第10話 跳姫《ちょうひめ》愛理沙《ありさ》の日常
それから数日が経ち俺は第5美術室を訪れていた。
木彫り用の板や粘土板、銅板など様々なモノが……刃物でズタズタに切り裂かれた状態で、地面に転がっていた。
さらに刃こぼれした彫刻刀がゴミ箱に大量に捨ててあり、彫刻刀の墓場みたいだった。
白い壁には無駄に豪華な額縁の絵画が飾られ、暖炉までありやがる。
いかにも『アトリエ』といった光景が広がっている。
興味が湧いたからだ。
理沙から聞いた話だと彫刻刀を使って絵を描いているということだったが。
俺が想像していたのとは、まったくの別物だった。
真っ白なマネキンに彫刻で絵を描いていたのだ。
身体のいたるところに描かれた『椿の花』。
話しかけたら『殺す』と言わんばかりの殺気。
凄い集中力だ。
あと学校でもゴズロリスタイルなんだな。
どこか親近感が湧いたので、心の中では『愛理沙』と呼ぶことにした。
自分が見られていることに気づいたのか、愛理沙は少し顔を上げて、俺を見た。
「なにを惚けっておる。
マネキンに彫刻刀を入れる姿がそんなにも珍しいか?」
刺々しい怒鳴り声の後。
愛理沙はカラダを反転させ俺を見上げてきた。
「ああ、正直驚いた。始めて見る技法だ。
てっきり木の板に彫刻刀を入れているモノだとばっかり、思っていたからな」
真剣な眼差しで見つめられ、俺も真摯に答える。
「絵を描くということは、自分との戦いなのじゃ。
自分の中にある常識に囚われず、型破りな発想で常識と秩序を破壊し。
意識の奥底にある我欲を現実世界に顕現させる力なのじゃ。
小説と同じで、最初は
明確な
「それに木の板に描くのは好かん。
本当は直接、生きたヒトの肌に刃物を入れたいのだが、それは教師どもに止められておってな。
自分の肌も試してみたのだが、どうもしっくりこなかったのじゃ。
その他にも、様々なモノで試してみたけど『ダメ』じゃった」
愛理沙のきっぱりとした声には、嫌悪以上の敵意があった。
「だがこのマネキンは、素晴らしい!? まるでヒトの肌そのものじゃ。
人工皮膚とは思えないほど、素晴らしい肌触りじゃ」
懸命に言い募る愛理沙の姿を見て、思わず笑みがこぼれてしまう。
「今の説明で、跳姫さんがどんな人間なのか。
よくわかった気がするよ。
それにこの椿の花は、素晴らしいできだと思うよ。
やっぱり会いに来て良かった。
今なら、面白い小説が書けそうな気がする。
あ、自己紹介がまだだったね。
性は『神村』、名は『龍一』。
しがないラノベ作家志望でござる。
「用が済んだのなら、とっとと出ていけ。
創作活動の邪魔じゃ。
「今日は挨拶に来ただけだから、もう帰るね。
今度は『粗品』を持って来るから、楽しみにしていてね」
「もうっ、2度来るな。
某は独りで居るのが好きなんじゃ」
++++++++++++++++++++++
翌日。
約束通り俺は、粗品・『某和菓子屋のようかん』を持参して美術室を訪れた。
「本当に粗品を持ってくるとは、オヌシも相当ヒマな人間じゃな。
まあ、せっかく来てくれたのじゃから、お茶くらいなら出してやらんこともないぞ」
「マジ、跳姫さんが淹れたお茶が飲めるなんて。もう死んでもいいくらい嬉しいぜ」
「おおげさじゃな」
そう言いながらも跳姫さんは、うきうきした感じで、鞄から水筒を取り出す。
俺はようかんを箱から出し、家庭科室から拝借してきた小皿にとりわける。
「ここのようかんは絶品らしいぜ」
ようかんを目にした愛理沙の眉がへなへなと下がっていく。
「では、頂いてみるとしよう。
パクリ……う、
これは、
「気に入ってくれたみたいで、良かったよ」
それから毎日のように通いつめたある日の放課後。
学園の靴箱に置いていた愛理沙の革靴に、大量の画びょうが入れられていた。
クスクス笑いながら、クラスメイトの女子七人が帰って行くのを見ていた愛理沙は翌日、彼女たちの革靴の中に『中年男性の靴下(水虫菌付き)』を入れておいた。
当然、七人の女の子の泣き声が放課後、こだましたことは言うまでもない。
今のところそれが破られたことは一度もない。
そして、そんな女の子を仲良く受け入れてくれるクラスメイトもそういなかったのだ。
愛理沙は友人なんかいらないと言って、はばからないが。
俺としては、いつまでもそれでは、いけないのではないかと。
やっぱり不安になってしまう。
彼女には才能があるし、芸術家には友達は必要ないのかもしれないけど。
女子には女子の社会があって、そこで愛理沙が常に一人でいることが心配なのだ。
だから大きなお世話かもしれないけど、理沙のことを紹介することにした。
「私に会わせたいヒトって彼女のことかしら」
「ああ、理沙も知ってるだろう。彼女は独りでいることが多くてな。
だから話し合ってになってほしいだ」
「私も彼女と話してみたいと思っていたからいいわよ」
++++++++++++++++++++++
「なかなかやるじゃない、姫川理沙。
どんなにきわどいコースに打っても、平然と打ち返してきますわね」
「そういう跳姫さんだって、全国レベルよ。
私の動きについてこれるヒトなんて、全国でもそうはいないわよ」
愛理沙がマルチな才能を持っていることは知っていたけど。
理沙と互角以上の勝負ができるとさすがに思っていなかった。
理沙が打った羽根を愛理沙は左右に散らすように打ち返す。
すると、理沙も左右に動きながら、打ち返してくる。
そのたびに、振袖がヒラヒラと舞って、とてもカワイイ。
二人とも振袖姿だった。
校庭で羽根つき勝負が行われていた。
美術室で作業をしていた愛理沙に理沙を紹介したところ。
「
あと、勝負内容は公平を期するために、彼に決めてもらいましょうか」
「ええ、いいわよ。
約束してあげるわ。
ただし、私が勝ったら友達になってもらうよ。
龍一、審判をおねがいするわね」
ということがあり、今に至るわけだ。
なんで『羽根つき』を選択したかって、その理由は明確にして単純だ。
二人の振袖姿が見たかったからだ。
お正月まで待てなかったんだよ。
今すぐに見たかったんだよ。
羽子板と振袖を準備するのは、大変だったけどな。
斎藤さんにまた大きな貸しができちゃったな。
「し、しまった。裏をかかれた」
愛理沙の悲痛な叫びが響き。
羽子板が空を切った。
チャンスとばかりに理沙の強烈なスマッシュが炸裂する。
愛理沙も素早く体勢を立て直し、リカバリーしようとするが、もう手遅れだ。
「クソ!? 間に合わないっ」
羽根は地面に落ち、理沙の得点になる。
「どうやらこの勝負は私の勝ちみたいね」
理沙はピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねた。
一方的、愛理沙は悔しそうに羽子板をグラウンドに叩きつけ。
「某の負けじゃ。
約束通り『友達』になってやるが、馴れあうつもりぞぉ、姫川理沙。
なんせ、某は『孤高の芸術家』だからな」
「はいはい、わかってますよ。
でも罰ゲームは受けてもらうからね」
「罰ゲームがあるなんて、聞いてないぞ。
だいたい……その……極太のペンで……なんて、書くつもり……」
「龍一、逃げ出さないように愛理沙さん押さえつけ」
理沙は容赦なく、油性ペンで愛理沙の頬に×印をつけた。
「やっぱり仲間の証と言えば『×印』よね」
某大人気少年漫画の影響を受け過ぎだろう。
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