第8話


男性の隣に座っていたのは、高齢の男女だった。

二人は並んで前へ一歩進む。


「私たちは王都ここより馬車で3日ほどにある『アルエス』領で小さなパン屋を営んでいました・・・」


男性の話に観覧席からザワザワと声が漏れる。

二人は互いに手を握り合ったまま、辛そうに俯いて黙ってしまっていた。

観覧席にいた男性が立ち上がり「俺は同じ『アルエス』の出身だ!俺で良ければ話をさせてくれ!」と声を上げた。

二人から小さな声で「あれはショーレムの息子か?」「あんなに大きく・・・」と呟く声が聞こえた。

その声はノルヴィスとアマルスの耳にも届いた。

ノルヴィスがアマルスに視線を向けると、アマルスは頷き「その者に発言を許す」と許可した。

観覧席の男はノルヴィスに立位礼をしたあと、ゾルムスを睨みつけるように見下ろしながら深く息を吸い込む。


「俺はそちらにいる『レクリス夫妻』の孫息子、ジュスラムと幼馴染みだった。ジュスラムの下には弟と妹もいた。弟妹思いの優しい『兄貴』だった。ただそれだけだ。それだけでゾルムスはジュスラムを憎んだ」


レクリス夫妻はその場に座り込み、嗚咽おえつをもらしていた。

側近たちが二人を支えて椅子に座らせる。

退出するか確認したが、二人は「最後まで見届けさせてほしい」と願ったのだ。


観覧席の男はその様子を黙って見ていた。

辛そうな表情を見せたが、決心したように顔を上げた。


「ジュスラムに『絶望』を与えるため。そのためにジュスラムを呼び出した。ジュスラム一人だけでは怪しまれるため、ジュスラムと歳の近い俺たちも呼び出された。そして、ジュスラムがいない家に・・・火をつけた!」


男は両手を強く握りしめてブルブルと震える。

彼のいる席の周りにはたくさんの人がいる。

彼らを乗り越えて、直接殴りに行く事は難しいだろう。


「俺たちはジュスラムがゾルムスに言われた言葉を間違いなく聞いた。『弟や妹が焼け死ぬのを、何も出来ずに指をくわえてみていろ』と。アイツは・・・・・・ゾルムスは・・・そう言って笑ったんだ」


男のがわから見えないだろう。

しかしゾルムスは『そのこと』を覚えていたようだ。

青褪めてガタガタと震えている。

あれは5年前の話でゾルムスは当時7歳。

十分『善悪』が分かるはずだ。

そしてゾルムスと反対側にいる元・子爵も身体を震わせていた。

その場に彼もいたのだろう。

誰もがそう思った。


しかし、アマルスたちの調査で、彼自身が『火をつけた張本人』だと判明している。

小者こもの』だからこそ、このような犯罪の実行犯をしてきたのだ。


「ジュスラムは、アイツは炎のあがる家に躊躇なく飛び込んで行った。・・・そして、弟妹を助け出したんだ。・・・アイツは大火傷を負って・・・その日の夜に死んだ。ジュスラムは弟妹を助けて、最後に笑って逝ったんだ・・・」


誰もが涙を流していた。

レクリス夫妻は再び立ち上がり、小さく頭を下げた。


「私たちは、息子夫婦の遺した3人を立派に育てることが『生きがい』でした。その一人を12歳で息子夫婦の元へ送ってしまいました。孫は、なぜ12歳で死ななくてはならなかったのでしょう。・・・私たちは、なぜ息子夫婦だけでなく孫までうしなわなければならなかったのでしょうか」


老夫婦の言葉に誰もが口を閉ざす。

彼らが奪われたのは『孫息子』だけではないのか?


「今から6年前。ゾルムスがこの者たちの孫を殺した事件の前年。前国王が『一夜いちやたわむれ』として町で人気だった女性を呼び寄せようとした。しかしその女性は断った。その報復として、女性とその夫を殺させた。・・・ゾルムス。お前が『初めてナイフの使い方』を教わった時にお前が殺した男女が『そう』だ」


ノルヴィスの言葉に、観覧席から悲鳴や嗚咽が聞こえた。


「私どもは、息子夫婦のことも孫のことも、公言することは許されませんでした。『残った孫たちがどうなってもいいのか』と脅されて来たのです。ノルヴィス国王陛下は、此処へ到着した日に私どもの宿へいらっしゃられて、頭を下げてくださいました」


「今年、私たちの孫たちは学院へ入学します。『脅威』は取り除かれ、孫たちは安心して学院生活を過ごすことが出来ます」


ありがとう御座います。

そう言って二人は深々と頭を下げた。

そんな二人に向けられた拍手は大きく、いつまでも鳴り止まなかった。



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