第22話 俺の彼女は口よりも先に脚が出る、ちょっとおちゃな女性だ


「お前らいい加減にしろよな。

 毎回毎回、問題を起こしやがって」


「うっさい、黙っておれ」


「なんで俺を殴るんだよ。

 ヒドイじゃないか? 愛理沙ちゃん」


「なんか? ムカついたからじゃ」


 何を考えているのかよくわからない無表情な顔で笑われると、凄く怖い。


 女の子コワい、女の子コワい、女の子コワいよ。


「大丈夫、龍一。

 なんだか顔色悪いけど……もしかして具合でも悪いの?」


 理沙が痛む頬を優しく撫でてくれた。


「……へいきへいき……ただ……ちょっと、その……昔のことを思い出しちゃってさ」


「あまり無理はしないでね」


「某を無視してイチャイチャするな、姫川理沙」


 理沙の顔が間近に迫り、そのぱっちりとした目は長いまつ毛に飾られており、月みたいに金色の瞳が俺ではなく、愛理沙ちゃんのことをじっと見つめ。


「跳姫さんって、意外とウブだったのね。

 私たちは付き合っているのだから、これくらいのスキンシップはふつーよ」


「その理屈はおかしいのじゃ。

 ここは学校で、某たちは学生じゃ。

 しかれば、風紀を乱す行為は慎むべきじゃ。

 社会的に抹殺されたくなければな」


 愛理沙ちゃんはつるっぺたの胸を誇らしげに張り。


 小さな唇は意志の強さを感じさせるように固く結ばれ、熱く燃える炎のように頬を赤く染め、その胸の内の決意を表していた。


「だから跳姫は、モテないのよ。

 この勝負も私の勝ちみたいね。

 この私に『女子力対決』なんて申し込んだ時点で、貴方の負けは決まっていたのよ」


「アバズレのクセにずいぶんと面白いことを言うのじゃな。

 女子力というものをまるでわかっておらぬようじゃな」


「負け犬の遠吠えにしか聞こえないわよ。

 悔しかったら、彼氏の1人や2人ぐらい連れてきなさいよ。

 あと、私はアバズレじゃないわよ。訂正しなさい」


「こんな口やかましいアバズレ女と別れて、某と恋仲になるつもりはないか?

 神一かみいちよ。

 某と恋仲になれば一生遊んで暮らすことも夢ではないぞ」


 ささやく声は甘く、耳を通して俺の直接脳を刺激してくる。


「そんな見えすいたウソに俺は騙されないからな。

 狭いおりの中に閉じ込められ、愛玩動物ような毎日を送るのはごめんだからな」


「ネガティブ思考なのは相変わらずみたいじゃな。

 ヒトはそう簡単に変わらぬというからな。

 だが、某が其方のことをいているのは、まことのことじゃ」


 まるでとびっきり澄んだ水のように透明で、胸の内をそのまま水面に映したような優しい笑みをこぼす。


 それはとても魅力的な笑みで、目と目が合った瞬間。


 気まずそうに瞳をそらすしぐさが、これまたいじらしく。


 一瞬で自分の顔が真っ赤に染まっていくのが分かった。


 クソ、カワイ過ぎだって、もうたまんねえよな。


「ホント、ごめんな。

 その以外のことで、俺にできることなら、何でも言ってくれ」


 だが、そんな誘惑を跳ねのけるように、俺は謝罪の言葉を口にした。


 愛理沙ちゃんから返答はない。


 その顔を赤く染めながらただ俯いて恥ずかしさに耐えている。


「愛理沙ちゃんは俺の大切な友達なんだから、変な気遣いとか、遠慮とかするなよな。

 いつでも俺を頼ってくれていいからなっ」 


「か、勘違いするんじゃないぞ。

 其方のことなんて、何とも思ってないんじゃからな。

 ただ、その女を見返してやりたくて……ただそれだけじゃ……」


 回れ右をして、彼女は走り去ろうとして、勢い余ってコケタ。


 痛そうだな。


 もろ頭からダイブしたぞ。

 

 愛理沙ちゃんは意外と運動神経はいいだけど、なぜか『ドジッ子』なんだよな。


 何もないところで、よく転ぶし。


 額をさすりながら起き上がり、服についたホコリを払い。


 彼女は、何事もなかったかのように教室を出ていった。


 俺は呆気にとられてしまう。


 だって、今のどう考えてもーーーー本気の告白だったよな。


 はぁ~~~。


 またやってしまったか。


「な、なんで跳姫さんからの告白を断ったの」


「それは世界で一番、理沙のことを愛しているからに決まってるだろう。

 それにこんな暴力女と付き合えるのは、世界広しとはいえ、俺ぐらいなものだろうからな」


「バカじゃないの」


 理沙の鋭い蹴りが首筋に炸裂する。


「私たちも帰るわよ」


「ちょっと待ってよ、理沙」


「なによ~~~」


「引き留めってごめん。

 でも……どうしても理沙に伝えたいことがあって……」


「私に伝えたいこと~? 改まっちゃってなによ、ばかっ!

 は、早くいいなさいよ」


「ご、ごめん……き、き……緊張しちゃって!?」


「はぁ~……緊張って、なにそれ。

 私と話すのに? ばっかじゃないの?」


 厳しい言葉が向けられる。


 自分と話すのに緊張するなどと言われたことが、憤慨ふんがいし、より機嫌が悪そうな表情を浮かべてきた。


「……ひぃ~……許して……蹴らないで……」


「べ、別に私は怒ってないわよ。

 で、そんなことよりも~私に話して……そ、その……き、緊張するような、話なわけ~」


「ま……まぁそうなる……のかな?」


 コクッと頷くと、理沙は少しばかり興味深そうにキランッと瞳を光らせ


「へえ~、そうなんだ~。

 で、その緊張するような話して、何かな、何かな」

 

 昔から好奇心旺盛な彼女らしく、ズイッとこちらの顔を覗き込むように上目遣いを向けてくる。


「もし~くっだない話だったら承知しないわよ。

 お仕置きよ、オシヨキ」


「だ、大丈夫。くだらない話じゃないと思うからさ……たぶん……」


「ほんとかしら~ぜんぜん信用できないわね~」


 宝石のような瞳でまっすぐ見つめられると、視線を感じてカァッと頬が熱くなる。


 同時に心臓の鼓動が速くなり。


 手だけではなく全身から汗を噴き出し始め。


 喉が渇き。


 ゴクッと息を呑み。


「……あのさ……」


 ーーい……言うのか? 本当に? えっ! でも……や、やっぱり無理。


 向けられている視線を感じているだけで決心が鈍る。


 正直いえば、この場から今すぐにでも逃げ出してしまいたい。


 今ならまだ引き返すことができる。


 いや、ダメだーーそれじゃあ、今までと何も変わらないだろう。


 決めたんだ!


 生まれ変わらなくちゃいけないって、決めたはずだろう。


 だからここで引くわけにはいかない。


 自分に自信を持つことができなかった、これまでの自分とは『さらなら』をするんだ。


 しなければならない。


 決意と共に大きく息を吸う。


「あのさ」


 自分へと向けられる理沙の瞳を見つめ返すと、普段とは違うこちらの態度に彼女は気後れして


「な、なによ」


「照れ隠しでいちいち蹴るのは、ヤメテくれないか?

 アレ、めっちゃくっちゃ痛いんだよ」


「何かと思えばそんなことなの。

 龍一のバカァアアア」


 今日一番の蹴りを顔面に食らったのだった。


 ああ、結局……こうなるのか……ガクっ!?

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