58.おいてけぼり

「サヤカってあの賢者のサヤカですか? 人間と戦うのに彼女は手伝ってくれるんですかい? 」


 僕と隼人や彩華との本当の間柄を知らないウィッチにとってこの疑問は至って自然なものだった。

 そしてその間柄をうまく隠してウィッチを納得させる手段は無いものかと思案を巡らせているとそれを察してか、側近が救いの手を差し伸べてくれた。


「実はハヤタは先程魔王様が言っておられたように人間の手によって呪いをかけられていたのです。“魔王を殺せ”という呪いを。」


 それを聞いてウィッチは何か思うところがあるのか小刻みに頷いた。

 そして顎に右手を当てる。


「なるほど。死の女神の呪いか···。それならハヤタが町でたくさんの殺しをしたのにも合点がいくね。」


 そうウィッチは独り言のように呟いた。

 このウィッチの言葉に今度は僕が疑問を呈した。


「どうして呪いならハヤタの行動に納得なの? ハヤタの呪いは僕を殺すってことでしょ? 」

「えぇ。そして姿の見えない魔王様を自身の前に引きずり出して殺すための最短ルートがたくさんの殺しだったということです。誰しもが魔王様が目の前で仲間が殺されるのを黙って見ている人だとは思っていないのです。それに生の女神の加護を得られれば人間は魔物を殺すことで経験値が獲得出来てより強くなるんです。だから魔王様に勝つためには殺しの必要があった。···というのがあたいの推測です。」

「なるほど···。じゃあやっぱり罠の準備は必要だし彩華にも手助けしてもらう必要があるね。よし、じゃあそうと決まれば早速準備に取り掛かろう。」

「「はい。」」


 僕の呼びかけに2人の声が重なった。

 こうして僕らは人間を足止めしておくために罠をしかける準備を始めた。

 そのためにも町中を見渡せる場所へ行く必要があったから僕たちはこの城の最上階にある展望室へと向かうことにした。


「側近とウィッチは先に行ってて。僕は彩華とハヤタを呼んでくるから。」

「え?ハヤタもですか? 」

「うん。ハヤタを1人にしてると何かあった時に対処しきれないし。」

「たしかにそれはそうですが···。」


 そう言って側近は一旦言葉を切った。

 どうやらここから先を言うべきか迷っているらしい。


「その···、魔王様を疑うようで悪いのですが今は大丈夫でももし何かの拍子に呪いが復活したら危ないのは魔王様ではありませんか? 」


 それは間違いなく正論だ。

 何がきっかけで今は呪いが解けていて何がきっかけでまた発動するかも分からない。

 正直なところ、友だちだから、隼人だから大丈夫と楽観している自分がいる。

 それでも僕には友だちを疑うなんてことは出来なかった。


「何を根拠に、って思うかもしれないけど大丈夫。その時は僕がなんとかする。僕を信じてほしい。」

「···そう、ですか。わかりました。」


 すると側近はすんなりと引き下がってくれた。

 多分僕に何を言っても聞かないのだろうと半ば諦めてのことだった。


「ってことで僕は2人を迎えに行ってくる。」


 こうして僕らは別行動に移った。

 急いで階段を駆け下り、隼人と彩華のいる部屋へと向かった。

 しかしその部屋に近づくにつれて僕は不安に駆られることとなる。

 なぜなら2人しか居ないはずの部屋から明らかにそれよりも多い足音と喧騒が聞こえるような気がしたからだ。

 もうこの城には誰も残っていないはず。

 もし誰かがいるとしたら、それは既に人間の侵攻が始まっていたということだ。

 そんな不安が1歩、また1歩と足を踏み出すにつれ増大していく。

 そしてそれは近づくにつれ、確信へと変わっていく。


「もしかして、もう人間が···!? 」


 そう思うといてもたってもいられず、全速力で部屋へと走った。

 息を切らしながら部屋の前に立つと扉の奥から|聞き覚えのある(・・・・・・・)怒声が響いていた。


「だから何回も言ってるだろ!! なんでお前がここに居るんだ!誤魔化さずに答えやがれ!! 」


 僕はその声にホッとしながらそーっと扉を開く。

 そして予想通り、そこにはバティの姿があった。

 レンたち4人の姿もある。


「だから俺もさっきから言ってるだろ!? 魔王にここで待ってろって言われたんだよ! 」

「あ!? まだそんな適当なこと言ってんのか!? 」


 そう言って2人は額を擦り合わせていがみ合っている。

 火花を散らすとはこういうことらしい。

 それをレンたち4人は真剣な顔で、彩華はどうしたものかというふうに困り顔をしていた。

 そこに僕が割ってはいる。


「まぁまぁ2人とも、落ち着いて? ね? ハヤタの言ってることは合ってるから。」

「うおっ! 魔王! どういう事だよ。なんでこいつはお前に出してもらったことになってんだ? 何があったんだよ!? 」


 今度は僕に向かってどんどん躙り寄ってくる。

 いつにも増して顔が怖い。


「いや、えっと、実はね······? 」


 そこで僕はここまでで起きたことを手短に説明した。

 もちろん、僕たちの本当の関係は伏せたままで。


「···なるほど。勇者の呪いってのはほんとにあったんだな···。」


 バティたちは納得したような顔をしてそのまま静かになった。


「···ん? いや、待って待って。」

「どした? 」


 バティがキョトンとして答える。


「“どした?” じゃなくて。なんでバティたちが城の中にいるの!? みんなと一緒に逃げたはずじゃ···。」


 するとバティはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりにこちらを向いた。

 見ると今にも泣きだしそうな顔をしている。


「聞いてくれよ魔王〜。俺がよ、トイレ行って帰ってきたら気づいたらみんないなくなっちまってたんだよ!」


 ···どうやらおいてけぼりをくらったようである。

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