97.イメージ


「魔王を······殺す。魔王を······殺す。魔王を······殺す······」


 走るブラッドの背後から呪いの言葉が手を伸ばしてくる。

 耳にまとわりつく様なその音はじわりじわりと心を蝕む。

 美麗な女神の歪んだ笑みが目の前をちらつく。

 これでもかというほどにかつての友が嘲笑っているような気がする。

 それらを振り切るようにブラッドはただひたすらに出口を目指して走る。


 隊長たちは上手く逃げているだろうかと、ふと心配になった。

 短い付き合いではある。

 だがしかし、町の再建の時やここに来た時も何かと優しくしてもらえた。

 まるで旧知の間柄であるかのような魔族の優しさには何度も心を洗われた。

 だが自分のことはもう信用されていないことも重々承知はしている。

 それでもブラッドは心配せずにはいられなかった。

 逃げる道すがら、何度も振り返ろうとした。

 だがその度に思い出す。

 自分がしたことを。

 殺したのだ。

 彼らのかけがえのない仲間を。

 それがブラッドにしてやれる最低限の手向けであったことは自覚している。

 それでもそれは彼らにとっては言い訳と相違ないものである。

 つまり彼らからしてみれば女神もコウもメヒアもブラッドも皆同じ。


 “敵” なのだ。


 だから振り返って戻ったところで自分に出来ることはもうない。

 そう言い聞かせてブラッドは駆ける。

 だがやはり救えるものなら優しい彼らを救ってやりたい。

 そんなもどかしさに襲われながらブラッドが走っているとついに外に繋がるぽっかり空いた穴が見えた。

 そこから文字通り飛び出すと、獣道を転がるように駆け下りた。


 己の未熟さを呪いながら。


 不安や焦燥に駆られながら。


 駆ける、翔ける。

 その先に待っているのがさらなる絶望であることも知らずに――






___________________________________





「闇魔法!!!」


 その僕の言葉とともに背後から伸びてきた影が腕に纏わりつき、漆黒の拳を形成していく。

 イメージするんだ。

 より鋭く、より強固に。

 そして眼前に迫り来る人形目掛けて拳を突き出す。

 人形の胸部に拳がぶつかる――


“パリン!”


 そんな乾いた音とともに人形は胸部を中心として粉々に砕け散った。


「ふぅー······」


 これで倒した人形はいったい何体目だろうか。

 ここに来て13日目。

 いよいよこれがこの修行の追い込み、総仕上げとなる。

 この修行は僕とウィッチが呪いを打ち破った次の日から始まった。

 アルミリア曰く


「見事あの呪いを打ち破ったお二人は“感覚”を掴んでいるはずです。より強く、より鋭く自身の力を発揮するための。次はその“感覚”を意のままに操れるようになる必要があります。そのためにはひたすら場数を踏む以上の良薬はありません。ですから今日からお二人にも隼人さんたちと同じことをして頂きます」


 ということらしい。

 その言葉の通り、あの暗黒の空間で得た“感覚”を再現するべく何度も何度も人形相手に戦闘を繰り広げていた。


 初めは上手くイメージが作れなかった。

 いくら強固で鋭いものをイメージしても実際に出来上がる魔法は歪で軟弱なもの。

 その度に返り討ちにあい、這いつくばって泥を舐めさせられた。

 それでも、数を重ねていく度に少しずつ頭でイメージしたものと実際に具現化される魔法とが繋がっていくのを実感できるようになった。

 その過程でたくさんの傷を負った。

 だけどその度に思い浮かべる。

 町のみんなの笑顔を。

 友の笑顔を。

 それらを護る。

 そう心に誓った僕にはどんな傷も痛くはなかった。


 そうやって幾度の危機を乗り越えると次第に感覚はより確かなものへと変わっていく。

 そこからははやかった。

 一度確かなものが掴めると頭のイメージと体の行動とが完璧に繋がり始めた。

 今まででは想像もできないような魔力量を簡単に、意のままに操れるようになっていくのが目に見えて実感出来た。

 でもまだ足りない。

 アルミリアと戦った感じからするとまだ僕の力は及ばない。

 サマリアも女神なのだからアルミリアと同じほどと考えていいだろう。

 であるならばまだまだ僕の力じゃみんなを護ることができない。


“ガチャン”


 新たな人形の登場を告げる音が辺りに響く。

 音のした方へ振り向くと空間を縦に割ってのっぺりとした純白の人形が顔を出した。

 この光景だって何度見た事か。

 初めはその異様な雰囲気に怖さだってあった。

 でも今となっては何も怖くない。

 僕ならできる。

 そんな自信が心の底から溢れてくる。


「闇魔法!」


 僕の影から無数の腕が出現する。

 あの湖のほとりで側近と一緒に魔法を試したときとはもはや比較にならない本数、破壊力。

 一度“感覚”が身に染み付いてしまえば容易にいつでも引き出せる。

 そんな僕を何も無い顔でほくそ笑むように人形が見つめる。

 そしてゆっくりとこの空間に足を踏み入れる。

 体の全てが姿を現すと縦に割れた入口はチャックを閉めるように下から閉じていく。

 ニヤリと笑った気がした。

 獲物を見つけて獣が涎を垂らすように。

 刹那、何も無い空間を蹴り飛ばして一気に僕との距離を詰めてくる。

 それに合わせて僕は真っ直ぐに左の拳を突き出した。


“パキパキッ!!!”


 数百という漆黒の拳が純白の体躯を砕く音が響き渡った。

 あっけなく粉々になった体が雪のように降り注ぐ。


「お疲れ様です、理さん。今日はここまでにして夕食としましょう」


 唐突に後ろから綺麗な声が聞こえてきた。


「はい、アルミリア様」


 そう言って振り向くとアルミリアは何故かとてもワクワクしているように見えた。

 何かが待ちきれないような、そんなそわそわした雰囲気が溢れ出ている。

 何となく嫌な予感をしながら僕は夕食をとりにアルミリアの後ろを着いて行ったのだった。


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