第24話


グラセフ・ボナレードはボナレード姓を廃姓させられ、娘エステルと共に市井に落とされた。

グラセフの妻ポーリニカは夫について行くことはなかった。娘たち二人に「貴族出身のお母様がついて行って、何が出来るというのですか」と止められたのだ。そして伯爵家当主を継いだ長女のめいにより、夫グラセフ有責による『婚姻関係無効届』を貴族院に提出させられ受理された。

これにより、グラセフとエステルが何をしようとされようと、ボナレード家は一切関わりはない。


エステルはポーリニカの実の娘ではない。だからと言ってポーリニカはエステルを虐待していたわけではない。

・・・上の二人我が子のように愛せなかった。ただそれだけだ。


エステルはグラセフの『不義理の子』でもない。

エステルはグラセフの一族にとって『不名誉な存在』でしかない。そして一族の長当主だった

グラセフが貧乏くじを引いた押しつけられただけだ。


そのためグラセフと共に一族から追い出された厄介払いされたのだ。


グラセフひとりが生きていくのなら何とかなっていただろう。しかし、一切の常識も身につけていないエステルが一緒のため、やっと見つけた住み込みの仕事でさえその日のうちにクビになった。


「なんでお父さまがこんなはしたものたちと一緒に仕事をしているのですか!」


「伯爵のお父さまを働かせるなんて!貴方たちはクビよ!お父さま。今すぐこの者たちを罰してくださいませ!」


どんなに家から出ないように言い含めてもエステルは言うことを聞かない。そして、肉体労働をしているグラセフの所に現れては大騒ぎをして邪魔をするのだ。


エステルは『自分は正しいことをしている』と信じている。何故自分がドレスを奪われて庶民よりも粗末な着古されたワンピースを着せられ、スパンコールで飾られた靴から擦り減って穴の開いた靴履かされ、薄い木の壁で仕切られた部屋で寝起きしているのか分かっていない。


グラセフがどんなに言い聞かせても「お父さまを追い落として伯爵になったあのおんなたちが私たちを苦しませているのよ!」と訴え続けていた。



ついに8件目の仕事をクビになった翌日・・・。

グラセフはエステルを連れて神殿に向かった。仕事のない日は二人で神殿に行き、グラセフは一心に神に祈りを捧げる。エステルは形だけ神に祈っているフリをしているだけだ。


「どうぞ。此方の部屋へ」


エステルは、この神殿にグラセフと来るようになって、初めて奥にある簡素な応接室へと通された。

テーブルに用意されていたのは、砂糖が少なくて甘みが足りなくてあまり美味しくない紅茶と、やはり砂糖が少なく甘くないボソボソなクッキー。しかし、久しぶりに口にした『贅沢品』を、けっして貴族令嬢らしくない作法で貪っていく。

中央に置かれている以上、それは三人分なのだが、まるで自分の皿のように引き寄せて食べている。


・・・だから、気付かなかった。

大人二人が自身に向けている、哀れみを含んだ悲しげな目を。

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