第25話


「お父さま?何故ですの?」


私は父から「これから離れた領地ところへ行くことになった。エステルは私が戻って来るまで神殿ここで世話になるんだよ」と言われてしまったのです。

父にしがみついて上目遣いで訴える。「私も連れて行って」と。

これをすれば、どんな男性でも私の言うことを聞いてくれる。『気持ちイイこと』をしてくれる。初めて『気持ちイイこと』を教えてくれた幼馴染みのアモンからは「エステルは『神に選ばれた』だよ」といつも言いながら『気持ちよく』してくれる。だから、男性は私に『優しく』してくれる。『愛して』くれる。

でも父は「子どもエステルは連れていけないんだよ」と言って、私の『お願い』を聞いてもらえない。


「だったら一緒にいて?お父さまと一緒にいられるなら『なんでも』するから」


そう。部屋にひとりでいると知らない人たちが入って来る。「お父さんには内緒だよ」と言う男性たちの言うことを聞いて『気持ちイイこと』をしないとお父さまが追い出されるって。でも、おうちを出る時にお父さまと約束したの。「二度とアモンが教えてくれた『気持ちイイこと』はしない」って。だから「お部屋から出てはいけない」ってお父さまの言いつけを守らずに、お父さまとの約束を守ったの。

でも、お父さまと一緒にいられるなら。お父さまが「約束を守らなくていい」と言ってくれたら、部屋に来る男性たちと『気持ちイイこと』するから。だから・・・


「一緒にいてください。お父さま」




「エステル。・・・ちゃんと話を聞きなさい」


「イヤです。お父さま。『一緒にいる』と約束するまでエステルはお父さまの言うことなんて聞きません!」


「エステル」


「イヤです!」


父と何度かそんなやりとりを繰り返していた。そうしたら、前のソファーにずっと黙って座っていた『もうひとりの声』が聞こえた。


「グラセフ殿。あとは私たちにお任せください」


「・・・分かりました。お願いします」


その言葉と共に父は立ち上がった。私は『まだ怒っています』という意思表示もあり、ソッポを向いて父を見ることも「待って」と追いかけることも「一緒に帰る」と泣くこともしなかった。

・・・その時の私はただ、父は『私の機嫌が直るまで席を外した』だけだと思っていたからだ。




部屋を出て行った父は戻らず、室内はずっと沈黙が続いていた。

すでに紅茶もクッキーもなくなり、補充もされない。いえでは、紅茶がなくなる前に新しく注いでもらえたし、冷めたら新しいのと取り替えられた。お菓子だって、なくなる前に新しい皿と取り替えられた。


「そろそろお話ししても良いかしら?」


「・・・はい」


父の帰りを待って扉に目を向けると、前に座る女性神官が話しかけてきた。


此方こちらをお父君からお預かりしております」


そう言って差し出されたのは手紙。中には父の文字が並んで文章を紡いでいた。


『エステル。

キミがこの手紙を読んでいるということは、私はエステルに何も真実を告げることが出来なかったということだな。

こんな愚か者で悪かった。


エステル。

キミは私たちの・・・私グラセフと妻ポーリニカの娘ではない。

私の父アヌグストと私の妹レイチェルの娘だ。


エステル。

キミは私の妹であり姪なのだ。


しかし、レイチェルはキミを産んだのちに死を選んだ。

その時にすべてを告白する遺書を遺していた。


成人していた私たちに爵位を譲り引退していた父アヌグストは、まだ未成年だったレイチェルに不埒な行いを続けていた。

そしてレイチェルは懐妊した。

誰にも言えず、相談も出来ず、苦しみ続けている間にドレスでも隠せないほど腹部が目立ち始めた。


その時になって、やっと愚かな私たちはレイチェルの懐妊に気付いた。

レイチェルは相手を問いただす私たちに口をつぐみ、何も言うことはなかった。


レイチェルの死後、私たちはアヌグストを問い質した。

レイチェルが未成年の時には避妊薬を使っていたが、成人になると避妊薬を使わなかった。


「我が、我が孫娘を犯し孕ますことが私の野望だ」


このまま生かしておいては危険だと判断した私たちは、貴族院にアヌグストを訴え斬首刑となった。


『不貞のエステル』


この呼び名はエステルのことを指しているのではない。

キミの父アヌグストが母レイチェルに行った非道を指している。


ポーリニカを恨まないでくれ。

ポーリニカは「亡きレイチェルにもその娘エステルにも罪はない」と訴えて、引き取って育ててくれた。

しかし周囲から日々責め立てる声で倒れてしまった。

私が気付いて盾になれれば良かったのだが、私はポーリニカが倒れてから初めて周囲の声を知った。

そして代わりに盾になろうとして・・・出来なかった。

それほど酷いものだった。

私は再び目を瞑り耳を塞いだ。

そして私は仕事を理由にすべての責任を放棄してしてしまった。


ポーリニカは、私たちと共に来ようとしてくれた。

しかし、倒れて以降は身体の弱くなってしまったポーリニカを連れて出て来られなかった。


ポーリニカではなく、すべてから目をそらし続けてきた私を恨んでくれていい。

そして、キミを最後まで救うことが出来なくて申し訳ない。

キミが神殿で少しでも幸せになれることを祈る』





私は・・・お父さまの子ではなかった?

私に優しくしてくれていたのも、実は『興味がなかった』から?

そして、私に厳しく接していたお母さまが、私の生命を助けて、周りの声から守って『一人前の淑女レディ』にしようとしてくれていた?


「お・・・母さま。お母さまに、会いたい。帰る!お母さまの所へ!おうちに帰る!」


「エステル。貴女は帰ることは出来ません。これから貴女は学校で勉強を受けるのです」


「イヤです!イヤ!帰る!帰るの・・・邪魔、しないでよお」


腕を掴まれて、扉まで行くことも出来ない。その場で泣き崩れても、腕を離してはもらえなかった。




気が付いたら私は揺れる馬車の中だった。


「目が覚めましたか?」


その声に飛び起きると、目の前には女性神官が読んでいた本から目を外さずに問いかけてきた。


「此処は何処ですか?」


「貴女はこれから学校に通います。そのことはミラルダ神官長が話したでしょう?」


窓の外は鬱蒼とした森で、地面と草と樹木以外は何も見えない。


それでも窓にしがみつき、僅かでも現在地を知ろうと目を凝らす。


「ムリよ」


エステルが同乗者に振り向くと、彼女は読んでいた本を閉じて膝の上に乗せてエステルを見ていた。


「私もね。同じことをしたわ。・・・でも、何も見えずに、ただ絶望しただけだったわ」


「・・・二度と家族に会えないの?」


エステルの言葉に女性は左右に首を振る。


「この先にあるのは『学校』です。寄宿学校のため、18歳で卒業するまでは家族と会えません。ですが、貴女が18歳になったら会うことが叶うでしょう。学校では学問だけでなく『一般常識から礼儀作法』などを身につけます。貴族の令嬢が作法を学ぶために入学することもあります」


その話は聞いたことがある。両親の再婚や後継者騒動から『神殿に身を寄せる令嬢』の話を。そうしないと消される可能性があるって。


「残念ながら、貴女が『元貴族』だと知られています。ですが、貴女が身につけた正しい礼儀作法でこの8年を過ごせば、卒業される貴族令嬢が社交界で貴女を高く評価すれば、貴女のご家族の耳に届くでしょう。そうなれば、ご家族の立場も名声も回復させられます」


「・・・私が、学校で『淑女としての振る舞い』が出来るようになったら、お母さまやお姉さまたちのためになるのですか?」


「貴女自身のためにもなるわ。貴女の評価は今低い位置にあります。それを『他者に優しく心配りの出来る淑女』へと成長すれば、貴女の評価も上がるでしょう」


今まで甘えてきた私が。お母さまやお姉さまたちの厳しくも優しい愛情を踏みにじってきた私が。唯一、恩を返せる方法があるのなら、返していきたい。

お父さまは、私を捨てて行かれた。いえ。初めから私を『押しつけられた』と思われていた。

すでにお母さまやお姉さまたちから見捨てられているかもしれない。それでもいい。世間知らずで迷惑をかけてきた私が、今まで受けてきた恩を返すことが出来るなら・・・。


「一度だけ。家族に手紙を送る事が許されるでしょうか?」


「内容を伺っても?」


「母と姉たちに、今までの感謝を。そして・・・父が残した手紙を送り、すべてを知ったことと、皆の優しさに気付けなかったことによる謝罪を」


私の言葉に黙って頷かれた後に、「手紙を書いたら私に見せてください。内容を確認してから届けましょう」と言われました。


「父の手紙は読まれたくないのですが・・・」


「ええ。読むのは『貴女が書いた手紙』だけです。返事が届くか、それは分かりません。それでも良いですね?」


「はい。お願いします」


私が頭を下げてお礼を言うと、馬車の速度が落ちていった。



さようなら。何も知らない子供だった『私』。

私はこれから、母や姉たちの優しさと強さを胸に、『エステル』として成長してみせます。

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