婚約者・二
部屋に入ると、ああ、やっぱりだ。中に居たのは父さんと、父さんの友人のルムさんだ。対面的に座る二人は入ってきた俺達を見るなり顔を引きつらせて困惑を隠せていなかった。
首と手に付けられた枷が一瞬にして解かれる。その瞬間、部屋に結界魔法が貼られる気配がした。ちっ、妨害系の結界か。うーん、解けない事はないが、少し時間がかかるな。
俺を連行していた彼女はルムさんの所まで歩いて行き、隣に座る。俺もずっと立っている訳にも行かないので父さんの隣に座る。座り心地の良いソファー。手触りとかも良くふかふかしてて座ったら少しだけ沈んだ。うーん、俺のベット(ソファー)と交換して貰おうかな。いや、同じ物を用意して貰おうか。
視線を前に居る彼女に向ける。やはり、美しい。凛とした佇まいについ見惚れてしまう。いやいや、今は見惚れてる場合じゃない。
「えっと、何で僕が呼ばれたんですか?」
視線をルムさんに移して訊く。多分、俺を呼び出したのはルムさんだからそっちに視線を向ける。
「お前、電話で言ったろ。覚えてないのか?」
電話、電話、電話………あー、そうだ、昨夜父さんから電話が有って明日は応接室に来いとか言われたんだった。それ以外に何か言われたっけ? 覚えてないや。
「ごめん。覚えてない」
「お前と言う奴は………」
頭を手で抑えて深刻そうな溜め息をつく父さん。おいおい、もう歳なんだからそんな思い詰めると身体に悪いぞ。
「はっはっは、昔とは本当に変わってしまったんだね」
ルムさんがふいにそんな事を笑いながら言う。昔か、確かに変わったかもしれない。一つ言えるのは目茶苦茶やんちゃしてたって事だけだな。
「余り昔の事は言わないで欲しいです。ルムさんもお変りがなく元気で良かったですよ」
ほんっと、この強面な顔は何時見ても身体が勝手に震えてしまう。まあ、そこには昔、植え付けられたトラウマがあるせいだろう。
「うーん。そうでもないんだよ、ユクム君。私の娘はモテる様でね、そればかりの男が集まって来て目障りなんだよ」
なるほど、全く僕に関係ない話だった。娘がモテるから何? 自慢かこの野郎。でも、流石に自慢するだけで研究者の僕を呼び出した訳じゃないよな。もし、そうだったらぶっ殺す。おっとと、昔の癖が出てしまった。
「で、僕にそいつらを毒殺しろと」
「いやいや! 何を言ってるんだ! そんな事をさせる訳ないだろ!」
そんな事をさせる………………てことは考えてたのか。暗殺を。
「じゃあ、何ですか? 僕にお願いって」
そこで、ルムさんの目が光るのを俺は見逃してしまった。
「で、そんな
だと、思ったよ。薄々そうじゃないかと思ってたけど、思いたくもないから思考から削除していた。
だが、ルムさん。一つ貴方は間違ってる。
俺は今では温厚だが、昔はかなりの暴れん坊だったんだぞ。それはルムさんだって良く知っているはず。それに一途って言っても、物だよ? 昔は、その、魔法に一途でそれ以外に興味無かったし、今は薬品の研究以外に興味は無いし。もし、それを人に向けろって言われたら、無理も良い所だ。
視線をルムさんの横に居る彼女にまた移す。さっきから一言も喋らないで紅茶を優雅に飲んでいる。絵になるなあ、じゃなくて………まさか、ルムさんの娘ってこの子じゃないよね。はは、まっさかー、有り得ないよー。………………………と言うか、俺、ルムさんの事を良く知らない。魔法に興味を持ったら家に来る度に色々と教えてくれた、師匠みたいな人だし。何をしている人なんだろう。でも、
「で、こっちが私の娘、ルーティアだ」
「初めまして、と言うか訳でもないですが、ユクム様はお忘れの様なので自己紹介をさせて貰います」
あれ、何か怒ってる? それに初めてじゃないって今日、初めて会っただろ。こんな美人と前に会って居たら忘れるはずがない!
「ルーティア・ユア・ファストです。以後、お見知りおきを」
僕は驚愕した。何にって、そんなの決まっている。
何で、この国の名前の家名を持っているんだ。
いや、一つしかないのか、この人は王女でルムさんはそのお父さんと言う訳だから、王様………!? ここで、嘘を吐く理由なんてないし、本当なのか。
俺は立ち上り、ルムさんの近くまで行くと、床に星座をして頭を床に擦り付けて、土下座のポーズをとる。
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
「え。何が?!」
もし、ルムさんが本当に王様なら、俺は今でどれだけ失礼な事ばかりを。ああ、考えただけで頭が痛くなる。不敬罪になるかな、はは、まだ研究が終わってないのに。
「本当にごめんなさい! ルムさんが王様って知らなくて何時も馴れ馴れしい態度ばかりとってしまって! いや、その、ルムさんは昔から家に来るおじさんみたいな人で、家に来る時に王様らしい格好なんてしてなかったし!」
言い訳も良い所。そんなの分かっているけど、言い訳でも良いから必死言えば、情が移るかもしれない。
「?? いや、その、ユクム君、何か勘違いをしていると思うんだが」
「え。勘違い?」
「まあ、私がこの国の王である事は確かだ」
やはり、くっ、もう受け入れるしかないのか。でも、最後の一時まで俺は諦めないぞ!
「本当にお願いします! 俺は研究がしていたいんです! 不敬罪だけは! 不敬罪だけは辞めて頂きたいです!」
「………いや、だから、別に不敬罪とかしないから。それに、ここに来る時は一国の王じゃなくてナルクの友人として来ているからおじさんだと思っててくれて良い」
「え? ほんと!?」
縦に首を振り頷くルムさん。
「良かった、本当に良かった。これで、研究が続けられる」
目から涙が出てくる。ああ、良かった、これで、俺はずっと研究をして居られるんだな、ルムさん、今で家に来る愚痴男なんて思っててごめんね。
「じゃあ、自分はこれで帰ります」
「いやいや、待とう」
ドアノブに手を掛けようとしたら、ルムさんに止められた。ええ、まだ何かあるのかよ、そろそろ戻りたいんだけど。
仕方なく身体をもう一度ルムさんの方に向ける。
「さっきの話の続きだが、どうだ、ユクム君、家の娘は」
「………ごめんなさい」
俺は身体半分を折り曲げてお辞儀をする。はは、もう本当に不敬罪になっちゃったかな。
今、ルムさんの顔は見えないだろうけど、驚いているんじゃないだろうか、後、父さんは絶対に恐ろしい形相で睨んでるじゃないか?
「ユクム君。顔を上げたまえ」
そう言われたので、俺は頭を上げる。
うわあ、どっちも恐ろしく険しい顔をしている。ルムさんの隣に居る王女様はなんだか不機嫌そうだ。ヤバい、逃げ出したい。結界魔法の解読は終わっているから何時でも逃げれるのだが、ここで逃げたら後が怖い。
「理由を訊いてもいいか?」
床に膝を着き、敬意のポーズをとる。
「国王様が知っての通り私は研究者です。今の研究の終わりすら今は見えておりません。それに婚約者とは恋人の様なもの、私は王女様と一緒に居られる時間がありません」
これで、本当に不敬罪になっちゃったかな。でも、全部本当の事で、王女様に構ってられる暇なんて僕にはない。作れと言われても作る気はない。それは分かって欲しい。研究者に婚約の話を持ち掛けた時点で全部が終わっているんだ。
研究者は自分の研究以外には興味を持たない。
「ユクム様。分かりました、この度の婚約は私からお断りをしたと言う事にします」
「え。それは、有り難いですが………」
本当に良いのか。まあ、多分あっちには僕に対する好意なんて無いだろうから良いのか。うん、このご厚意は素直に受け取ろう。
だったと言うのに………。何で、ここに居るの? 王女様。
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