでロランナ村を追い出されてからも、大して進めたわけでもなく、途中で洪水も起こしてしまったことで、結果的に追手に捕まってしまった。


 闇のトルエノと光のルムデス、そしてイビル母さん。


 彼女たちを連れ歩いていても、母と姉と妹にしか見えないだけに、恐らくは城や大きな町に寄ったとしても騒ぎになることは無いはず。


 ロランナ村に残っている彼女のことが気にはなるけど、今はここから離れることにしよう。


「トルエノは実は大人の姿に戻れるんだよね?」

「……何のことだ? イビルの毒を浴びて幻覚でも見たのではないか?」

「え? でも、あの時――」

「気にする暇を見つけるより、さっさと離れるぞ。エルフとイビルもこちらに向かって来ている。揃ったら、先へ進むぞ」

「わ、分かったよ」


 幻覚にしてはハッキリ見えていたけど、今はその姿を思い出せなくなっている。


 いずれにしても、大人な姿のトルエノの力はとてつもないということだけは理解出来た。


「くく、もっと覚醒をすることだ。それが我が望み……」

「え、うん」


 トルエノが何を言っているのか俺には分からなかったけど、俺の成長が彼女たちの強さに繋がっているのだとしたら、俺はもっと強くならなければいけないのだろうと思えた。


 強さが分かれば、姿を消した両親の元にたどり着けるかもしれない、そう思いながら先に進んだ。

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