第40話


『お家事情』をこの場で繰り広げる必要はない。しかし、事前にヘルティ伯爵から話は聞いていた。

不貞が判明し離縁して元妻は王都にある実家の邸宅に移された。当時すでに『不貞相手の子』を身篭っていたため、馬車で領地に戻るのが難しかったからだ。

その後、仕事で付き合いのある侯爵の親戚筋の娘を紹介されて付き合い、二年後に結婚。一男三女に恵まれた。

しかし、再婚後から元妻に付き纏われていた伯爵は、離縁した元妻の実家に貴族院を通して抗議した。

貴族院に呼び出された元妻の言い分ではこうだった。


「不貞はした。しかしその時の子は始末して『なかったこと』になった。だから私は貴方の妻に戻る権利がある」


さすがに元妻の実家である伯爵家でも『ことの重大さ』に気付き、領地に連れ帰り幽閉した。その時にはすでに妊娠していた。もちろんヘルティー伯爵の子ではない。生まれた子共々幽閉されて5年後に元妻は没した。『病死』だという。幽閉直後からすでに精神を病んでいて、子供を『ヘルティー伯爵との子』と思い込んでいた。そして、それを娘に繰り返し言って聞かせた。それをこの娘は信じ続けた。


母親亡き後、娘は孤児として領内の孤児院に預けられた。実際に母親は死に、父親は何処の誰か分からない以上、孤児であることに間違いはなかった。

孤児院でも「私はヘルティ伯爵家の娘よ」と言い続けていた。もちろん、誰も信じない。他の子供たちからも「嘘つきの子」と呼ばれ続けていた。

─── だからこそ『私はヘルティ伯爵家の娘』という思いだけが強まった。自らの名前を忘れるくらいに。


それに目をつけたのが、ヘルティ伯爵領の隣領の前シュトーレン子爵だった。『伯爵家の弱みを握った』と思ったのだ。息子の嫁にし、伯爵家に脅しをかけて伯爵家の領地を奪おうとした。

それがヘルティ伯爵に貴族院へ訴えられ、『自身が目をつけた娘の出自伯爵の弱みの真実』を知ることとなった。そして多額の慰謝料と領地の半分以上を伯爵に支払い、失意のうちに亡くなった。

現シュトーレン子爵はそれを『結納金』だと思っていた。父である前当主が貴族院で手続きをした日に、王都の邸宅で倒れている所を執事に発見されたため事実を知らなかったのだ。

執事は口を閉ざしていたが、貴族院の調査で事実を知ってからの心情を日記に書き綴っていたことが判明した。自身の調査不足で子爵領を半分以上失ったことや、離縁させようと思ったが脅しの材料としてすでに子供が二人いること。

─── その子が『息子の子ではない』こと。


幼少期の病で、息子には子が出来ない。それは自身と主治医以外に知らない事実だ。だからこそ、自身が『子を作った』のだ。二人も作ったのは、『男児が出来れば有利になる』と思ったからだった。

娘二人に愛情はない。『交渉を有利にするための道具』だったのだから。


その日記は貴族院に証拠として預けられている。記録の開示を求めたら、子爵は自身がすでに離縁していることと『父の愛人と腹違いの妹たち』の存在を知ることになるだろう。

日記により、貴族籍が修正されているのだ。



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