119.神であるが故に


「お願いがあります······! 俺たちを助けてください······!」


 そう言ってデーモンは地に頭を擦りつけた。

 完璧な土下座である。

 懇願する声は酷く震えていた。


 それはデーモンにとってひとつの賭けだった。

 賭けるのは己の命。

 死すら覚悟してふたりの前に立ちはだかったのだ。

 眼前に立つふたりは見事に魔人の群れを打ちのめした。

 それはこのふたりが魔人と敵対する存在だという事実を示していると言える。

 しかし、魔人と敵対しているという事実しか示していない。


 


 つまり、魔族の味方である証拠はひとつもないのだ。

 極端な話、いつ眼前の男の手が動いて首を刎ねられるか。

 そして背後に待つ仲間を殺戮しに動くかわかったものでは無い。

 だが、デーモンは賭けた。

 未来に待つ最善の結果に。

 己ができる、仲間を護るための最良の手段に。

 力ある者に助けを乞う。

 それがどれだけ己の尊厳を貶める行為だとしても関係ない。

 この行為がどれだけ己を殺すものだとしても関係ない。


“死してなお、護り通せ”


 1番隊隊長の言葉を胸に刻んだのだから。

 それが己の果たすべき使命なのだから。

 それを思えば己の命も尊厳も惜しくない。

 この地獄を仲間が生き抜けるならばそれこそ本望。

 強い気持ちを持ってひたすらに地に頭をつけた。

 すると足音がふたつ、近づいてくる。

 力強く大地を踏みしめて。

 間違いなくあのふたりだ。

 デーモンはギュッと眼を瞑って願った。

 この世にもはや縋る神などいない。

 それでも願った。

 デーモンにはもう願うことしか残っていないから。

 縋るものなどなんでも良い。

 堕ちた神であろうと、無力な神であろうと、己が主であろうと、成り代わった主であろうと。

 この賭けを成功させてくれるのなら。

 そして足音はデーモンの頭の前で止まった。

 ゆっくりとしゃがみこむ音がする。

 そして――


「さぁ、顔を上げて。今すぐ仲間のとこに案内して欲しい」


 それは優しい声だった。

 落ち着きがあり、それでいて芯が通った声。

 言葉の通りにデーモンが顔を上げるとそこにあったのは声と同じく、優しい顔だった。

 優しさのこもった瞳。

 その瞳の奥には熱い思いが燃え盛っている。

 どこか懐かしい雰囲気。

 デーモンはそう感じた。

 どこで会っただろうか。

 自らの記憶に思いを馳せると、ひとりの男の姿がデーモンの頭の中に浮かび上がってきた。

 魔王だ。

 その魔王とはリアザルであり、理だ。

 デーモンらほとんどの魔族は、理が異世界からやってきたことなど知る由もないのだから。


 主と姿を重ねたことでひとつの実感が湧いてくる。

 それは心強さ。

 このふたりなら本当に魔族を救ってくれるという確信。

 賭けに勝ったのだ。

 デーモンは拳をギュッと握った。

 そしてもう一度頭を地につける。


「ありがとうございます!」


 そう叫び、デーモンはすっと立ち上がる。


「こっちです! ついてきてください!」

「わかった。行こう······!」

「えぇ、行きましょう······!」


 かくして3人は駆けだした。

 魔族に救いの手を差し伸べるべく。

 この世界の破滅を防ぐべく。




 だが駆けだしたスターンにはひとつ、不安が残っていた。

 タカシだ。

 今なお膨張し続ける肉塊。

 ぶじゅりと赤黒い液体を吐き出し続ける悪魔の卵。

 それを背後に置くことに対する気後れ。

 一方で魔族を助けたいのもまた事実。

 この戦禍の中、必死に救いを求めてきたこのデーモンに酬いるためにもこの場を去らねばならない。


 これはスターンにとって希望的観測ではあるが、リアザルとバティが魔水晶と呪水晶を破壊すればタカシにかかっている呪いも解けるはず。

 いや、そうであって欲しいと言うのが妥当だ。

 それほど、スターンの中に確証はない。

 確証はないがスターンはその道に賭けることにした。

 リアザルとバティが上手く事を成し、タカシの呪いが再誕の前に解けることに。

 かなりスターンたちに都合良くことが運ばねば、この道は成功に辿り着けない。


 この状況だ。

 万に一つというところが適当だろう。

 見込みは薄い。

 転移魔法で飛ばされたであろう自分たちに、できることなどないことも分かっている。

 しかし、スターンは信じることにした。

 を。


 友であること。

 信じるのにこれ以上の理由が必要だろうか。

 否。

 心を許した友ならばやり遂げてくれると信じるのが己の務めである。

 スターンはそう心に刻み込む。

 ならばもう振り返ることはしない。

 信じて待つのみ。


「頼んだぞ······。友よ······!」


 キッと前を見据えるとそこには先程と同数程度の魔人と、それに必死に抗う魔族の姿が見えてきた。

 一刻も早く手を差し伸べねば。

 スターンは翔ぶように駆けた。






___________________________________








「あぁ······。また姉様は私の生み出した者たちを滅ぼすのですね······。そして私はまたそれを······ただ見ていることしかできないのですね······」


 彼女は嘆いた。

 己の無力さを。

 指をくわえて見ていることしかできないこの現実を。


 これで何度目であろうか。

 彼女は何度も生み出した。

 今度こそ正しい道を進む者たちであると信じて。

 そして何度もを授けた。

 今度こそ未来を照らすために使ってくれると信じて。

 しかし、その度に裏切られた。

 授けた魔法は殺戮と略奪の道具として幾度となく血を生み出した。

 弱き者が地べたを這いずり、泥水を啜る。

 強き者が天に立ち、杯を交わす。

 それでも彼女は諦めなかった。

 きっとこの者たちなら正しい道へと導ける。

 今度こそ私が導いてやらなければならないと。

 それが生み出した者の責務であると。


 だが、彼女のは違った。

 道を違えたならばもうの者たちに用はない。

 滅してまた新たな世界を創造すればよい。

 呪いでもって世界を焼け野原とし、また草木から始めればよい。

 それが彼女の姉の考え方だった。

 生を司る彼女とは対極の存在。

 死を司る姉。


 ふたりは神である。

 生と死。

 表と裏。

 姉妹でありながら、決して相容れることのない二柱の神。

 それが生の神サマリアと死の神アルミリアである。

 彼女らの食い違いはついに生み出した者たちまでも巻き込んだ争いとなった。

 そしてついには異なる世界線の者まで。

 血で血を洗う醜い争い。

 生み出した者たちの欲望や崇拝心すらも利用してふたりは争う。

 自らが正義であると信じて。

 相手が悪であると信じて。

 故に曲がることを知らない。

 盲目的に己を信じ続ける。

 神でありながら誰よりも人間臭く。

 神であるが故に。

 だが今宵、この争いにも終止符が打たれることとなる。

 誰もが予期せぬ結果となって。

 当然彼女はそんな未来など知るはずもなく。


 そんな彼女の元へ運命の足音は確実に近づいてくる。

 災厄をその手に携えて。



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