44.狂気


「仲間を傷つけるやつは何があっても許さない!!!!」


 空気がビリビリと震えた。

 そう感じるほどの迫力を持ってハヤタは叫んだ。

 勝手に足が1歩、2歩と後退る。

 それに合わせてハヤタが右腕だけで聖剣を構え直す。

 さっきまでの戦いを楽しむ様子は微塵も感じられない。

 ただ敵である僕を叩き潰すことのみ考えている、そんな感情を前面に出した顔つきでこちらを睨んでいる。

 今まで感じたことの無い恐怖に突き動かされながら僕も体勢を立て直す。


「骨も残らないと思え!!!」


 そう言い放つとそれに呼応したかのように頭上の光球がより一層強さをましていく。

 そしてその光球から2筋の光がハヤタの左肩と聖剣にそれぞれ伸びていった。

 僕の左腕と同様にハヤタの左腕が光で形作られる。

 新たな左腕の感触を確かめるように2度、3度と握っては開いてを繰り返す。

 聖剣はと言うと光球から出た光を纏い、長さ、太さ共に目測で1.5倍ほどに巨大化する。


「行くぞっ!!」


 言うが早いか1歩目からトップスピードに乗って突っ込んでくる。


“速い!”


 そう思った時にはハヤタが目と鼻の先まで肉薄していた。

 咄嗟に左右から4本ずつ腕を出して守りを固める。

 しかし、光球から放たれた光を纏う聖剣はまるで豆腐でも切るかのように腕を1本ずつ綺麗に切っていく。

 たまらずもう1本左から腕を出して回避のために僕を弾き飛ばす。


「くっ···!」


 影で作った痛覚のない左腕で防御しながらの行動だったのにも関わらずかなりの痛みを伴いながらなんとか危機を回避した。

 こんなもの、生身の人間がくらえば即死ものだろう。

 改めて思った己の魔法の強大さに若干の恐怖を感じながらハヤタの方を見る。

 するともう既に5本の腕を切り終え、僕に向かって駆け出していた。


「おりゃァァァ!!!」


 さっきまでの戦闘とは比較にならないほどハヤタのスピードが上がっている。

 その上、光魔法を纏っているが故に攻撃の防ぎようがない。

 あっという間に僕と近接するとまさしく目にも止まらぬ早さで剣を振るってくる。

 目で追いきれないなら物量で対抗するしかない。

 そうしてありったけの腕をいろんな影から出し、なんとかハヤタの剣技を防ぐ。

 それでも防ぎきれず、何度も何度も浅い傷をもらう。


「つっ······!」


 1週間前まで平々凡々な高校生活を送っていた僕にとってこれだけの傷を受ける経験などあるはずもなく、徐々に痛みから集中力が途切れてくる。

 それでも、ここで手を緩めてしまえばそこにあるのは “死” なのだ。

 致命的なものだけは食らわないように気力と根気でなんとか耐える。


「なっ!?」


 突然、腕のあいだから見えていたハヤタの姿が消えた。

 腕も切られなくなる。

 見失ったことに焦り、咄嗟に腕を消していく。

 それがいけなかった。


「しまっ···!」


 声を出した時にはもう遅い。

 そこにはしゃがんで力を溜め込んだハヤタの姿があった。

 腕をたくさん出していたことで死角となっていた下から心臓めがけて突き上げてくる。

 身を翻すも間に合わず、まだ生身の左肩に聖剣が突き刺さった。


「いっ······!!」


 左肩が焼けるように熱い。

 見ると聖剣が左肩を貫通していた。


「くっそォォ!!」


 反撃のために右から2本の腕を出してハヤタを殴り飛ばす。

 無防備だった左脇腹に直撃しハヤタが聖剣を残して吹っ飛ぶ。


「ぐっ·········。」


 たまらず僕は膝をついてしまった。

 傷口を見ると肩の中心から鎖骨まで10cmほどの裂傷が出来ていた。

 多分鎖骨は折れてるし肩甲骨も貫通していると思う。

 そして聖剣が光魔法を纏っていたせいで傷口の周りに火傷が出来ている。

 小さい子が転んだ後に怪我したのを見て泣き出すように傷を見た途端、物凄い痛みが僕を襲った。

 よく見ると火傷は今も尚広がっていた。

 このままではまずい。

 そう思って痛みに耐えながら聖剣を抜き取る。


「ぎっ···がっ······くっ···。」


 もはや声にならないうめき声が口から勝手に漏れていた。

 抜いた傷口から血が溢れる。

 その肩に空いた穴に左腕と同じように影を作り傷口を塞ぐ応急処置をとる。

 ハヤタを見るとパンチがもろに直撃したにも関わらず再び立ち上がっていた。

 普通ならもうとうに立ち上がれるはずがない。

 それでも立ち上がってきた。


「お、俺が···俺がみんなを救うんだ···!!こんなところで···倒れてたまるかァァ!!!」


 その姿は僕から見れば最早狂気以外の何者でもなかった。

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