92.翔ぶ


“北へ”


 レンが最後に遺したその言葉を頼りにバティはただひたすらに北に向かって歩いていた。

 北へこのまま3日ほど歩くと人間の住む街 “エンプティオ” へと辿り着く。

 だが、この世界の終焉はもう目前に迫っていることはバティも分かっていた。

 3日もかけれるほどの猶予は恐らく残されていない。

 だからこそレンの言葉には何か裏があるはずだとなんの根拠もない言葉に一縷の望みを託す。


「にしても······」


 そう言いながらバティは額に滴る汗を拭った。

 レンとの死闘を終えてはや3時間。

 辺りはもう真っ暗でカラドボルグを|松明(たいまつ)代わりに歩くしか無かった。

 だと言うのに一向になんの手掛かりも得られない。

 視界が悪いせいもあって慎重に進んでいるが行く先々なんの変化もない砂原と岩の群れが広がるのみ。

 魔族の枯れた土地が見渡す限り広がるのみだった。

 今日1日休む間もなく目まぐるしく過ごしていたこと、そして代わり映えのない景色から不安に襲われることでバティにはそれなりに堪えていた。

 肉体的なダメージはレンの水晶のお陰で全快しているが精神となるとそうはいかない。

 根拠の無いレンの言葉に縋るしかないという状況自体、かなり苦しいものだった。

 加えて空腹、喉の渇きもバティを苦しめる。

 あの後何も考えず飛び出してきてしまったせいで手持ちの食料も飲み水も何も無かった。

 何か獲物さえいれば今手に持つカラドボルグで仕留められるのだが如何せん土地が痩せているせいでそんなものとも出会えない。

 そんなもどかしさとも葛藤しながら慎重に歩みを進めるのだった。

 だが前述の通り辺りは真っ暗。

 バティの少ない魔力量ではもうそろそろカラドボルグの明かりも心許なくなる頃に差し掛かっていた。


「今日はそろそろ寝るとするか······。どこかに寝れる場所があるといいんだが。さすがに砂原のど真ん中で寝る訳にもいかねぇしよぉ······」


 そう呟きながらカラドボルグを頭上に掲げて辺りを照らす。

 すると左手に暗闇の中に何やらぼんやりと光っている岩があった。

 目を凝らさなければわからないほどの微弱な光。

 精霊や神様が住まうとされる泉のような、どこか神秘的で澄んだ光。

 そのうっすらとした光とは裏腹に何か人を惹きつけるような、そんな不思議な光に感じた。

 

「なんなんだあれ······?」


 バティは得体の知れないその岩に慎重に近づいて行った。

 調べる必要を感じたからだ。

 もしかしたらこれがレンの言っていたことに繋がるかもしれないと思ったのだ。

 そしてそれは案の定、レンの言葉の真意にたどり着くものだった。


「思ったよりちっちゃいな」


 バティの目の前にあるその岩は直径30cmほどの岩としてはかなり小さめのもの。

 岩というよりは大きめの石といったところだろうか。

 光を放っていること以外はなんの変哲もない。

 しかしその光が特殊なものだった。

 魔力を感じるのだ。

 されど攻撃してくる様子は見られない。

 少しの思案の末、バティは持ち上げて調べることにした。

 実際にその手で触れてみることで何か分かることがあるかもしれない。

 危ない橋は渡るべきでないがこれがレンの言葉の答えの可能性をバティは捨てきれなかったのだ。

 そして若干ビビりながらバティは石に手を伸ばし、指先でそろりと触れた。

 すると次の瞬間――


「うおぁ! ······びびったぁ」


 バティが触れたのに呼応して石が光ったのだ。

 その石はまるで誰かが来るのを待っていたかのように嬉しそうに明滅を繰り返していた。


「なんなんだこれ······。でもこの感じだと危ねぇもんってわけでもなさそうだな」


 そう言ってもう一度、今度は光ることもわかっているから割と冷静に石に触れる。

 すると案の定、その石は嬉しそうに明滅を繰り返した。

 この時点でバティはこの光の正体にある程度の目処をつけていた。

 電気すら通っていないこの世界において光源となりうるものは限られてくる。

 陽の光、火、そして魔法である。

 ただ、問題となるのは何の目的で、どんな効果があってこの石がここに存在しているのか分からないことである。

 こんな砂原のど真ん中に魔法がかけてある石が放置されたままの理由がバティにはわからなかった。


「こんな魔法の使い方を魔族がしてるのは見なかった。ってことは多分この石は人間のものなんだろうな······。にしてもなんでこんな|人気(ひとけ)のない所に······。俺だって腐っても部隊長だったのに俺ですら知らないってことはよっぽどの機密事項ってことか······?」


 と、バティにしては珍しく各方面に意識を向けながら色々思案を巡らせた。

 だが普段考えるより先に動くことを信条とするバティが性にあわないことをしたってそれ以上先に行ける訳もなく、


「ぬぁー! わからん!」


 しまいには考えることを放棄してしまった。

 

「ええい! ままよ!」


 そう言ってバティは一気にその石を持ち上げた。

 先程同様、明滅を繰り返す。

 

「多分こっからなんかすりゃどうにかなるんだよな。とりあえずあとちょっとしかねぇけど魔力でも込めてみるか。どうせだめでも今日はもうこれ以上進めねぇしな。うし、当たって砕けろだ! せーの!」


 そう言って最後の魔力を思い切り石へと込めた。

 辺り一面を煌びやかで、それでいて透き通った清流の如き光が覆う。

 すると――




“ドサッ!”


「いてっ!」


 バティは突然硬い地面に叩きつけられた。

 

「いつつつ······。ここは······?」


 そう言ってぶつけた鼻を擦りながら顔を上げる。

 暗い中にポツポツと|街灯(・・)や家の暖光が灯っているのが見える。

 そこから零れ聞こえる家族の朗らかな笑い声、子どもたちのはしゃぐ声。

 右手には教会の神々しい十字架が見える。

 手元を見ると自分が石畳の上に打ち付けられたのがわかった。

 そしてバティにはここがどこなのか、ようやく頭が理解し始める。

 帰ってきたのは何時ぶりだろうかと懐かしさを覚える。

 そう、ここは


「エンプティオに帰ってきた······?」

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