第9話



最後に立ったのは女性だった。

「エリンちゃん?」「ここ数年見なかったけど」「今まで何処に行ってたの?心配してたのよ」という声が彼方此方あちこちであがる。



「皆さんが知っているのは、カフェで働いていた『エリン』でしょう」


そう言った女性はおもむろに髪をつかむとズルリと髪が外れた。

カツラと同じ色の、髪の短い青年が姿を現す。

着けていたマントも外すと、誰もが声を上げた。

マントの下に着ていたのは『書記官』の制服だったからだ。


「僕はエリンの弟、マシュアと申します。皆さんの知るエリンは、昨年亡くなりました。前国王とゾルムスに王宮の地下で3年間、監禁されていたのです」


マシュアの告白に、誰もが言葉を失う。

エリンはカフェで一番人気のあった笑顔の可愛い店員だった。

そんな彼女は、突然いなくなったのだ。

「恋人と町を出た」「家族の元へ帰った」など憶測は飛び交っていたが、家族からの『捜索人届』が出されたため、『家族の元へ帰った』という話は違うことが知れ渡った。

そして、不思議なことに『捜索人届』は何度取り下げられてもすぐに提出されていた。

・・・弟が書記官なら、誰にも気付かれずに正式に届が出せるはずだ。

では誰が届を取り下げていたのだろうか。

届を取り下げることが出来るのは『家族のみ』だ。

そして・・・『書記部の誰か』だ。

そう。『誰にも知られずに届が出せる』のなら、『誰にも気付かれずに取り下げる』ことが可能だろう。


「僕は姉を探すために『書記部』を目指し、試験に合格することが出来ました。過去の記録と比べて出費が増えた場所など、地道に調べ上げた結果、姉が王宮の地下に監禁されている可能性に気付きました。ですが『書記官』では王宮に入ることは叶いません」


書記部などの政務を司る部署は、王宮の反対側。

一般の書記官では王族が住む『本殿』には足を入れることすら叶わない。



「そんな僕は昨年、学院を卒業されたノルヴィス国王陛下とアマルス宰相閣下から呼ばれました。僕が『何か困っているようだ』とお気付きになられたそうです。僕は事情と調査結果をすべてお話致しました。そして、陛下と閣下が監禁されていた姉を助け出して下さり、僕たち家族は陛下が用意して下さった邸宅で姉と再会する事ができました。・・・ですが姉は正気ではなくなっていました。うわ言のように呟く言葉から、姉が『何をされていた』のかを知りました・・・。前王とゾルムスを『この手』にかけるため、姉の姿で町を出歩きました。『エリンが生きている』。それは2人にとって『犯罪の証明』です。もう一度『手元へ戻そう』とすると思ったからです」


確かに、姉と同じ顔をしているなら、それも可能だろう。


「咎人ゾルムス。お前は彼の姉に『何をしてきた』か・・・分かっているのだろうな」


ゾルムスはノルヴィスの言葉に俯き、身体を震わせるだけだった。


「陛下のお言葉が聞こえなかったのか!」


アマルスの言葉にも俯き震えるだけだ。

ノルヴィスがアマルスに目を向けると、アマルスは黙って頷いた。


「ゾルムスはマシュアの姉エリン嬢に対し、『人としての尊厳』を奪った。恐怖と痛みを与え続け、逃げられぬよう手足を砕き、身体中には鞭による蚯蚓ミミズ脹れで傷ついていた」


アマルスの言葉に、観覧席の彼方此方からは嗚咽が漏れていた。

この場には学院の生徒達もいる。

彼らが『エリンが何をされたか』を知るには幼すぎた。

そのため、アマルスは言葉を選んだのだ。

もちろん。大人たちは、その伏せられた言葉を理解し、カフェで人気だったエリンの痛々しい姿を思い浮かべて、誰もが涙を浮かべていた。


「姉は、陛下たちに救い出された三日後に亡くなりました。最後の最後に、姉は私の顔を見て「ありがとう。マシュー」と・・・笑顔で、言って・・・息を・・・引き取りました」


俯いたマシュアから、涙が床へと落ち続けていた。震える肩が、握りしめているこぶしが、マシュアの哀しみの大きさを物語っていた。


「あの時陛下たちに救って頂けなかったら、姉は地下で家族に見守られることなく生命を終えていました。・・・あの最後の瞬間に、姉は『正気に戻った』と・・・姉が私に向けた表情は、誰もが知っている『優しい笑顔』でした。本当の意味で、姉は私たち家族の元に戻ってきました。・・・皆さん。どうか、姉を思い出す時は、何時もの笑顔を・・・誰からも好かれたあの笑顔を、思い浮かべて下さい」


マシュアはそう言うと、ノルヴィスとアマルスに振り向き「姉を私たち家族に戻して下さり、ありがとうございました」と深く頭を下げた。

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