84.信

 コツコツと音が響く。

 彼らの足取りには不安感がこもっている。

 バティ、レン、ブラッドの3人は到着の遅いコウとメヒアを探すべく、地下牢から1階へと出た。


「さて、どこを探すかな。」

「とりあえず来た道を戻ってみない? そしたら案外近くにいるかもしれないし。」

「···そうだな。とりあえず戻ってみるか。」


 そう返事したバティはいつもの陽気な雰囲気は一切感じられなかった。

 その表情は何かを覚悟したような冷ややかな雰囲気を漂わせていた。

 レンもブラッドも同じように神妙な面持ちをしている。

 3人はその不安感をできるだけ考えないようにと重い足を無理やり動かして早足で来た道を行く。

 当然、脇道に目を光らせ物音を拾うべく耳をよく澄ましながら。

 コツコツという音だけが辺りに響く。

 冷や汗の伝う気持ち悪い感覚がそれぞれの神経を蝕む。

 結局、3人は無言のまま食堂へと到達してしまった。


「いなかったね···。まったく、どこ行っちゃったんだろ···。」

「うーむ···。こんだけ探していないってことはあいつら城の外に出ちまったんじゃねぇか?」


 そのバティの言葉にレンは驚きを隠せなかった。


「そ、外? なんで外なの? だってトイレはすぐそこに見えてるし···。いくら道に迷ったからってあいつらが外に出ちゃうなんてことあるかなぁ···。」


 そう、レンの言っていることは|もっともだ(・・・・・)。

 たとえ道に迷ったとしても外に出るはずがない。

 目的地は本来城の中。

 普通に考えれば外に出るなんてことは有り得ないのだ。


 そう、普通なら。


「···そうだな。あいつらが|本当にトイレに行っただけで(・・・・・・・・・・・・・)、

|本当に道に迷った(・・・・・・・・)なら、な。」

「え? ど、どういうこと?」


 レンは訳が分からないと顔を引き攣らせながらバティに問う。

 それを見てもバティの顔は冷たさを失うことは無い。

 何かを確信したかのように。

 そのバティの口がゆっくりと開く。


「レン。」

「な、なに?」


 唐突な呼びかけにレンは戸惑いを隠せなかった。

 バティの意図がわからない。

 いや、正確には|わかりたくない(・・・・・・・)。

 次にかけられる言葉がわかっているからこそ聞きたくもない。

 バティの顔を直視することすら出来ない。

 できることならば今すぐ耳を塞いで無様に喚きながらどこかに走り去ってしまいたい。

 そんな衝動がレンを駆け巡る。


 でもバティにとってはそんなもの知ったことではない。

 容赦なく二の言葉を継ぐ。

 冷めきった声色で、表情で、視線で。


「コウとメヒアは|デグリア山に行ったんだな(・・・・・・・・・・・・)? そしてお前は俺たちをこ」

「やめてくれっ!!!!!」


 レンの絶叫が辺りに|谺響(こだま)する。

 それはつまり肯定ということだ。

 ブラッドも漸く事態の概要を掴む。

 レンは衝動的に叫んでしまったがために半歩遅れて自分のした事の重大さに漸く気づく。

 “しまった”と口がぱくぱく動く。


「レン···お前···。」

「あ、あぁそうだよ! あいつらはデグリア山に行ったさ! ここに着いた時点で|あいつらに意思はない(・・・・・・・・・・)からな!」


 それを聞いた瞬間にバティは走り出そうとする。


「あぁ待てバティ。今更追っても追いつけやしない。あいつら転移魔法を使ったからな。」

「な···!? て、転移魔法だって? 転移魔法は勇者しか使えないんじゃねぇのかよ?」

「へ、へん! 僕たちが誰の下で動いてると思ってるんだ? それはバティ、お前だって同じことさ。」

「俺らも···同じ?」


 今度はバティとブラッドが困惑する番になる。

 レンは開き直ったらしく、無理やり余裕ぶった半端な笑顔が張り付いている。


「あぁそうさ。お前らも俺らも同じさ。バティもブラッドも魔力が小さいから|記憶を代償にした(・・・・・・・・)んだったね。ならあの日のこと、覚えてなくても仕方ないか。」

「おい、さっきから何を言ってんだ? 俺とブラッドも同じだって? 笑わせるな! お前らみたいに恩を仇で返すような奴らと一緒にするな! レン。お前が残ってるのは俺たちに対しての最後の情けのつもりなんだろ? できれば巻き込みたくないとかそんな半端な優しさのつもりなんだろ?」


 そう問うたバティの顔は怒りが溢れ口調は早口、手はわなわなと震えている。


「それとその|懐のもの(・・・・)を早く出せ! どうせ俺とブラッドを魔人に変えるために持たされた紫水晶だろ? やれるもんならやってみろ! そうなる前に俺がお前を切り捨てる!」


 そう言ってバティは愛剣カラドボルグを鞘から抜く。

 その刀身ではバティの怒りを顕現するかの如く稲光がその強さをましていく。


「待ってよバティ。こいつは魔人用じゃないんだ。」


 そう言ってゴソゴソと懐から3つの水晶を取り出す。

 1つは淀みの一切ない透明な水晶。

 そして残りのふたつは紫水晶だった。


「こっちの透明なやつは転移魔法が詰めてある。そしてこっちは|昇華用(・・・)さ。もちろん2人の分だよ。」

「くっ···。アルシアのあれか···!」

「そういうこと。察しが早くて助かるよ。」


 そう言ったレンの顔はどこか浮かない。

 この期に及んで良心の呵責だろうか。

 そんな呆れにも似た感情がバティとブラッドの心に沸きあがる。


「···レン。俺たち、負けない。そんなの効かない。」

「そうさ。ブラッドの言う通りなの。こいつが効果を出すのは相手を屈服させた時。アルシアの時は僕が捕らえたことで屈服出来たから昇華できた。魔人の羽化は時限式だから僕らは関係ないけどね。」


 そう言ってレンは一旦息を吐く。


「だから躊躇うのさ。僕は2人を倒さなくちゃいけないから···。でも、もう覚悟は決めた。」


 そして顔を上げる。

 その眼は力強く2人を睨む。

 それを受けてバティはカラドボルグを構える。

 そしてブラッドはメリケンサックに半月状の刃がついた武器“イペタム”を装備する。

 その小さな刀身は雪のように真っ白だ。

 まるでその身が血に染まるのを今か今かと待ち望んでいるかのように。


 そしてレンはカッと眼を見開いて叫ぶ。

 己に救いあれと言わんばかりに。


「アルミリア様!!! お願いします!!!」

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