61.艝と船

 魔人がこちらに着くまで最低でも10分は必要だ。

 とはいえ、馬鹿正直に階段を降りて城門をくぐって町の入り口を目指せば魔人の到着にはとうてい間に合わない。

 そこで早速魔法組の出番だった。

 ウィッチが案を出す。


「あたいらで氷の坂を作ります。今日はさほど気温も高くないので全員が滑り切るまでは持つと思いますわ。」

「じゃあそれでいこう。みんな、よろしく。」


 その言葉を合図に北向きの窓へ彩華を除く4人が円を描くように集まる。

 彩華は属性魔法は使えないため全員に魔力強化をかけて補助に徹する。

 そして4人が円の中心に向けて右手を突き出す。


「「水魔法! 」」


 全員の声が重なる。

 するとその円の中心に青白い光が現れ、間もなく窓から町の入り口へ向けて氷の坂が伸びていった。

 そして次に二人乗りのそりの様な乗り物を氷でつくる。


「これで滑ればいいんだね? 」

「はい。魔王様から順番にどんどん行ってください。」

「わかった。バティ、行こ? 」

「おう! 」


 そう言ったバティの顔はどこか楽しそうだった。

 これは僕の勝手な予想だが、もしかしたらこちらの世界にはスキーやそりと言った雪遊びの文化がないのかもしれない。

 あくまで移動手段として使うのかもしれない。

 この戦いが終わって日常が戻ってくればそういう文化についての話も側近としてみよう。

 そんなことも考えながら僕とバティはそりへと乗り込み、日差しを受けて宝石のように光っている氷の上を滑りおりた。


「は、速っ!! 」

「うおぉぉぉ!!! ふぅー!! 」


 予想以上の速度で下るそりに僕はびびり、バティはテンションを上げていた。

 本来、自らの足で進めば10分では着けない道のりをそりはものの数分で終えてしまった。

 小さい頃からジェットコースターというものが大の苦手だった僕にとってそのたった数分間の旅路が数時間にも感じられるほどの苦痛ではあったのだが。

 そのせいもあってそりから降りた僕は戦う前だと言うのにヘロヘロになっていた。

 それにひきかえ、バティはと言うと初めての体験に子どものようにはしゃいでいた。


「の、乗らなきゃ良かった···。」

「なぁに言ってやがんだ。あんな楽しいもん乗れたのに。」

「そ、そうだね···。バティが楽しそうだから良かったってことにしとくよ···。」


 そんな会話をしているうちに隼人と彩華、レンとコウ、ブラッドとメヒア、最後に側近とウィッチが降りてきた。

 ウィッチの言った通り、側近とウィッチが降りてきて約10秒後に氷の坂はキラキラと輝く氷の粒へと姿を変えて町へと降り注いだ。

 戦いの前で緊張の糸が張り詰めていた面々の心をその美しい光景が癒していく。

 そして魔人の方を向き直し、それぞれが気持ちを引き締める。

 改めてその大きさに驚かされる。

 やはり遠目から見るのと間近で見るのとでは印象も大きく違ってくる。

 そしてそれは恐怖とも絶望ともとれる負の感情として確実に僕たちの心を蝕んでいた。


「近くで見るとやっぱでっかいね。」

「そうですね。正直、バティの言う通りだとすれば私にも勝つビジョンが浮かんできません···。」

「でも今更ウダウダ言っててもしゃーねぇだろ。俺たちにできることをやるしかねぇ。」

「そうだね。よし、じゃあ作戦通り配置につこう。」


 こうして話している間にもそれは一歩また一歩と確実に近づいてる。

 そして僕らが配置につき終わる頃には彼らも僕らと対峙する距離まで来ていた。

 舞っていた砂も魔人の足が止まることで徐々に晴れていく。

 そして晴れた砂の先にはさらなる絶望が待っていた。


「ふっふっふっ···。まさか魔王様が直々にお出迎えくださるとは。」


 そう言って1人の男が魔人の足元から前に出る。

 それは僕らにとって忌々しい存在だった。


「三番隊副隊長、ゴブリン···! 」

「···もう、その名で呼ぶのはおやめになって下さい。私にだって|名前がある(・・・・・)のですから! 」

「名前···!? 」


 しかしその言葉に誰よりも強く反応したのは側近だった。

 その顔は怒りに歪んでいる。

 以前、大臣たちの前で見せた怒りの形相と何ら変わりないものだった。


「貴様! 今、この状況で名を名乗ると言うのか!!! 」

「あぁそうさ。僕には名がある。アルシアという名前が! 」


 それを受けて側近とウィッチは目を見開いて絶句していた。

 その顔には怒りしか存在していないようだった。

 2人とも肩がわなわなと震えている。

 そう言えば僕はここに来てから人間と元人間のヴァンパイアたちの名前は聞いても側近やウィッチ、老ドラゴンたち魔族の本当の名前を口にしているのを聞いたことがない。

 あまりにそれが自然なことだったから僕はそれを疑問に思うことすら無かった。

 いや、正確にはそこに疑問を持つほど余裕を持てていなかった。

 しかし言われてみればそうだ。

 名前がなければ何かと不便である。

 しかし彼らは決して名前を呼ぼうとしなかった。

 今更ながらそこに疑問が生じた。

 でもその答えはすぐに側近の口から明かされる。


「貴様! それでも魔族か!? 我らは人間と同じ文化、つまり自らの名を捨てたはずだ! そしていつの日か魔族として自由を手に入れた時、心置き無く名を呼び合う、そう誓い合っただろう!! 」

「あぁそうさ。僕もその輪の中に確かにいた。もちろん僕の父上も。」


 するとこれまで余裕満々だったアルシアの顔が悲壮感漂う顔へと豹変していく。


「だがお前たちはその僕の父上たちに何をした!? 財務大臣だった僕の父上に何をした!? 今までお前たち愚民のために父上がどれだけのことをしてきか分かっているのか?それを追放などという仇で返しやがって···。このまま行けば僕だって父上の跡を継いで大臣職に付けたんだ。それをお前ら愚民どもは···。」


 そこまで言って彼は一旦下を向いた。

 しかし父が父なら子も子である。

 たしかに父親のゴブリンも腐っていた。

 人を人と思わない歪んだ思想の持ち主だった。

 人を見下して自分たち以外を虫けらのように見ていた。

 だからこそ追放したし側近もそれを望んでいた。

 そしてその子であるアルシアもそれを見事に受け継いでいた。

 もしかしたら今の副隊長という職も地下牢の管理人という立場も父親のコネがあったからなれたのかもしれない。

 そう思わざるを得ない言いっぷりである。

 そして彼は再び顔を上げる。


「絶対に許してやるもんか。泣いてこうてももう遅い。これは僕の復讐だ!! 愚民は愚民らしくせいぜい足掻くんだなぁ! 」


 そう言い終わるとタイミングを見計らったかのように彼の背後の砂も完全に晴れた。

 そして絶望の正体が姿を現す。


「なっ···なんて数だ···。」


 魔人の背後には1人につき1艘ずつ船が繋がれていた。

 そしてそこには溢れんばかりの人間の兵の姿があったのだった。

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