第8話 最弱召喚士、不遇な夢のち光を浴びる

 聞こえて来る雑音はいつも聞こえるあの子たちの声などではなく、理不尽に辛い日々を過ごさなくてはいけなかった、村での生活音と声だった。


「使えねえ召喚士だ。こんな奴がいてもギルドは大きくならねえよ」

「コイツを追い出せば、上級召喚士だけだ。最弱な奴がいるだけでギルドにとっては荷物になる。コイツは追い出そうぜ」

「そうするか!」


 毎日コツコツと召喚し続けても、スキルは一向に上がる気配を見せない。


 両親が行方を消す前の幼年期、寝ている俺にいつも子守唄ならぬ、何かの呪文のような言葉を何度も聞かせられていた。


 強くなれる、スキル、転生前……などなど、小さかった俺にはそんな言葉の意味など分かるはずも無かった。


「ライゼルは必ず強くなれる。何せ、母さんと父さんの息子として生まれたのだからな」

「そうよ。私たちがこの世界で、人間として暮らす前までのスキルを全て引き継いだのですもの。時間はそんなにかからないはずだわ。初めは不遇すぎるかもしれないけれど、転生前に契ったことをしていけば――」


 親たちは俺が召喚士として生きていくこと、ギルドに入れたことを喜び……そして姿を消した。


 ロランナ村は村の割には規模があり、ギルドを大きくしていたのが特徴だ。


 近くの村はもちろんのこと、腕利きの戦士や魔法士を募り、下手をすると城でも作ってしまうんじゃないかと思ってしまうくらいに、ギルドの所属者は日に日に増えて行った。


「うわ……またワームかよ? マシと呼べるものがウサギって、ライゼルは才能の欠片もねえよ!」


「で、でも、俺は強くなれるんだ。親たちがずっとそう言ってくれたし……」


「転生か何だか知らねえけど、適性ってもんがあるのを知らねえのか? どんなに召喚しまくった所で、家柄が良くなければ、雑魚程度しか呼べねえんだよ! ライゼルの親なんてほら吹きじゃねえかよ。そこを行くと、オリアン家は英雄を祖としてるからな! 血が違うんだよ。無駄な努力なんかやめとけ!」


 初めの頃は優しかったはずの召喚士仲間は、ギルドの規模が大きくなるにつれて態度も変わり、呼び出す獣とスキルに差を付け始めてから、変わってしまったのを覚えている。


 何で俺だけこんな……でもあいつらが強いのは紛れもなく本当だし、スキルを上げるしかない。


 何も言い返せないけど、いつか必ず、他の誰よりも強くなってとんでもない召喚士になってやる……。


「うーん……? あれ?」


 何故か見たくもない不遇な自分の夢を見ていたと思っていたら、目の前にはギルドにいた連中が一斉に俺を囲んで睨んでいた。


「やっと気づいたか。どうやって呪縛魔法を解いたのか知らないが、ライゼルに聞きたいことがある!」

「え? な、何?」

「最弱ごときがオリアンをどうやって消した?」

「いや、俺は何も……」

「村近くの地面がえぐれていたが、壮大な落とし穴でも掘って落としたか?」

「あー……そうかも? で、でも、俺は本当に何もしてないんだよ」


 トルエノの引き起こした雷で、地面が派手に引き裂かれてそこに落ちて行っただけのことであって、オリアンに直接何かをしたわけじゃないことをどう説明すればいいのだろう。


「とにかく村で聞かせてもらう。ルジェク様とイゴル様がお前を裁いてくれるからな!」


 ルジェクさま? イゴルさま……? 確かにあの二人は強い召喚が出来るけど、何でそんな扱いを受けているんだろ。


「とにかくじっとしてろ!」

「し、縛るの? 逃げないし、逃げられないのに……」


 まさか名前も知らないギルド連中に捕まってしまうなんて。


 呪縛魔法が効かなかったのがよほど頭に来たのか、今度は縄でキツく縛られてしまった。


「おらっ! とっとと歩け!」

「わ、分かってるってば……」


 村の中でほぼ使われることの無かった古縄は、水で濡れた外套によく絡み、さっきよりも手足の自由を奪っている。


 ここで声を張り上げれば、トルエノはすぐに気付いてくれるけど、ルムデスさんとやり合っていそうだしそんな余裕は無いかもしれない。


 追い出された村に戻ることになるんだろうか。もう二度と戻れないと思っていたのに。


「……あ、あの、もう少し優しく引っ張って欲しいなぁ……なんて」

「やかましい! 最弱のくせに生意気に口ごたえすんな! 黙って従え!」

「ご、ごめんなさい」


 せめてトルエノと話が出来れば……なんて思っていても、心の中で会話出来るわけでもないし今度こそ駄目かもしれない。


「(我を呼んだか、ライゼル)」

「(へ? トルエノ? 本当に心の声が!?)」

「(相変わらず情けない男なのだな。耐性スキルが上がったというのに、奴等に体当たりすらも出来ないのか?)」

「(そ、そんなこと言われても、ギルド連中に囲まれているし……耐性スキルが上がっても、力が強くなったわけじゃないんだよ?)」

「(ならば、エルフの光に耐えて見せろ。我はノミどもを消し去ってやる! キサマを失うわけには行かないからな)」

「(え? 光?)」


 まさかトルエノと会話が出来るとは思わなかった。


 それにしても光に気を付けろとか、一体どういう意味なのだろう。


「何をぶつくさ言ってる! さっさと前に進め、最弱!」

「わ、分かったから、蹴飛ばさないで」


 最弱というだけで突き飛ばされる、蹴られる……そんな目に遭うくらいなら、いつかトルエノたち召喚獣に頼らずに、俺自身が強くなるしかない。


 ずっと弱いままなのは、もう嫌だ。ルジェクとイゴル、ここにいるギルド連中にも負けたくない。


「――うっ!? な、何だっ!? ま、眩しい!? 光の柱が向かってくる?」


 へ? まさかあの光柱がそうだったりするのかな?  


「「に、逃げろー!」」


「ライゼルはどうする?」


「放っておけ!」


 俺を取り囲みながら歩いていたギルド連中は、俺だけを残して一目散に逃げ出してしまった。


 目前に迫って来る光柱は木々と道を削り取り、逃げ遅れた足の遅いギルドの奴を一瞬で消し去っていた。


「「う、うわー……!?」」


 光の柱は声を途中でかき消し、音もなく眼前に迫って来ている。俺には耐性スキルがあるしトルエノの言う通りに耐えれば、何とかなるかもしれない。


 き、消えないよね……せっかく強くなってきた気がするのに、光を浴びて消えるとか許して欲しいなぁ。


 ――瞬きする間もなく、閃光と共に目の前の景色が一変した。


 全身を縛られていた縄はすでに消え去り、辺りを見回しても人の気配を感じられない。


 一面を光の壁に覆われたことに気を取られていたせいで、気付いた時にはすでに、自分の胸には光の矢が突き刺さっていた。


「えっ……そ、そんな……何で? あ、熱い……胸が焼ける!?」

 

 光の矢は深く突き刺さっていて、矢その物の痛みは無く、代わりに熱い火傷のような感覚がずっと続いている。


 もしかしてこれに耐えろってことなのだろうか。


「ふふ、痛くは無いのでしょう? ライゼル・バリーチェ」

「その声はルムデスさん? あの、この光の矢は……」

「光の正体はヴァニッシュ。光の中に侵入した人間の存在を消し、今世から追放します」

「お、俺は平気なんですか?」

「あなたとわたくしとの契約の証。召喚士とは獣と契りを結ぶのでしょう? その矢を受けたあなたは、エルフ族の長であるわたくしを授かることになる。耐性スキルがある上、リジェネーションが付いているのならば、消えることは無いのです」


 エルフを授かる? 何だか別の意味に聞こえなくも無いけど、どうやらギルド連中と俺では扱いが違うみたいだ。


「あ、あのトルエノは?」

「あの悪魔なら、逃げた人間を消し去る為にとどこかへ行きました。不本意なやり方ですが、あなたに従っている悪魔のやることに余計なことを伝えても、無駄ということなのでしょう」

「そ、そうか。トルエノが……」


 もう駄目かと思っていたけど、火傷くらいの痛みならすぐに元に戻りそうだ。


 ギルド連中のことが終わったら、大きな町、城を目指して装備を整えられるかもしれない。


 俺自身が強くなって、ルジェクたちを自分の力で懲らしめてやる――!

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