第35話
部屋の扉をノックした後、
「トルスタイン。貴方の時間を頂いても宜しいかしら?」
「義母上。どうぞお入り下さい」
ウルが扉を開けると1時間前に別れた義母が立っていた。
「ごめんなさいね。ああ。お茶はいいわ。もうすぐ『お茶の時間』ですもの」
ウルにお茶を断り、私が勧めたソファーに座った義母の対面のソファーに腰掛ける。
「リリアーシュの前で出来ない話をしましょう。私から先に報告させて頂きますね。まず先にグラセフのことですが」
相変わらず主導権は義母にありますね。ですが、話が早くて助かります。
「グラセフは優柔不断ですわね。今回、領都に
「今回も簡単に
「・・・そう。ちょっと『気になる
「噂・・・ですか?」
「ええ。まだ噂ですからね。トルスタインにはまだ話せないわ」
立てた人差し指を自身の唇に持っていき微笑む表情は、私の愛しいリリアーシュ嬢に瓜二つだ。
義父がリリアーシュ嬢を可愛がっているのも納得できる。─── 私も娘が出来たら義父のようになるのだろう。
「義母上はエステルの件はご存知でしょうか?」
「ええ。ですが貴方の方が詳しいのではなくて?」
「義母上は何処までご存知でしょうか?すでにご存知の内容でしたらお耳に入れるのは」
「いいえ。私のは『別の方が聞いたこと』ですもの。確認のためにお話を聞くのも大切なことですわ」
義母に「分かりました」と答えて話をする。学院の二日間の騒動と処罰までを順に話していく。義母は黙って頷きはするが口は挟まない。それでも話が終わるまで10分も掛かった。
「やはり当事者に直接聞いた方がいいわね。私が聞いた話と違っていたわ」
義母は義父から聞いているはず。では別の方向から話を聞いたということですね。
「義母上はグラセフからも話を聞いたのですね」
「ええそうよ。入学もしていなかったのね」
「グラセフは何と?」
「・・・夜にお時間を頂けるかしら?旦那様のお耳にも入れておきたいの」
「はい」
義母は変わらぬ表情のままですが、目は笑っていません。
「義母上。それでグラセフはどうしているのですか?」
「それは夜に旦那様からお話し頂けるわ」
フフフと微笑む義母は可愛らしい。ただ、『イタズラが成功した』と喜んでいるようにも見える。義父が関わっているのだろう。いや。義父は『巻き込まれた』のだろう。
義父の静かな怒りの被害を多分に受けているであろう父に、心の中で手を合わせた。
ミンティア王女は簡単だった。あのパーティーで王女2人は侍女たちに中座させられ、ミルッヒ王女は大人しめのドレスへと着替えてから父に挨拶をした。あの時着ていたのは、ミンティア王女は場に相応しくない、赤を基調とした派手なドレス。逆にミルッヒ王女は濃紺を基調とした飾りっ気のないドレスだった。着替えて出てきた時は緑色を基調とした10歳の王女にお似合いなドレス姿だった。
ミンティア王女も『相応しいドレス』に着替えさせられた。囚人用の貫頭衣に。私たちへの無礼など、罪を重ね続けたためだ。14歳で国の第二王女という立場としては、振る舞いに責任が伸し掛かる。それも他国の王子に注意されても
クラフテラ国は今、謝罪と弁明を繰り返している。すでに『クラフテラ国としての未来』は
「ミルッヒ王女の着ていた濃紺のドレスから『夜空』をイメージしました。そのため、『星空』をイメージするような刺繍をお願いしてあります」
「そうですね。『似合わない』から破棄するのではなく、『似合うように変える』方が良いでしょう。それに、そのドレスは『故国から持って来たもの』です。半年という短期間ですが・・・。そうですね。そのドレスは国に帰る前のパーティーで着て頂ければ良いでしょう」
「国に帰るでしょうか?」
「いいえ。『返す』のです。第二王女に不当な扱いを受けてきたこと。それでも父王は救いもせず、ゼリアへの留学に無理矢理ついて行く第二王女を止めもしなかった。どうやら、「この国の王太子かトルスタインを手玉にとり、この国の王妃となったら王族を殺し父王にこの国を差し出す」と言ったそうですわ。そして父王は「頑張って手に入れろ」と送り出した。その流れから考えても、ゼリアに宣戦布告したと取られかねない。だから第三王女を国に返すのよ。『人質となりうる第三王女が帰ってきた』となれば、
「『内乱』が起きますね」
「いいえ。起きないわ。クラフテラの重鎮たちはそれを回避するためにゼリアと交渉をしているのよ。─── 国王を抜きにしてね。国王は『国を残し、我が子にトルスタインを婿入りさせる。それでクラフテラは救われる』と思い込んでるようね」
「 ────── クラフテラ国王を消してもいいでしょうか?」
「大丈夫よ。第三王女が帰国後に重鎮が毒杯を与えるようだから。『国に混乱を起こそうとした』という重罪でね」
『国家転覆罪』ですか。たしかに現在の言動では
「「私と結婚して王妃になる」ですか。エステルも同じことを言っていましたね。私は第二王子であり、相手が誰であれ結婚したら王位継承権を返上することになっています。たとえ王族が全滅しても、私は王位を継ぎません」
「そうね。貴方が旦那様の後を継ぐのも、リリアーシュやルーファスを宮廷のゴミゴミとした混乱から引き離すためだものね」
「以前、父から聞きました。自分の決断が甘く、結果的に
「あの時、すぐに動かなかったのは確かにノルヴィス国王のミスです。そのために助かる生命も多数処刑されました。覚悟がないなら、貴方のように継承権を放棄するべきだったのです。優柔不断だった自分を死ぬまで後悔し苦しむしかありません。─── 後悔しているのは旦那様を含め、あの日を共に乗り越えた彼らも同じです。「もっと早く動いていたら」という後悔が彼らを苦しめてきました」
父の優柔不断が義父たち腹心も苦しめている。それも『父以上』に・・・。
「彼らの心を癒したのはリリアーシュの誕生でした。あの子の笑顔を見て、「自分たちはこの笑顔を守るために生きていく」と誓ったのです。─── あの時、処刑された最年少は生後2時間のジョシュア。そしてノルヴィス国王がリリアーシュと会ったのは、『二番目に幼かったアントン』と同じ歳です。リリアーシュを通して、彼らは『自らの罪』と向き合って生きているんです」
「────── 知りませんでした」
「ええ。知らなくて良いことです。これは『彼らの贖罪』です。だから、私たちはこれからも『知らないフリ』をして、貴方はリリアーシュを幸せにすることだけを優先しなさい。この家のことは私。この国のことは旦那様を含めた大人の仕事です」
義母は当時『最後まで見届けた』そうだ。それは母も同じだ。『最後までついて行く』覚悟のためだったらしい。
今でも当時を知る者から『灰色の世界』『暗黒の時代』と言われている。その最終幕に立ち会った二人の
「トルスタイン。リリアーシュに『この道』を歩ませないように、ね?」
「はい。全身全霊で守り抜きます。─── リリアーシュ嬢には、明るい『春の花咲く小道』がよく似合います」
「そうね。でも、トルスタイン。貴方も『明るい世界』で生きていいの。そのために私たちは『暗黒の時代』をこの手で塗り替えてきたのだから」
義母の言葉に、私は言葉を詰まらせてしまった。
私もリリアーシュ嬢と共に『明るい道』を歩いていいのだろうか。
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